🔶私の好きな奈良:長谷寺 懸造国宝の本堂と巨大本尊 源氏物語 わらしべ長者
長谷寺は有名ですね。
2024-2025年の年越しに放映されたNHKゆく年くる年も、この長谷寺から中継が始まりました。
奈良県桜井市初瀬(はせ)、大和国と伊勢国を結ぶ初瀬街道を見下ろす初瀬山の中腹に建つ、真言宗豊山派の総本山の寺院です。
「光る君へ」で話題となった源氏物語では、光源氏の恋人・夕顔の娘である玉鬘(たまかずら)が長谷寺に参詣し、その際に亡き母親の次女・右近と出会っています。玉鬘に代表される様に、平安時代、都から苦難の長旅を厭わず多くの女人たちが長谷詣をしました。
長谷寺は長い歴史の中で、多くの物語や歌に登場しています。
前述した源氏物語のほか、蜻蛉日記、更級日記、紀貫之の和歌や、小林一茶の俳句などが有名ですね。
みなさんがよくご存知の「わらしべ長者」も、長谷寺を舞台に「今昔物語」に描かれているお話です。
古来より多くの文化人が憧れ、訪れ、自身の作品に遺した場所であり、境内のいたる所には、歌が刻まれた歌碑も点在しています。
また、長谷寺は古くから「花の御寺」とも称されています。
3月中旬~4月上旬は桜が満開となり、4月から5月にかけて石楠花(しゃくなげ)、6月中旬~7月上旬に紫陽花が見られます。
とくに初瀬山は牡丹の名所で、4月下旬から5月上旬は150種類以上といわれる牡丹が満開になります。長谷寺では、春だけでなく、12月から2月にも寒牡丹が見ごろを迎えます。

万葉、平安の昔から、遠路はるばる人々を参詣に向かわせた長谷寺の魅力について、今回は書いてみることにします。
歴史
正史に記されたものはありませんが、寺伝によると、686年に僧の道明がこの地に天武天皇の銅板法華説相図(千仏多宝仏塔)を安置して三重塔を建立、続いて727年に僧の徳道が聖武天皇の勅命により近江国高島郡から流れ出でた霊木で本尊の十一面観音像を作成し祀ったとされています。
847年に官寺に準ずる定額寺(じょうがくじ)に列せられ、858年に三綱(さんごう:3つの僧職)が置かれた記載があり、この頃に官寺と認定されて別当が設置されたとみられます。
他の官寺と共に朝廷の統制下に置かれたことから、長谷寺再建にあたっては、諸国に対しては国宛(必要な経費を負担させること)を、諸寺に対しては落慶供養参加を命じるなど、国家的事業と位置づけられた様です。
平安時代中期以降は観音霊場として貴族の信仰を集め、1024年には藤原道長が参詣しており、中世以降は武士や庶民にも信仰が広がりました。
創建当初は東大寺の末寺でしたが、平安中期には興福寺の末寺となりました。戦国時代の1588年に、豊臣秀吉に追われた新義真言宗門徒が入山して以降、真言宗豊山派が成立していきました。
その後、本堂が焼失してしまいましたが、江戸時代、徳川家光の寄進によって再建されました。その後、家綱の寄進で本坊も建立されています。

境内概観:仁王門から登廊を通って本堂へ
長谷寺の伽藍は、初瀬山の山麓から中腹にかけて広がっています。
境内は起伏があって少し複雑ですので、以下の長谷寺ホームページから地図を拝借し、見ながら説明させていただきます。

まず、本堂のある東の丘、本(もと)長谷寺や五重塔のある西の丘の位置関係を頭にいれて頂くとイメージがわきやすいと思います。
入山受付の前に仁王門があり、本堂まで399段の登廊(のぼりろう、タイトル写真にある屋根付きの階段)があります。
長谷寺を象徴するこの登廊は、通常の階段と比べると登りの角度が緩く、ここ特有の勾配を本堂に向け登っていきます。
登廊は、平安時代に春日大社の社司中臣信清が子の病気平癒のお礼に造ったもので、上中下の三廊に分かれています。上廊は本堂と同じ江戸時代の建築、下、中廊は明治の再建で、優美な長谷型の灯籠を吊るしています。
仁王門から、繋屋(つなぎや)、蔵王堂を経由して登廊を登っていくと、三百余社、鐘楼のあたりに達し、本堂へと続きます。
本堂は国宝で、仁王門、登廊5棟(下登廊、繋屋、中登廊、蔵王堂、上登廊)、三百余社、鐘楼は重要文化財に指定されています。
源氏物語「玉鬘の巻」に登場する「二本(ふたもと)の杉」は、現在も登廊の東方に残っています。
なお、玉鬘が暮らした玉鬘庵は、江戸時代の中頃まで宗宝蔵と駐車場の中間あたりにありましたが、今はなくなっています。
本堂(国宝)
本尊を安置する全体としては9間×5間の巨大な建築で、前面は京都の清水寺本堂と同じく懸造(かけづくり)になっています。
傾斜地に南向きに建っており、おおまかには本尊を安置する正堂(奥)、参詣者の為の空間である礼堂(手前)、これら両者をつなぐ相の間の3部分からなります。
この礼堂の前半部分は床下に柱を組み、崖面にせりだした懸造で、前方に舞台を設けているのは清水寺と同じですね。

