芋出し画像

🔶私の奜きな奈良額田王ず鏡王女 䞇葉集起点の地に最叀の䞉尊石仏ず倩皇陵

額田王ぬかたおうや鏡王女かがみのおおきみずいう名前は、特に䞇葉集がお奜きな方にずっおは銎染みがあるのではないかず思いたす。

額田王は倧海人皇子倩歊倩皇の、鏡王女は兄の䞭倧兄皇子倩智倩皇の、それぞれ劃であったずされ、この二人は効ず姉であるずの説がありたす。そしお、額田王は倧海人皇子の劃でありながら、のちに兄の倩智倩皇から寵愛を受けたずも蚀われおいたす。

二人の女性の歌は盞聞歌を集めた巻四巻八に䞊んで登堎したす。

額田王、近江倩皇を思ひお䜜る歌䞀銖
「君埅぀ず 我が恋ひ居れば 我がやどの 簟動かし 秋の颚吹く」
あなたを埅っお恋うおいるず、私の家の簟を動かしお秋の颚が吹きたす。
鏡王女の䜜る歌䞀銖
「颚をだに 恋ふるはずもし 颚をだに 来むずし埅たば 䜕か嘆かむ」
颚だけでも恋うこずができるずは矚たしいです。颚だけでも来るず思っお埅っおいたら、䜕を嘆くこずがあるでしょう。

想い人を埅ち心をずきめかせる効ず、誰かが来おくれるずいうあおもなく、寂しく思う姉の気持ちを詠んだ歌ずしお、心を動かされたすね。


䞇葉集ず蚀えば、日本最叀の歌集ずしお認識されおいたす。
巻䞀から巻二十たでの20巻からなり、抂ね幎代順に線集されおいたす。

第䞀巻の最初の歌は䞖玀の雄略倩皇第21代倩皇の䜜ずされたすが、これは埌幎の創䜜ずも蚀われおおり、この歌を陀くずあずは䞖玀の第34代舒明倩皇以降の時代のものです。

぀たり、舒明倩皇や、その息子である䞭倧兄皇子や倧海人皇子、およびその劃が残した歌が䞇葉集の序盀を食っおいるこずから、圌らの墓所があるなど瞁の深い奈良県桜井垂の忍阪おっさか地区は、䞇葉集の起点の地ずも蚀えたす。

今回は圌らのゆかりの地を蚪ね、䞇葉の空気を感じおみたしょう。

額田王

「日本曞玀」には、額田王は鏡王の嚘で、倧海人皇子倩歊倩皇に嫁し十垂皇女を生むずありたす。
たた、十垂皇女の出生埌に、倩歊倩皇の兄である䞭倧兄皇子倩智倩皇に寵愛されたずいう話がありたす。

これは日本曞玀に蚘茉はないものの、䞇葉集の巻䞀に、額田王の歌
「茜さす 玫野ゆき 暙野ゆき 野守は芋ずや 君が袖ふる」
茜色の玫草の野を行き埡料地の野を歩いおるずき、野の番人は芋おいないかしら そんなに袖を振ふらないで。
ずあり、続けお倧海人皇子の歌
「むらさきの 匂ぞる効を 憎くあらば 人劻ゆゑに 我恋ひめやも」
玫草のように矎しいあなたを憎いず思うのであれば、人劻なのにどうしお恋しく思うこずがあろうか。
がありたす。

これは、圓時すでに倩智倩皇の寵愛を受けおいた額田王をめぐり、倩智・倩歊䞡倩皇ずの䞉角関係を想定させるものではないかずも蚀われおいたす。

二人の兄匟倩皇から愛されたずいうこずもあり、額田王が絶䞖の矎人であったずいうのは小説などでは通説ずなっおいたすが、容貌に぀いお物語る史料があるわけではなく、䞇葉集に残る歌から䜜られたむメヌゞが定着した䌝説の䞀皮かも知れたせん。

額田王が䞇葉集に遺した歌は、長歌銖、短歌銖の蚈12銖ずされたす。
有名な長歌ずしお巻䞀に収録された以䞋の歌がありたす。

倩智倩皇が、「春山ず秋山のどちらが優れおいるか」ず問うたのに察し答えたものです。

「冬ごもり 春さり来れば 鳎かざりし 鳥も来鳎きぬ 咲かざりし 花も咲けれど 山をしみ 入りおも取らず 草深み 取りおも芋ず 秋山の 朚の葉を芋おは 黄葉をば 取りおぞしのふ 青きをば 眮きおそ嘆く そこし恚めし 秋山そ我は」 

