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公園のような温泉——チェンライ・Pong Phrabat【海外での記憶#31|タイ編-02】


温泉入口へ続く道。右手にPong Phrabat Hot Springの黒い看板、前方に屋根と駐車場、スクーターが走り抜ける。
ポーン・プラバット温泉(Pong Phrabat Hot Spring)


レンタルバイクで温泉に来た。
朝早くにホテルを出て、気づけば六時間。白、青、黒の寺院をはしごし、シンハー公園の丘を回って、信号の少ない道を淡々とつないできた。ハンドルの角に昼の熱が残っている。

三段の噴水が水を上げ、周囲に複数の国旗がはためく中庭。右奥に赤瓦屋根の東屋。
噴水と国旗。東南アジアの風が抜ける中庭


駐輪して、まず目に入ったのは噴水と各国旗。
水は一定のリズムで空に上がり、旗がたなびく。ここ、本当に温泉? 最初、私は公園の入口だと思った。ゲートも装飾も薄く、噴水と東南アジアの国旗の色が風に揺れる。明るい午後の風景だった。

木陰の下に設けられた浅い温浴プール。子どもが腰まで浸かり、縁で見守る大人がしゃがむ。水面はゆるく揺れている。
木陰の浅い湯だまり。子どもたちの水遊び


敷地の奥には木陰がのび、浅い水槽があった。家族連れがゆっくり集まり、子どもは普段着のまま腰まで浸かっては立ち上がる、を繰り返していた。陽気な午後の水遊びだ。
水温が気になり、縁に手を入れてみると、ぬるあたたかい。熱すぎず、冷たくもない。この場所では、プールというより日向と日陰の境目に置かれた湯だまりだとわかった。

噴水の水しぶきの前景越しに、屋根下の足湯に並ぶ人々が見える。ベンチに座り、足を浸して談笑している。
足湯の列に、世間話の輪


周りを見渡すと、屋根の下では長椅子に横一列。
ちゃぷという小さな音が重なる。
地元の人たちが腰を下ろし、足をそろえ湯に浸している。タイ語が行き交い、世間話の輪ができていた。目が合えば、席を少し詰めてくれる。
——笑い声に湯気が混ざる。

タイル張りの足湯に大人の足が浸かっているクローズアップ。縁に座る人の膝や足先が見え、水面がゆるく揺れている。
足湯の列に混ざる。最初は熱かった


私も空いた場所に座り、真似して靴を脱ぎ、裾を少し上げて足を入れる。
熱い。足をすぐ抜こうとしたら、隣のタイ人に声をかけられた。タイ語に英語が少し混じり「三十分、がんばりなさい」というニュアンス。周りがくすっと笑って見守る。言われるまま踏ん張る。
言葉はすべて拾えなくても、輪の一員になっていく実感があった。

その女性は今度は日本語を混ぜて話しかけてきた。「日本の温泉は、こんな感じ?」。日本語が出てきたことに驚く。私が日本人だと分かっているらしい。
「だいたい同じ。ただ裸で入る。男女は分かれているよ」。
彼女は目を丸くし、それからおもしろそうに頷いた。会話はあくまで脇役で、湯気のように輪の中へ消えていく。
言葉が往復するあいだ、湯の熱が少しやわらいだ気がした。

引いて眺めると、景色は変わらない。
足を湯に入れ、誰かが笑い、別の誰かが返して、また湯面が揺れる。
屋根の梁に当たった声が、少し丸くなって落ちてくる。背後では浅いプールで子どもが水を叩き、乾いた道からときどきスクーターの音が届く。生活の音の中に湯があり、その湯の中に生活がある。
名所というより、「憩いの場」という表現が一番近い。

室内の受付カウンター前に子どもや家族が並ぶ。奥の壁に装飾パネル、カウンターには係員が座っている。
受付に並ぶ子どもたち。個室の手続き
受付カウンターの上に温泉卵のトレイが並び、横にタオルや石けん、小物が置かれている。値札が見える。
タオル、石けん、温泉卵。湯まわりは場内で揃う


受付のほうに回ると、地元の子どもたちが並んでいる。
カウンターにはタオルや石けん、そして小さな白い器。温泉卵は1セット20バーツ(当時)。湯に浸かる前に必要なものは、手の届く範囲に揃っている。料金はシンプル。室内の共同浴槽は1人20バーツ、個室浴槽は人数別で1人50/2人80/3人120バーツ。
観光価格ではなく、地元の懐にもやさしい「生活の値段」。だからこそ、ここは近所の憩いの場として回っている。

タイル張りの円形の個室浴槽。銀色の蛇口と湯気、壁にフックとバケツが見える。
個室の丸い浴槽


個室は風呂に近かった。
小さな丸い浴槽に蛇口で温泉の湯を張る。扉が閉まると外の音は薄くなり、視界は壁と湯だけになる。清潔感はほどほど。身体を湯に預けると、噴水や子どもの声はさらに遠くなった。長居はせず、汗だけ落として出た。運転の疲れを置いてくる。
ここでは温泉というより、風呂で疲れが抜けたという実感のほうが強い。個室の静けさは悪くないが、私には外の列のリズムのほうが合っていた。
ちゃぷという水音と、見知らぬ人の会話の温度が心地よかった。外の浅い温浴プールで子どもがはしゃぐ声、地元の人の世間話、家族の会話。

