知るメモ|2026年 WBC 韓国戦【鈴木 誠也】|2HR4打点の爆発!宿敵を撃破
2026年3月7日。
超満員の東京ドームで行われたプールCの第2戦。
初戦の台湾戦で圧勝した「侍ジャパン」は、幾度となく死闘を繰り広げてきた宿敵・韓国と激突しました。
結果は、日本が韓国を8対6で下し、開幕2連勝を飾りました。
今回は台湾戦での爆発的な13点とは打って変わって、一進一退の緊張感漂う接戦でした。
この試合で主役を務めたのは、3番・中堅手として先発出場した「鈴木誠也選手」(シカゴ・カブス)です。
2打席連続本塁打、4打点という圧巻の活躍で、試合の流れを何度も手繰り寄せた男。
「宿敵」と呼ばれる韓国を相手に、その長距離砲は東京ドームの夜空に2本のアーチを描いたのです。
◆試合の全貌|8対6、一進一退の激闘
1回表 — 先発・菊池雄星、まさかの3失点
日本の先発は菊池雄星(エンゼルス)。
岩手・花巻東高校出身の左腕が、同じく花巻東出身の大谷翔平と同じ東京ドームのマウンドに立った。
しかし、2本のタイムリーヒットを浴びて3点を先制されてしまいます。
初回から3点のビハインドを背負う、苦しい展開のスタートでした。
今回、韓国打線には強力な火力があった。
2024年に「38本塁打・40盗塁」を記録したキム・ドヨンの機動力、さらに「米国仕込み」の長距離砲たちが並ぶ打線は、侍ジャパンにとって最大の脅威となっていた。その不安がわずか1回で現実となってしまったのです。
1回裏 — 鈴木誠也、先制弾で即座に反撃
3点をリードされた日本は1回裏、3番の鈴木誠也がツーランホームランを放つのでした。
先頭打者が出塁した直後の一発。3点差を一気に1点差へ。
その瞬間、東京ドームは沸き返った。
試合序盤から韓国に主導権を渡さないという意地を、鈴木は一振りで見せたのです。
3回裏 — 大谷ソロ、そして鈴木が2打席連発
3回裏には大谷の2試合連続本塁打となるソロホームランで同点に追いつき、さらに鈴木が2打席連発となるソロ、吉田正尚(レッドソックス)もソロを放った。
1イニングで3人連続アーチという圧巻の攻撃で、スコアは日本4対3と一気に逆転。鈴木はこの試合2本目のホームラン!
韓国の追撃を振り切る
4回に伊藤大海(日本ハム)から同点ツーラン、8回に松本裕樹(ソフトバンク)が打たれたもののリードを保ち、9回は大勢(巨人)が無失点に抑えた。
最終スコアは8対6。
台湾戦のような大差はつかなかったが、それでも日本は勝利をもぎ取った。
「宿敵」との激闘をものにし、侍ジャパンは開幕2連勝。1次ラウンド突破へ大きな前進となりました。
◆日韓戦の歴史|因縁と激闘の20年
この試合の意味をより深く理解するために、日韓戦のこれまでの軌跡を振り返っておく必要がある。
第1回WBC(2006年)— 連敗から逆転優勝
2006年の第1回WBC。
王貞治監督率いる日本は3月5日に東京ドームで行われた1次リーグを2対3、同15日にエンゼルスタジアムで行われた2次リーグを1対2で韓国に連敗した。
崖っぷちに立たされた日本。
失点率の差で奇跡的に準決勝へ進出すると、3度目の対戦となった準決勝。
6回まで両チームとも無得点だったが、7回に代打・福留孝介が先制2ランを放って流れを引き寄せた。
その後、里崎智也、宮本慎也、イチローらのタイムリーで一挙5点。
先発の上原浩治が7回無失点と力投し、6対0で快勝したのです。
そして、決勝でキューバを下し、日本がWBC初代王者となったのです。
第2回WBC(2009年)— 「日韓シリーズ」と呼ばれた5試合
2009年大会では、決勝戦に進出した日本と韓国は大会中に、9試合中5試合を日本対韓国で戦った。
これが「日韓シリーズ」と揶揄されるほど、両チームの激突は観客を熱狂させました。
1次ラウンドでは1戦目が14対2(7回コールド)の大勝。2戦目が0対1の惜敗。
2次ラウンドでは1戦目が1対4の敗戦。2戦目は6対2の快勝。
そして大会5度目の対戦が今も語り継がれる決勝です。