冬ごもりの時期が過ぎお春になるず、鳎かなかった鳥もやっおきお鳎き、咲かなかった花も咲くけれど、春山は繁っおいお立ち入っおも花を取らず、草が深いので取りもしない。それに比べお秋の山は、その朚の葉を芋おは、黄葉もみじを手に取っお愛で、青葉の玅葉はそこに眮いお惜しむ。それほど秋の山は恚めしいほど玠晎らしいので、私は秋の山が奜きだ。

たた、667幎に倩智倩皇ず共に近江遷郜に向かう途䞭、倧和の地を離れがたく、䞉茪山ずの別れを惜しんで詠んだ歌がありたす。

「味酒 䞉茪の山 あをによし 奈良の山の 山の際に い隠るたで 道の隈 い積もるたでに ぀ばらにも 芋぀぀行かむを しばしばも 芋攟けむ山を 心なく 雲の 隠さふべしや」

味酒の䞉茪の山が、青土も矎しい奈良の山の山の際に隠れるたで、道の曲がり角が幟重にも折り重なるたで、しみじみず芋぀づけお行きたいず思うのに、幟床も望み぀぀行きたい山なのに、無情にも雲が隠すべきだろうか。

これらの歌から倧倉胜力の高い人物であったこずは間違いなく、二人の倩皇に愛された魅力あふれる女性ずしおのむメヌゞが膚らみたすね。

粟原寺跡おおばらでらあず額田王の歌碑

粟原寺跡は、忍阪街道珟圚の囜道166号線沿いの䞘陵地にある粟原集萜の南端、倩満神瀟の裏手に隣接した高台にありたす。

発掘調査が行われおおらず、䌜藍の芏暡・配眮など詳しいこずは䞍明ですが、珟圚も塔跡に心瀎や瀎石などが確認でき、石塔が建おられおいる堎所に金堂があったず考えられおいたす。

粟原寺跡

談山神瀟が所蔵する囜宝の粟原寺䞉重塔䌏鉢ふくばちに刻たれた銘文に寺の由緒が曞かれおいたす。仲臣朝臣倧嶋なかずみのあそんおおしたが草壁皇子を忍び寺の蚭立を発願、倧嶋の死埌、比賣朝臣額田ひめあそんぬかたによっお694幎に起工しお金堂ず䞈六の釈迊像が造られ、715幎に䞉重塔が完成したず蚘されおいたす。

倧嶋は文献でも名前が確認できたすが、比賣朝臣額田に関しおは䞍明であり、これが実はこれたで玹介しおきた歌人・額田王である可胜性が高いずも蚀われおいたす。

ここが額田王ゆかりの地であるずいう史的事実はない様ですが、栗原寺跡には額田王ず匓削皇子の盞聞歌䞇葉集 巻二に収録が刻印された䞇葉歌碑が蚭眮されおいたす。

匓削皇子は倩歊倩皇の皇子ですから、額田王の甥にあたりたす。

吉野の宮に幞いでたしし時に、匓削皇子の額田王に莈り䞎ぞたる歌
「叀に 恋ふる鳥かも 匓絃葉の 埡井の䞊より 鳎き枡り行く」
あの鳥は倩歊倩皇ありし昔を恋焊がれおいる鳥であろうか、ゆずるはの埡井の䞊を鳎きわたっおいくこずだ。
額田王の和ぞ奉れるお答えずしお詠んで差し䞊げる歌
「叀に 恋ふらむ鳥は 霍公鳥 けだしや鳎きし 吟が念ぞる劂」
昔を恋焊がれおいるずいう鳥はホトトギスであろう。 おそらく鳎いたこずでしょう。私が思い焊がれたように。

匓削皇子ず額田王の盞聞歌

この盞聞歌は、持統倩皇の吉野行幞の際のもので、このころの額田王は、60歳近かったものず思われたす。
埓っお、少なくずもこの頃たでは元気に存呜であったず掚察されたす。

額田王の念持仏・薬垫䞉尊石仏石䜍寺いしいでら

粟原寺跡から忍阪街道の方に䞋っお行ったずころに、石䜍寺がありたす。
珟圚の堂宇が建おられる前の本堂は薬垫堂ず呌ばれ、當麻寺ず同じ䜜りで「西の當麻寺、東の石䜍寺」ず称されおいた様です。

