「生活できる」と「心地よく暮らす」の間に
最近、夫が なんとなく不調期 のようだ。
お盆も明けて、社会全体的にも、通常の動きに戻ってきて。
それはそれで、忙しくなるのは当然だよね…と、察している。
そんな仕事で感じる重圧に、家族の諸々も重なっている。
「わたしにできることが、何かないか」と考えた。
気持ちというものは、誰かが代わりにどうにかできるものではないということを、わたしは痛いほど知っている。
そんなわたしが考えた、今のわたしにできること。
それは、家の中を整えること 。
家というものは、暮らしの土台でもあって、日々の休憩所であると思うタイプのわたしは、心地よさが最重要ポイントになる。
家の心地よさとは、
家にいる人のご機嫌さにも左右されるが、
そのご機嫌さには、家の中を漂う空気の感じも大きく影響するかなと思うから。
(相変わらず、分かりづらいニュアンスの話だ。)
話を戻そう。
夫の不調な気持ちを、たったの5度でも上向きにするため。
わたしの急務としては、家の掃除だと考えたのだった。
とは言っても、わたしの時間も有限であって。
普段サボっているそのすべてを、限られた時間で、1回に済ませることは到底できない。自分のズボラ具合を、これほどまでに責めたことはなかった。
今後の日々のわたしのコツコツに期待するとして、取り掛かりの場所として、掃除する場所を選定する。
毎日、夫もわたしも使う場所。
注目したのは、洗面所 だった。
やると決めたら、やりきるタイプ(← つまり、やるまでが、無駄に腰が重たいわけです。笑)。
わたしの感覚は、洗面台に全集中していた。
毎日使われる、洗面台のボール。
水が飛び散りやすい、鏡や壁。
いつの間にか汚れている、床。
洗面所の床を、いつもより念入りに拭いた。
そのついでに、カビ予防のマスキングテープも交換しちゃう。
普段なら、集中的に掃除をしないような細かなところまで、気づくと汗をかきながら、夢中になって磨いた。
別に、毎日そこまでしなくても生活はできる。
床が少しくらい汚れていたって、ごはんは食べられるし、眠ることもできる。
そんな自分に都合のよい言い訳を言い聞かせて、自分の「できない」を正当化していた。
でも。
拭き終わった洗面所を見たら、なんだか少し気持ちがよくなった。
夢中になって手を動かしていたおかげもあってか、自分の中も、少しすっきりしたのかもしれない。
「生活できる」ことと
「心地よく暮らす」ことは
どうやら同じではないみたい。
生活は、最低限のことができていれば成り立つ。
けれど、
その中で自分がどう過ごすかは、
小さな工夫ひとつで変わるのかもしれない。
お気に入りのものをひとつ置くとか。
そのお気に入りのものが少しでも映えるように、空間をきれいにしてみるとか。
少しだけ丁寧に紅茶を淹れるとか。
洗面台を掃除したことだって、
誰かに褒めてもらえるわけでもない。
気づいてもらえないことだって、ある。
むしろ、そっちのほうが多いんじゃないだろうか。
そうだとしても。
それで、いい。
これは、わたしにとっての
「心地よい暮らし」のこだわりにすぎないのだから。
さて。
今日は、どこを、少し整えようかな。

この記事が、心地よく感じたあなたへ。
↓ 他に、こんな記事も書いています。
↓ もう少しだけ、濃い余白を過ごしてみませんか。
RaMは、暮らしをベースに、自分をいたわる時間も書いています。
🌿 日常の中の余白な時間を体感したい方
→ そっと安らぎプラン
☕ じっくり、自分の余白を過ごしたい方
→ ほっと和みプラン
毎月、1本ずつ。
「心の余白」をこよなく愛するRaMが、「余白」を大切にした暮らしの日々のリアルを綴る、エッセイを公開中。
↓ 8/19に公開した新作です。
いずれのプランでも、お読みいただけます。
1ヶ月だけでも大丈夫です。
どうぞお気軽に、遊びに来てくださいね。
いいなと思ったら応援しよう!
応援くださり、ありがとうございます✨いただいたチップは、note活動のための研鑽、創作のために必要な文房具の購入費用として、使わせていただきます。