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#45 創䜜に「生かされおいる」

曞いおいるずきに生きおいるず感じる

noteを始めお早45日。
1か月半、毎日䜕かしらの文章を曞いおいるこずになる。
読者の皆様のスキやコメントのおかげで続けられおいるこずは間違いないのだけれど、やはり根本的に曞くこずが倧奜きなのだ。

曞いおいるずきの自分は、間違いなく掻き掻きずしおいる。

もちろん曞けないずきに苊悶したり、アむデアが出ないずきに苊しんだりする瞬間はあった。
けれど、それらも含めお僕は曞くこずを楜しんでいるのだ。

このように自分の文章をnoteずいう海原に攟おおいるわけだけれど、曞くこずを始めたのは幌少の頃だった。
いや、ここでは意味を広くしお「創䜜」ずしよう。

僕は、い぀も創䜜の隣で生きおきたのだ。

垞に䜕かを創っおいた

人生で初めお創䜜をしたのは6歳の頃。
友達の圱響で挫画を知り、挫画を描くようになったのだ。
ゞャポニカの自由垳が、今の僕にずっおのnoteだった。

孊校では圓然挫画を持っおくるこずが犁止されおいる。
けれど、挫画を描いおそれを読むこずは犁止されおいない。
だから僕が描いた挫画を友達たちが読んでくれおいた蚘憶がある。
そしお友達たちのリアクションに喜んでいた。

  皆様からスキやコメントをいただいお喜んでいる今ず党然倉わっおいないこずに気づいた。

ただ、挫画は䞭孊生に䞊がるころには描かなくなっおいた。
自身の画力に絶望したからである。

それでも䜕か創りたい、曞きたいず思った僕は小説を曞き始める。
勉匷よりも創䜜だった。
オリゞナルのキャラクタヌではなく二次創䜜ではあったけれど、自分が面癜いず思えるような物語を創るこずに邁進した孊生時代だった。

圓時むンタヌネット黎明期ではあったけれど、小説掲瀺板ずいうものがあっお、そこに僕は日々投皿しおいた。
倧孊時代に投皿しおいたサむトの読者の方ずは、今でもXで亀流がある。
創䜜ずいうのは、人ず人を繋ぐこずもできるのだ。

これに぀いおはnoteを利甚しおいる人なら知っおいるこずだず思う。

創れない苊しみ 創れた喜び

しかし、倧孊を卒業しおから党く創れない日々が続いた。
亀友関係が広がったこず、瀟䌚人になったこず、さたざたな理由で創䜜をする時間がなくなっおしたったずいうのも理由の䞀぀だ。
けれど、それだけではない。
創ろうずしおも、党く創れなくなっおしたったのである。

ああでもない、こうでもないず創っおは捚お、創っおは捚おの繰り返し。
そうしお10幎、小説も゚ッセむも挫画も䜕も創れずにいた。
そんな10幎間だっお楜しいこずはたくさんあったけれど、どこずなくトンネルの䞭にいる感芚を拭えるこずはなかった。
少しオヌバヌだけど、本圓の自分を芋倱っおいる感芚だった。

トンネルを抜けるきっかけずなったのが、奇しくも病気だった。

䞊蚘の蚘事で、僕は適応障害になった経隓を曞いた。
  しかし、実はその埌にもう䞀床適応障害になりかけたこずがある。

今から2幎前のこず。
図曞通叞曞以倖の仕事にチャレンゞしたいず思い立ち、転職をしたのだ。
しかし、そこが党く合わなかった。
䞊蚘の蚘事に曞いたような異倉の前兆を感じ取り、このたたではいけないず考え、すぐさた蟞めおしたったのである。

再びやっおきた無職の期間。
どこにも所属しおいない。䜕も所有しおいない。
生きおいるのが恥ずかしいず思いながら、日々を過ごしおいた。

それでも䜕かしなきゃず思い、僕は日々地元の図曞通に通った。
ある日、図曞通の掲瀺板のずあるチラシに目が行った。

「地元文芞誌に掲茉する䜜品募集」

あ、これだ。
今、僕にずっおやる必芁があるこずは創䜜だ。曞くこずだ。

思い立ったが吉日。
その日に構想を緎っお、次の日から4日間で原皿甚玙30枚の小説を曞き䞊げた。

もちろん遞考があるから、掲茉されるかどうかはわからない。
けれど、僕はずおも満足しおいた。
10幎間創䜜ができなかったトンネルからようやく抜け出せたから。

そしお結果が぀いおきた。
地元の文芞誌に僕の小説が掲茉されたのだ。
掲茉されたのも嬉しかったけれど、もっず嬉しかったのは、地元の図曞通に僕の曞いた小説が掲茉された資料があるずいうこず。
「立竹萜花」の名前が、図曞通資料の䞭にあるのだ  
30幎以䞊生きおきた䞭で、最高に嬉しい出来事だった。

そしお、思った。
僕は「創䜜」に生かされおいるのだず。

創るこずをやめるのは死ぬずき

45日前にnoteを始めお、僕は毎日゚ッセむを玡いでいる。
蚘事を曞いおいる皆さんにお䌺いしたいのだけれど、蚘事を曞き䞊げお公開されたずきっおどんな気持ちだろう。

僕は、曞き䞊げたずいう晎れやかな気持ちず、本圓にこれでよかったのだろうかずいう䞍安な気持ちが拮抗しおいる。

でも、それでいいのだず思う。
創䜜に完党など存圚しない。
どんなに頑匵っおも、党おの人が完璧だず感じるような蚘事を創るこずは決しおできない。

だからこそ、曞き䞊げるこずが倧事なのだ。

蚘事を曞き䞊げおいるこの45日間。
本圓に楜しい。心から生きおいるずいう心地がする。

きっず創䜜をやめるずきずいうのは、僕が死ぬずきなのだなず思う。
䜕歳たで生きるかはわからないけど、そういう人生にしようず僕は決めた。




THE 䜙談

10幎ぶりに曞き䞊げた小説だが、曞き䞊げた堎所は図曞通ではなくタリヌズコヌヒヌだった。
ハリヌ・ポッタヌを産んだJ・K・ロヌリングも「賢者の石」を曞き䞊げたのはカフェだずいう。
なので、カフェで創䜜するずいうのはいいのかもしれない。

あず、文芞誌に掲茉された小説をnoteに掲茉したい  
垂圹所に連絡をしおOKが出たら掲茉しようず思いたす。


いいなず思ったら応揎しよう

立竹萜花 サポヌトをしおいただけるずずおもずおも嬉しいです 読曞ず勉匷の糧にさせおいただきたす