珟圚は地元の䜏民が亀代で維持管理しおいる無䜏寺で、いずれの宗掟にも属しおいたせん。

石䜍寺

本尊は、癜鳳時代644幎〜710幎に補䜜されたず思われる薬垫䞉尊石仏で、わが囜では最も叀い石圫りの䞉尊仏ずしお重芁文化財に指定されおいたす。

䞉尊を刻んだ石板の倧きさは、高さ1.18、幅1.25、厚さ玄34cmで、䞭尊は方圢の台座に腰掛けた劂来圢で、頭䞊に倩蓋が描かれおいたす。背埌に頭光ず背もたれが衚瀺され䞡脇䟍は合掌しお立ち、頭光が描かれおいたす。

石仏の願䞻は額田王で、圌女の念持仏ではないかずも蚀われおいたす。
長谷寺の銅盀法華説盞図の諞像に䌌おいるこずから同時代の制䜜ず掚定されおいたすが、1300幎前に造られたずは思えないくらい良奜な保存状態の石仏です。

珟圚、寺は無䜏のため、耐火耐震の収蔵庫に玍められた石仏を拝芳するには事前予玄が必芁です。
桜井垂芳光協䌚のホヌムペヌゞで情報をご確認ください。
石仏の拝芳予玄もこちらからできたすよ。

䌝 薬垫䞉尊石仏
写真桜井垂芳光協䌚HPより https://sakuraikanko.com/

鏡王女

鏡王女の玠性は謎に包たれおおり、額田王の姉ずいう説があるものの、日本曞玀等には2人が姉効だずいう蚘述はありたせん。

鏡が぀く名から、少なくずも鏡王ず同氏族に逊育されたず思われ、父芪が鏡王である額田王ず近い関係であった可胜性は高いず思われたす。
たた、舒明倩皇の子孫にあたり、䞭倧兄皇子ず皇䜍を争い殺害された叀人倧兄皇子の子で、政略のため倩智倩皇の劃になったずの説もある様です 

珟圚は、鏡王女は額田王の姉で、はじめ倩智倩皇の劃であったものが埌に藀原鎌足の正劻ずなっお、藀原䞍比等の母ずなったずいうのが、䞀般的に浞透しおいる認識です。

ただ「鎌足の劻」ずの蚘録は、鏡王女が鎌足の病気平癒を祈り、669幎に埌の興犏寺ずなる山階寺を建立したず蚘す「興犏寺瞁起」のみであるこずから、これに぀いおも異説はある様です。


䞇葉集には鏡王女ず鎌足の歌のやりずりが残されおいたす。

䞇葉集巻ニで、鎌足に察しお、
「玉櫛笥たたくしげ 芆ふを易み 明けおいなば 君が名はあれど 吟が名し惜しも」
ずあり、答えお鎌足が
「玉櫛笥 埡宀みもろの山の さなかづら さ寝ずは぀ひに ありか぀たしじ」
ず返しおいたす。

女性の歌が先あるのは異䟋で、「倜がすっかり開けおお垰りになったら、あなたには浮き名が立っおも構わないでしょうが、私の名が噂に立぀のは困りたす。」ずの歌に、「そういうけれども、あなたずこうしお寝ずには、どうしおもいられないのだ。」ず返しおいたす。

䞇葉集では、続けお鎌足の
「われはもや安芋児埗やすみこえたり皆人の埗難えかおにすずいふ安芋児埗たり」
が出おきたす。

「わたしは安芋児を手に入れるこずができたよ。宮廷の人々が皆望んでも決しお手に入れるこずの叶わなかった采女・安芋児をわがものずしたよ。」ずいう意味です。
鎌足が手に入れたずいう采女の安芋児は、鏡王女ずは別人です。

鏡王女は鎌足の正劻になったずいうのが通説ですが、圓時の垞識から、いくら鎌足が有力者であろうずも倩皇の劃を嚶れるはずはないずいう説もあり、「玉櫛笥」のやりずりは、䜙興の垭で冗談気味に蚀い寄った鎌足に察し、鏡王女が怒っお毅然ず蚀い返したものだずの解釈も説埗力がありたす。

いろいろな説があり䜕が真実が断定するこずはできたせんが、䞇葉集は単なる歌集ではなく、たさに歎史資料ずしおも非垞に重芁だず感じたす。

鏡王女の墓ず䞇葉歌碑

写真は鏡王女の墓です。「奥の谷」ず呌ばれる堎所にありたす。

鏡王女の墓

宮内庁が管理する陵墓の様な立掟な立札が建っおいたすが、実はここは地元の人によっお管理されおおり、幎に䞀床、藀原鎌足を祀っおいる談山神瀟の神職が祭祀を行っおいたす。

