まだ名前のない事業に火を灯す|情熱サロンインタビュー
朝6時半。大阪・西天満。 コーヒーよりも先に、男の手はスマートフォンへ伸びる。
「本当はゆっくり飲みたいんですけどね」
メール、Slack、案件の状況確認。予定表を埋め尽くすのは会議、また会議。だが本人にとってそれは「話す時間」ではないという。
人の頭の中にある、まだ言葉になっていないものを見つける時間——。
浦坂周。ソフトウェア開発とSaaS事業を手がける、株式会社カスタメディアを率いる経営者である。
オフィスには、営業がシステムの機能について語り、エンジニアが事業モデルに口を出し、ディレクターが利用者の心理を解説する、少し騒がしい光景がある。
誰か一人の正解ではなく、チームで答えをつくる。
それがこの会社の流儀だ。
子どもの頃から、説明書を読む前にまず触る子だった。
触って、失敗して、それから考える。
興味を持てば一気にのめり込み、仕組みが分かればまた次へ。
「今もあまり変わっていないかもしれません」と笑う。
始まりは、あまりに偶然だった。
デザイナースクールに通い、知り合いのためにWebデザインを始めた青年は、先輩の店でアルバイトをしながら、当時流行のFLASHで動きのあるWebサイトを作った。
ある日ふらりと来店した客が、それを見て彼をスカウトする。
その人物こそ、のちの上司だった。
壮大なキャリアプランなど、なかった。
「自分がつくったものを誰かが使ってくれる。それが純粋に面白かっただけです」
あの日、その客が別の日に来ていたら——今の彼は、いない。
順風ばかりではない。
2018年の分社独立。それは「自由」ではなく、「誰かの判断を待つことも、環境のせいにすることもできない。逃げ道がなくなった感覚」だったと振り返る。
赤字上場さえ許容されたSaaSバブルの波に乗り、契約社数は急増。大型システムを次々と受注し、開発体制を拡大した。
「成長の速度こそが正義だと考えていた部分もあります」
しかしバブルが弾けると、導入の延期と中止が相次いだ。増員したメンバーの半数近くが去り、当時のCEOであった宮﨑が、CTOまで兼任する日々。
絵に描いたようなハードシングスである。
派手な逆転劇は、なかった。
「今日止めなければならない出血から、順番に止めていきました」
お客様への説明、プロジェクトの立て直し、組織の再編。
小さな判断の積み重ねの先に、アワード受賞、アクセラレーターへの選抜が続き、会社は息を吹き返す。どん底で掴んだ哲学が、今の事業の核になっている。
100点のシステムを時間をかけてつくるより、まず70点で世の中に出し、利用者の声を聞きながら100点に近づける。
つくる前に立てた仮説が、すべて正しいことなどないのだから。
譲れないこだわりがある。
「つくること」を目的にしないこと。
「この機能をつくりたい」と相談されても、すぐには開発の話に入らない。なぜ必要か。誰が、どう使うのか。その人のどんな行動を変えたいのか。時にはシステムをつくらず「運用を変えるだけでいい」と答えることさえある。
売上だけを考えれば、全部受注した方がいいのに。
「お客様に言われたものではなく、お客様の事業に必要なものをつくる」
プロフェッショナルとは何かと問えば、答えは明快だ。
「分からないことを、分からないままにしない人。知っているふりをすることが、一番危険なんです」
意外な素顔もある。
息抜きはサウナ。
パソコンもスマホも持ち込めない、強制的な遮断の時間。
「熱い、冷たい、気持ちいい。それだけを考えられるのが貴重なんです」
家に帰れば、娘に歴代プリキュアのテストを課され、マインクラフトやRobloxに半ば強制参加——のはずが、気づけば父の方がハマっている。
「新しいサービスやコミュニティを考える上での気づきを、いつももらっているのかもしれません」
自宅にはハンド、ヘッド、足、ふくらはぎ、背中と揃うマッサージ家電群。
多すぎませんか、と問えば「必要な設備投資です」と真顔で返ってきた。
資料の1ピクセルのずれは見逃せないのに、自分の机の上は必ずしも完璧ではない。
「そう言われると、返す言葉がありません」。
視線の先には、日本中に眠るまだ事業になっていないアイデアと資産がある。企業に、自治体に、大学に、地域に埋もれた人材、技術、データ。10年後は還暦。
「次のリーダーが育ち、新しい事業を次々と生み出している状態にしたい」
後輩たちへの言葉は、彼自身の半生そのものだ。
「準備が完全に整う日は、ほとんど来ません。小さく始めて、失敗し、学び、修正する。挑戦とは、大きな賭けをすることではなく、小さな一歩を学びながら積み重ねることです」
────あなたにとって、新規事業支援とは何ですか。
彼はこう答えた。
「誰かの頭の中にある未来を、現実に変える仕事です。まだこの世にないものを、誰かと一緒に信じ、最初の一歩をつくること」
何もなかったところにサービスが生まれ、最初の一人が使い、最初の売上が立つ瞬間は、何度経験しても特別だという。
今夜もどこかで、名前のない事業が、彼のもとで産声を上げる。