3対3の同点で延長に突入し、10回表、日本は走者を2人置いてイチローが打席に入る。
イチローはここ一番の集中力で林昌勇(イム・チャンヨン)の8球目を見事にセンターへ弾き返し2点タイムリー。その裏をダルビッシュ有が抑え、日本は2連覇を果たしたのでした。
第5回WBC(2023年)— 日本が13対4で圧勝
2013年第3回(1次ラウンドで2勝1敗が3チームになり、得失点率により敗退)、2017年第4回(一次ラウンドでイスラエル・オランダに敗れ敗退)時は韓国との対戦はありません。
2020年開催予定だった第5回大会はコロナウイルス感染症の流行により延期。
2023年の第5回WBCでは1次リーグで激突。
3回に韓国が3点を先制したが、その裏に日本が4点を奪って逆転すると、その後も加点して13対4で大勝した。
日本の層の厚さを見せつけた試合となりました。
そして今回の2026年大会・・
◆鈴木誠也とはどんな選手か
「神ってる」から始まった物語
鈴木誠也は1994年8月18日、東京都荒川区に生まれます。
小学2年生の時に荒川リトルで野球を始め、中学時代は荒川シニアに所属。二松学舍大学附属高校に進学し、投手として1年秋からエースの座を確保しました。
2012年のドラフト2位で広島東洋カープに入団。
4年目の2016年はリーグ2位の打率.335で初の規定打席に到達。
2017年はプロ初の4番を務め、2年連続の打率3割、26本塁打、90打点をマークします。
2016年、そのキャリアに一つの転機が訪れます。
オリックスとの交流戦で2試合連続サヨナラ本塁打を放ち、緒方監督の口から「神ってる」という言葉が飛び出した。
この言葉はその年の新語・流行語大賞の年間大賞を受賞し、鈴木誠也の名前は全国区になったのです。NPBを代表する打者へ
2019年は自己最多の140試合で打率.335、出塁率.453をマークし、初タイトルとなる首位打者と最高出塁率に輝きました。
第2回WBSCプレミア12では日本代表の主砲として3試合連続本塁打を放ち、日本の大会制覇に貢献してMVPを獲得。
東京五輪では金メダル獲得にも貢献し、名実ともに侍ジャパンの4番打者としての地位を確立していきます。5年8500万ドル——夢のMLBへ
2022年3月18日、シカゴ・カブスと日本人野手としては史上最高額となる「5年総額8500万ドル」の契約を結びメジャーリーグへ。
2023年は日本人右打者として初の20本塁打を達成。
2024年は3年連続2桁本塁打を記録。
そして2025年は32本塁打103打点で、日本人3人目となる30本塁打100打点を達成。
「レーザービーム」と称される肩の強さと、精緻なバッティング技術を兼ね備えた外野手として、今やMLBでも確固たる地位を築いています。2023年の無念を晴らす「2026年の大爆発」
実は鈴木選手にとって、この2026年大会には特別な思いがあります。
前回2023年のWBCでは、侍ジャパンの主軸として期待されながらも、大会直前のキャンプで左脇腹を痛め、無念の出場辞退となっていました。
テレビ越しにチームメイトの優勝を見届けるしかなかったあの日から3年。
ついにWBCの舞台に立った鈴木選手は、溜め込んでいたエネルギーを爆発させるかのように最高の結果でチームを牽引しています。
◆まとめ
鈴木誠也の2本のホームランは、3点のビハインドを背負った直後の先制弾で流れを引き戻し、3回には同点から逆転へのきっかけとなる連発弾を放ち、試合の行方を決定づけた。
日韓戦には20年を超える因縁がある。
2006年の連敗からの準決勝逆転、2009年のイチローのサヨナラ打、2023年の13対4での圧勝。
そして2026年の今大会、8対6という接戦の勝利が、その歴史に新たな1ページを刻んだ。
侍ジャパンは開幕2連勝。連覇への道を着実に歩んでいます!
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