このお墓から忍阪の集萜に䞋っおいる道沿いに现い小川が流れおおり、せせらぎのすぐ傍らに䞇葉歌碑犬逊孝氏揮毫が建っおいたす。
雚で増氎したら浞氎しそうなほど流れに近いずころにありたすが、それだけにいっそう枅农な印象を䞎えたす。

鏡王女の䞇葉歌碑

歌碑に刻たれおいる歌は、
「秋山の 朚の䞋隠り 行く氎の 我れこそ増さめ 思ほすよりは」
で、これは鏡王女が倩智倩皇の歌
「効が家も 継ぎお芋たしを 倧和なる 倧島の嶺に 家もあらたしを」
に察しお返したものです。

あなたの家も芋぀づけおいたいのに。倧和の倧島の山に家もあればよいのに。ず読んだ倩皇に察し、
秋山の朚の葉がくれに流れる氎のように、姿は芋せたせずずも、私はお慕い申し䞊げるこずでしょう。倩皇がお思い䞋さる䜕倍も。
ず返しおいたす。

先皋の鎌足に返した歌ずはかなり印象が違っお、深い尊敬ず愛情がこもっおいるように感じられたすね。

段ノ塚叀墳だんのづかこふん舒明倩皇陵

鏡王女の歌碑からさらに集萜の方に䞋ったずころに、倖鎌山ずかたやたの南尟根先端を利甚した叀墳があり、道から石段が付けられおいたす。

段ノ塚叀墳

叀墳時代終末期の叀墳で、宮内庁により「抌坂内陵おさかのうちのみささぎ」ずしお第34代舒明倩皇の陵に治定されおいたす。

台圢状の方圢壇の䞊に八角圢の墳䞘をのせるずいう、䞊八角䞋方墳ずも蚀うべき姿に築造されおいたす。

å…šé•·20mを超える巚倧な暪穎匏石宀が想定され、この地の叀墳ずしおはかなり倧芏暡であるこず、八角圢ずいう特異な墳䞘をも぀こずから、舒明倩皇の抌坂内陵である可胜性は極めお高いず考えられおいたす。

八角墳は前方埌円墳消滅埌、䞭囜の思想に基づき皇垝の象城ずしお豪族の墓方墳ず差別化し採甚されたものです。

舒明倩皇のあず、斉明倩皇、倩智倩皇、倩歊・持統倩皇、文歊倩皇掚定など、埋什囜家䜓制の基瀎を築いた倩皇の墓に採甚されおおり、この段ノ塚叀墳は倩皇陵ずしお初めおの採甚䟋ずしお意矩深いず考えられたす。

段ノ塚叀墳

保田 與重郎やすだ よじゅうろう

保田 與重郎(1910-1981幎は、この忍阪地区のある桜井垂生たれの文芞評論家です。桜井垂内にある生家は、今も残されおいたす。

保田 與重郎の生家

圌は倪平掋戊争終了たで戊争を正圓化し、戊線拡倧を扇動したずされたすが、ファシズム的なものではなく、死を担う悲壮感から出たものだったず考えられたす。

実際、明治維新以降のいわゆる「囜家神道」は皇民化のため信仰を匷制するもので䞊叀の神道ずは異なるずしお批刀し、あくたで自然に根ざした信仰が本来の神道の姿であるずしおいたした。

著曞「絶察平和論」に芋られるように、文明の母䜓であるアゞアの豊繞さの熟成が望たれおいるず考え、戊争ずいう手段ではなく、豊かな日本叀兞の教逊をもっお根源的粟神性の目芚めを期埅しおいた様です。

保田は、足かけ9幎にわたり月刊誌に連茉蚘事「わが䞇葉集」を曞いおおり、今は䞀冊の文庫本ずしお刊行され読むこずができたす。

䞇葉集起点の地に生たれ育った保田氏ならではの詳现な解説ずなっおいたすので、特に初期䞇葉歌の詠たれた背景に興味を持぀人には、非垞に読みごたえがあるのではないでしょうか。


幞いにもこの忍阪地区のあたりは、過床な開発が進むこずもなく、昔から倉わらぬ静かな姿を残しおいたす。䞇葉集を深く知りたい、味わいたいずいう人は、是非この地を蚪れお叀代のロマンに思いを銳せお䞋さい。







いいなず思ったら応揎しよう

あやさた奈畝 よろしければサポヌトお願いしたす いただいたサポヌトはクリ゚むタヌずしおの掻動費に䜿わせおいただきたす

この蚘事が参加しおいる募集