嵐の中で輝いて
大袈裟ではなく、今死ぬほどさみしい。
「なんてかっこいいアイドルだろう」と思って追いかけていたら、いつしか人生のロールモデルにしたい存在になっていた。
本当にすごい人だ。
10年間走り続けてきた代償としての苦労は、どれほどのものだったんだろうと思う。
体が痛くても、「いずれ過ぎ去るものだ」と呟いて耐えてきた瞬間が、何度あったんだろう。
あくびを噛み殺しながら向かった収録は、何百回あったんだろう。
綺麗な衣装を着たまま、疲れた身体で開ける扉はどれほど重かったんだろう。
2つのグループに立ち続ける責任は、どれほど重かったんだろう。
時には、その責任を枕にして「疲れたー」って寝転んだってよかったのに、それを許さなかったのもマーク自身だった。
10年も、それを貫き通せる人なんてこの世にどれだけいるんだろう。
本当にかっこいい人だ。
5年前、雑誌のインタビューで答えていた内容で、ずっと大好きなものがある。
「人の“青春”というものは、それぞれが“今がそうだ”と考えるときこそが、青春だと思うんです。…僕は30代になっても40代になっても、その時々で自分が感じることのできる青春はあると思います」
一般的には10代、20代のころを指す“青春”について、マークは「何歳でも青春はある」と答えた。
10代の頃、満足な青春を送れなかった気がしていたわたしにとって、それは救いの言葉だった。
いくつになっても青春は存在していて、きっと今のわたしも淡い春を生きているんだと思わせてくれた。
まるで青春を与えられたみたいでうれしかった。
だからどうか、マークのこれからの青春も、サングラスをかけないと見えないくらい眩しいものになりますように。

マークのファンになって、いい影響もたくさん受けた。
募金天使のマークを見て、わたしも店のレジ横に置いてある募金箱に募金をするようになった。比べものにならないくらい少額だけど。
未読スルーをすることも減った。マークが苦手だと言っていたから。
緊張する場面に出くわしても、「緊張は緊張のままに」と思えるようになった。
苦手な食べ物に出会っても、「まずいから嫌い」と思うんじゃなくて、「縁がなかったんだ」と思うようになった。そのほうが少しやさしい気持ちになれた。
どれも彼に影響を受けて始めたことだけど、そうしているとき、なんだか少しだけいい人間になれている気がした。
数日前、祈っている彼の絵とともに、
「これからマークが泳いでいく海が、どうか冷たいものでありませんように。
大きな嵐や鋭いサメに行く手を阻まれることなく」
と書いたものをポストした。
そのときはただ、「困難が起こらないでほしい」と思って書いた。
でも今は、大きな嵐が来てもそれが正しい道だと信じたなら、正攻法が好きなマークは真正面から飛び込んでいくんだろうと思う。
サメだって打ち倒すんだろう。
もしかしたらサメと仲良くなって、並んで泳ぐのかもしれない。
どんな選択をしても、それを自分の道にしていくんだろう。
本当に強い人だ。
明日からは船を降りて、これからはひとりで泳いでいくんだね。
それでも、この世界で決してひとりぼっちではないことだけは、どうか忘れないでほしいと思う。
助けを求めるのが苦手だと言っていたマークが、ひとりで泳ぎ疲れてしまわないことを願っている。
常に時間に追われていただろう日々のなかで、本当はもっと時間をかけてやりたかったことが、たくさんあったと思う。
ギターの練習をしたり、文章を書いたり。
これからは、その全部が少しずつでもできるといいな。


時間を忘れて、やりたいことが出来る日々が続きますように。
長い長い時間、本当にお疲れさまでした。
たくさんの幸せを本当にありがとう。
あなたを見ていた時間は、ただ楽しかっただけじゃなくて、わたし自身の生き方を少しずつやさしく変えてくれる時間でもありました。
あなたがどの場所にいても、
いつまでもあなたの月曜日を応援しているよ。

嵐の中でも輝いて、
そしてめいっぱい幸せになって。
本当にありがとう。
2026.4.8