西の丘に建つ五重塔が見える
奈良時代の創建後、室町時代までに計7回焼失しましたが、その後1538年に本尊の十一面観音像が再興され、本堂は豊臣秀長の援助で1588年に新しい堂が完成しました。その後さらに建て替えられ、現存の本堂は徳川家光の寄進を得て1650年に落慶したものです。
本尊の十一面観音像は先に完成していましたので、新本堂建設工事は本尊を原位置から移動せずに行われました。そのため、本堂は内陣の中にさらに内々陣(本尊を安置)がある複雑な構成となっており、内々陣は巨大な厨子の役目をしています。
本堂は近世前半の大規模本堂の代表作として、2004年12月、国宝に指定されました。
本尊・十一面観音立像(重要文化財)
長谷寺開山の伝承では、神亀年間(724年 - 729年)に初瀬川に流れ着いた大きな神木から観音菩薩像を作り、近くの初瀬山に祀ったとされます。
現在の本尊像は、前述の通り室町時代、1538年の再興です。
国宝・重要文化財指定の木造彫刻の中では最大となる、高さ10メートル超(1018cm)の巨像です。
通常の十一面観音像と異なり、右手には数珠とともに通常は地蔵菩薩の持つ錫杖(しゃくじょう)を持ち、左手には通常の十一面観音像と同じく水瓶(すいびょう)を持って大磐石(だいばんじゃく)という台座に立っています。
これは地蔵菩薩と同様、人間界に下りて衆生を救済し、行脚する姿を表したものとされ、他では見られない独特の形式です。
この種の錫杖を持った十一面観音は「長谷寺式十一面観音」と呼ばれます。

この巨大な本尊ですが、春と秋の特別拝観の時期に、普段は関係者以外立ち入りが禁止されている本堂の内々陣に入る事ができ、10mを超える大きな観音さまのお御足(おみあし)に直接触れてお参り出来ます。
ご本尊ってなかなか拝めないこともありますし、長谷寺の様にお御足参りが出来たとしても、お姿を写真に残したりすることは難しいですよね。
有難いことに、間近で拝んだご本尊の姿を、いつでも見ることができる方法があります。
みうらじゅんさん、いとうせいこうさんの「見仏記」のDVDです。
ちょっと邪道かも知れませんが、いろんなお寺をシリーズで巡っておられ、繰り返し映像で見ることができますので、よければ一度ご覧になってください。
銅板法華説相図(国宝)
縦83.3センチメートル、横75.0センチメートルの鋳銅の板に宝塔と諸仏が浮き彫り状に鋳出されたもので、「千仏多宝仏塔」とも称されます。
大地から三重宝塔が現れ、千仏が集まって釈迦説法を賛嘆する法華経見宝塔品(けんほうとうほん)の場面を表したものです。
銅板の下部には長文319文字の銘が刻まれており、「戌年」に「飛鳥浄御原で天下を治めた天皇」の病気平癒のため、僧・道明が作ったという意味のことが書かれており、寺の草創について記す唯一の遺品です。
「工芸品」として国宝指定され、現在は奈良国立博物館に寄託されています。
長谷寺では五重塔の横の本長谷寺にレプリカが安置されています。
修二会の締めくくり「だだおし」
大和における火祭りといえば、何を思い浮かべますか?
北部を代表するお寺、東大寺二月堂におけるお水取りの「おたいまつ」と、南部の長谷寺における「だだおし」が挙げられると思います。
長谷寺では1月1日から7日間の法要「修正会」、2月8日から7日間の法要「修二会」を行なわれ、締めくくりとして2月14日に行われるのが「だだおし」の儀式です。
昔、長谷寺の西北に悪い鬼が出没し、里人を困らせました。この鬼を修二会の法要に招き寄せ、法力で追い払ったという伝承から始められたものです。
閻魔大王によって保証された「宝印の力」と、十一面観世音菩薩に懺悔することによって与えられる「法力」とで悪魔を鎮めるということですね。
「だだ」とは、閻魔大王(えんまだいおう)が懲罰を加える杖という説、疫病神を駆逐する「儺押し(だおし)」から来たとする説、「だだだ・・・」と鬼を追い出す様子を表すという説など、諸説がある様です。
法要は、まず悔過導師(けかどうし)以下職衆が本堂内陣に入り、本尊十一面観世音菩薩の前で人々の罪を懺悔し(悔過法要)、七種秘宝が封印を解いて本尊正面に供えられます。一山の僧侶が出仕する厳粛な本法要、鬼面加持の作法、牛玉札(ごおうふだ)の加持が行われます。
宝印授与の儀式が始まるころ、太鼓・法螺貝が堂内に鳴り響き、赤・青・緑の三匹の鬼が現れ、金棒を振りかざしして堂内を暴れ廻ります。すると僧侶達が楉(すわえ:木の小枝)と牛玉札の威力で堂外に追い出し、追われた鬼は大松明を担いで本堂の周りを練り歩いたあと、退散します。
なかなか文章ではわかりにくいですね。
百聞は一見に如かずですので、YouTube長谷寺公式チャンネルが挙げているダイジェスト動画を貼っておきます。
災厄を追い払う効果が最も高いと言われる牛玉札は、2月14日のだだおし終了後に授与していただくことも可能です(先着申込順)。お寺のホームページで情報をご確認ください。
紹介しきれないので、実際の御参詣で感じてください
頑張って書いてきましたが、長谷寺については建物、宝物、伝承、巡礼、花、文学など、魅力が非常に多く、とても1回の記事で紹介しきれるものではありません。
巡礼のことや馬頭夫人のことなども書きたかったのですが、字数が多くなりすぎますので、他稿に譲ることに致します。

ちょうど、いまから修二会の時期です。
寒牡丹も咲いている頃ですね。
近くていつでも参詣できるという方は多くないでしょうが、古の昔から数えきれないほどの人々が遠路はるばる通ってきた名刹です。
できれば時間をかけて何度も訪れて、その魅力を実際に体験して頂ければと思います。
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