中は日本、外はインド——Megu Cafe【海外での記憶 #27|インド編-05】

バラナシの夕方。
寺へ向かう人で路地が詰まる。
宿で「地球の歩き方」の小さな囲みを見て、日本食の小さな店を目指した。Singh Dwar(通称ゴールデン・テンプルの門)の横から Kalika Gali(カリカ・ガリ)の入り口へ。
耳に入るのは、何かを唱えている声、鈴の音、屋台の鍋が触れ合う金属音、スクーターのクラクション。鼻には牛の匂いと油と土埃。肩をかすめて人が抜ける。立ち止まる場所が少ない。

店に着くと、靴を脱いで入る案内。
日本らしいと思うのと同時に、靴置き場は外なので、靴がなくならないだろうかと一瞬よぎる。
それでも、そろえて脱ぐ。ここは日本のやり方に戻る場所だ、と自分に言い聞かせる。ドアが閉まると外の音が薄くなった。
日本語で注文ができる。日本語の会話だ。これがいちばん大きかった。体の力が抜ける。

頼んだのは天ぷらそばと茄子の煮込み。
だしの味。湯気。茄子はやわらかい。インドの香辛料の匂いはしない。日本の味だと思った。まさかの感動が湧き出てきた。
料理の合間に、店主のめぐさんが言う。
「ええっ、インドに長くいるベテランかと思いました。」
言葉が少し止まる。実際は初めてのインドで、けっこう疲れていますと返す。驚いた顔、そして笑い。こちらも笑う。
外の歩き方や表情が、そう見せたのかもしれない。
自分が思っていたインド疲れ、弱っている自分。
相手に映っていた、慣れている自分。その差に気づく。その差が、小さな自信に変わる。
ここで分かったのは二つ。
日本の輪郭と、インドにいる自分の輪郭。
会計を済ませ、ドアを開ける。
何かを唱える声と金属音、クラクション、牛の匂い。寺へ向かう列の速さが戻る。
外はインドのまま、中は日本のまま。
——変わったのは、扉を出たあとの自分だった。
めぐさんの一言が、背中をひと押しした。
インドでやっていける。
*これは2017年の記録です。
追記|
|現在のMegu Cafeと当時像|
現在は恒久閉店(2025年)。
当時の評判は高く、家庭的な日本食・清潔さ・親切な応対が支持されていました。
ゴールデン・テンプル至近の細路地・Kalika Gali(カリカ・ガリ)の一角にあった、靴を脱いで上がる日本食カフェ。日本人女性オーナーが切り盛りする小さく清潔な店で、日本語が通じる安心感と家庭的な味、そして親切な応対が旅行者の間でよく語られていた。
メニューの例としては、親子丼、かつ丼、巻き寿司、塩ラーメン、だし巻き、味噌汁、おにぎり等。価格は一皿200〜300インドルピー前後(当時のレートで数百円)が中心。屋台よりは上だが、観光客向けの相場の中ほど。店は見つけにくい一方、席も少ないため、時には待つこともあった。
|用語メモ(本文に登場)|
Singh Dwar(シン・ドワール)
ヒンディー語で「ライオンの門」。ここでは Shri Kashi Vishwanath Temple(カシー・ヴィシュワナート寺/通称ゴールデン・テンプル)の門 を指す実名。※比喩的な用法もあるが、本稿は寺の門そのものの意味。Golden Temple(ゴールデン・テンプル)
本稿では Shri Kashi Vishwanath Temple(ヒンドゥー寺院) の英語通称。※アムリトサルのシク教寺院 「Golden Temple」 とは別。Kalika Gali(カリカ・ガリ)
「gali=路地」。Singh Dwar(寺門)から伸びる細路地群の一本という位置づけの路地名。伝え方は 「寺門(Singh Dwar)→ 路地名(Kalika Gali)」 の順に書くとわかりやすい。
参考資料:
ウィキペディア/TripAdvisor ほか。
海外での記憶
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