屋根下の足湯全景。ベンチに人々が並び、湯気が薄く流れている。
暮らしの「混ざり方」


鍵を返し、扉を開けると、小さな水音が戻ってきた。
ふたたび野外の屋根の下へ。
風が湯気をわずかに動かし、列は埋まったり、空いたり、また埋まったりする。私は最後にもう一度だけ、足を湯に入れた。

このチェンライの温泉は、観光の「見せ方」よりも、暮らしの「混ざり方」でできている。水着や短パン、Tシャツのまま浸かる。ここは温泉であり、公園でもある。
「生活の湯」という言い方があるなら、たぶんそれが一番近い。観光名所より「居場所」。
チェンライの午後、旅の途中で、こういう「生活の湯」に寄り道できるのは強い。映えは控えめでも、体の重さが抜けて、心がほどけた。
タイのローカルなコミュニケーションの輪に、気づけば自然と自分も加わっていた。その温度のほうが、身体も心も癒してくれる。そして、地元の人にとっても懐にやさしい値段だ。

帰りぎわ、噴水を振り返る。
噴水は変わらない。私は少し軽くなった。

穏やかな憩いの場——ここは、生活の湯。
ポーン・プラバットは「公園のような温泉」だった。

*これは2017年の記録です。


追記|

|今のポーン・プラバット温泉は?|

2025年時点でも、変わらず「公園みたいな温泉」。
場所はチェンライ市内バンドゥ地区のまま。足湯や浅い混浴プールは無料。室内の共同浴槽や個室浴槽は人数・部屋単位の低価格帯で、おおむね当時の感覚に近い。足湯/浅い混浴プール/室内共同浴槽/個室浴槽に加え、タイ古式マッサージの東屋や温泉卵といった「公園の売店的」な要素が続いている。
2017年の体験からベクトルは変わっていない——そんな印象で締めてよさそうだ。
なお、湯の性質については、旅行案内で硫黄やマグネシウムへの言及が見られる程度(学術的な分析値の提示までは少ない)。また、観光客にとっては温泉とポーン・プラバット滝を同日に組む定番。滝のトレイルは片道20〜40分・別途約100バーツという現地報告が複数ある。
向き・不向きでいえば、街歩きの合間に安くひと汗流したい人、ローカルな温泉文化を覗きたい人に向く。一方で、フォトジェニックな大露天や高級スパ体験を求める旅には向かない。ここは名所というより居場所として働く温泉である。
※上記は公開情報・現地投稿の照合にもとづく目安です。営業時間や料金は変動する場合があります。


|用語メモ(本文に登場)|

芝生の丘の中央に金色のシンハ像。周囲で人々が記念撮影し、背後に山並みが見える。
シンハー公園

シンハー公園
(Singha Park / Boon Rawd Farm)
チェンライ郊外の丘陵公園。茶畑や芝生広場が広がり、金色のシンハ像(タイビール会社のシンボル)がランドマーク。家族連れや軽い散策に向く。

白一色のワット・ロンクン。装飾の橋と「地獄の手」の彫刻群、奥に本堂が続く。
ワット・ロンクン

白寺院
(ワット・ロンクン / Wat Rong Khun)
現代美術家・チャルムチャイの手による真っ白なアート寺院。鏡片がきらめく外観と、境内に伸びる「地獄の手」の橋が象徴的。

青い壁と天井画に覆われた本堂内部。中央に白い坐像、参拝客が見える。
ワット・ロンスアテン

青寺院
(ワット・ロンスアテン / Wat Rong Suea Ten)
本堂の内装一面が青。正面には白い坐像、天井や柱に鮮やかな装飾画。比較的新しい名所で映える。現在も基本は無料で入れます(変更がある場合もあります)。個人的にはおすすめです。

黒塗りの木造建築を正面から。鋭い破風と装飾彫刻、前景に生け垣とタイ国旗。
バーンダム・ミュージアム

黒寺院
(バーンダム・ミュージアム / Baan Dam Museum)
タイのアーティスト・故タワン・ダッチャニーのアート複合。黒い木造建築群に、動物素材を用いた作品や什器が並ぶ。寺ではなく美術館に近い。

左に巨大な白い観音像、中央に白い本堂、右に九層の塔。手前にバイクの駐車列。
ワット・フアイ・プラカン

温泉後に向かった寺院
(ワット・フアイ・プラカン / Wat Huay Pla Kang)
丘の上に巨大な観音像、九層の塔、白い本堂が並ぶ複合寺院。観音像はよく「ビッグブッダ」と呼ばれるが、実際は観世音菩薩像。現在も基本は無料で入れます(変更がある場合もあります)。個人的にはおすすめです。

東南アジアの国旗(ASEAN)
ASEAN=東南アジア10か国の地域枠組み。タイは加盟国。施設の中庭では、タイ国旗に加えて周辺国の旗が並ぶことがある(イベントや装飾により変動)。※日本は非加盟(対話枠組みのパートナー)。

個室浴槽
「1人50バーツ(2017年当時)」は日本円に換算すると、当時の相場感:1バーツ≒約3.3円 → 50バーツ≒約165円。
目安なので、年や時期で多少前後します。

参考資料:
ウィキペディア/TripAdvisor ほか。



海外での記憶

#32|ポッパ山とボーミンガウン——ミャンマーのナッ信仰を歩く|ミャンマー編-04【進む→】
#30|寿司じゃなく、生姜焼き——チェンマイ「もみじ食堂」|タイ編-01【戻る→】
#00|目次:エジプト編 /カンボジア編/ラオス編/ミャンマー編/インド編/アメリカ編/タイ編

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