近況と雑感
高校二年生の頃、私は自分にとって耳にする全ての音楽が新しいものだった。
FMから聴こえてきたもの、レコード店で見つけたものは勿論、何よりも級友が聴かせてくれたり貸してくれたものを、朝から晩まで聴いていた。
ギターを弾き始めたり宅録をし始めて間もなかった私は、The Beatlesや Led Zeppelinなどのブリティッシュ古典ロックと、Bob Marleyなどのルーツレゲエ、James BrownやPrinceなどの黒人音楽、あるいはMr.BigやExtreamなどハードロックも夢中で聴いた。
友人の影響でボアダムスや非常階段、人間椅子なんかも脈略なく聴いていた。
モリシタ君という同級生は、The Stone RosesやSuedeなど1990年代ブリティッシュ・インディー・ギターバンドが好きだった。彼はある日私にOasisの『supersonic』という曲を聴かせてくれた。
その時は、なんとなく良いな、くらいの感想しか持たなかったが私は彼らのデビューアルバムを買い、聴き込んだ。
衝撃を受けたというよりは、身体にじわじわ染み込んでいくような不思議な感覚だったように思う。
大学に進学し、くるりを結成した頃に彼らの二枚目のアルバムを聴いた。バンドサークルの人たちは全員このアルバムに夢中になっていた。私もそうだった。私はコピーバンドでドラムも叩いた。
轟音の壁のようなギター・サウンドも、シンプルだがクセになるメロディも、16分音符で刻まれるタンバリンとゆったりとしたビートもその全てが、とにかく身体に染み込んでいった。The Beatlesとはまた違うかたちで、それは私そのものになったような感覚だったな、といま改めて思う。
時を経て、いつだったかのフジロックで彼らのパフォーマンスを観た。素晴らしいライブで、生々しくも彼ららしい染み込むような感覚を残していった。ロックバンドおは、おとぼけビーバーのような生肉を突きつけられるカッコ良さが真骨頂だと思っていた私にとって、彼らのそれは熟成過程をそのまま見せつけるようなもので、私にとっては特殊な感覚だった。
完璧なショーやロック的なカタルシスとは程遠く、なにか煮え切らないものを寸分残したまま彼らは活動を停滞させた。
私は彼らの二枚目を聴き続けて今に至った。そして、東京ドームで彼らとおとぼけビーバーを観た。おとぼけビーバーは、大学のサークルの後輩だ。
私は色んな音楽を愛しているが、ロックンロールに夢を持っている。ロックンロールは、測りで計るものではない。声にならない声や、名前のつけられない気持ちを持ったどんな人にも、平等に降り注ぐ雨のような、少し切ないけどワクワクする音楽のことだ。
ロックンロールを演奏するロックバンドは、誰よりも美しい。ギャラガー兄弟は、少しおじさんになって帰ってきた。私も、少しおじさんになって、少しの諦念のようなものを感じながら、柔らかい気持ちで彼らのニューアルバムを待っている。
おとぼけビーバーと、ドラマーのれお氏の華々しい舞台も、輝かしかった。私のストライクゾーンは広いから、彼女たちの音楽もまた私の背中を押した。
