東ミソスモアで学校を休む雪の日
東ミソスモアでは冬が長いからといって、雪が降るたびに学校が休みになるわけではない。スドラやメレシュのように除雪の仕組みが整った町では、夜のうちに数十センチ積もっていても、朝には主要道路が開き、子どもたちは普段より少し早く家を出る。雪は冬の日常であり、「雪が降った」という事実だけでは休校の理由にならないのである。
それでも年に何度か、学校へ行かない朝がある。その判断を決めるのは校庭の積雪量より、子どもたちが家から学校まで安全に移動できるかどうかである。峠から来るバスが走れるのか、村道を除雪できているのか、強い風で数時間後に道が埋まり直さないか。東ミソスモアの雪の日に学校が休みになるとき、問題になっているのは学校そのものではなく、その学校へ集まってくる道の方だった。
休校は前日の夜には決まらないことがある
雪は降った量より朝の状態を見る
大雪の予報が出ても、前夜の段階で必ず休校を決めるわけではない。夜のうちに雪がやみ、早朝から除雪できれば通常通り登校できる一方、積雪がそれほど多くなくても、風が強ければ除雪した道へ再び雪が吹き込むからである。特に平坦な土地では、道路脇から細かな雪が流れ込み、早朝には通れた区間が一時間後には狭くなっていることがある。
そのため地方の学校では、早朝に道路管理者やバス会社から状況を確認してから判断する。校長が窓の外を見て決めるのではなく、複数方向から学校へ伸びている交通路の状態を集める必要がある。校舎の周囲がきれいに除雪されていても、山側の集落から来る道が閉じていれば、生徒のかなりの人数が登校できない。
反対に、学校周辺にはまだ雪が残っていても、バス路線と歩道が確保されていれば授業は行われる。雪の日の休校は、「学校が使えるか」ではなく「学校という一点まで子どもを集められるか」という判断だった。
朝の連絡には時間差がある
現在では電話や電子的な連絡も使われるが、東ミソスモアの地方では休校情報がすべての家庭へ同時に届くとは限らない。学校からの連絡、自治体の告知、バス会社の運休情報が少しずつ違う時間に出るため、朝の早い段階では「学校は開くが、うちの地区のバスは来ない」という状態も起こる。
その場合、学校自体を休校にするのか、来られない生徒を欠席扱いにしないのかが後から調整される。東ミソスモアでは、大雪の日に「学校は開いているから何としても来なければならない」と考えるより、移動できないことと授業を受けないことを分けて扱う傾向がある。道の状態は生徒本人には変えられないからである。
山側と町では同じ雪でも意味が違う
ベルノフ峠に近い学校は交通を先に見る
ハルヴァート山脈に近い地域では、降雪そのものより峠道の閉鎖が学校生活に影響する。ベルノフ峠が雪で閉じれば、郵便や貨物だけでなく、学校へ通う車両にも影響が出る。峠を直接越えて通学する生徒が少なくても、山側の集落を結ぶ道路が同じ風雪を受ければ、複数のバス路線が同時に止まる可能性がある。
こうした地域では、学校側も冬になると「全員が同じ時間に来られる」ことをあまり前提にしない。始業を遅らせる、午前中だけ休みにする、特定地区からの生徒は自宅待機にするといった判断が使われる。一日まるごとの休校より、状況に合わせて時間をずらす方が実際には多い年もある。
一方、スドラでは雪が同じだけ積もっても、主要道路や公共交通が動けば学校は通常通り開く。集合住宅から徒歩で通う子どもも多く、地方のように一本のバス路線が止まっただけで学校全体が成立しなくなることは少ない。東ミソスモアの「雪の日」は、雪の深さより学校までの交通構造によって違うのである。
子どもは朝から休みだと思っているとは限らない
まず服を着るところまで準備する
休校の可能性がある朝でも、家庭では普段通り登校の準備を進めることが多い。朝食を食べ、厚い靴下を履き、上着を出し、鞄をまとめる。連絡を待っているうちに時刻だけが過ぎ、最終的に休校とわかったころには、子どもが玄関近くまで準備を終えていることもある。
これは休校を期待させないためというより、通常登校になった場合に間に合わなくなるからである。雪の日は靴を履くにも時間がかかり、道路も普段より歩きにくい。連絡を待ってから準備を始めるのでは遅い。
そのため「今日は学校がない」とわかった瞬間に、子どもがパジャマのまま歓声を上げるような朝とは少し違う。すでに着た厚い上着を脱ぎ、濡らす前だった靴を元へ戻し、用意していた昼食を家で食べることになる。休校は休日として予定されていた日ではなく、登校するはずだった一日が途中で別の形へ変わる日なのである。
家に大人がいるとは限らない
学校が休みになっても、親の職場まで休みになるとは限らない。スドラの工場や病院、交通機関では雪の日にも勤務する人がいるため、低学年の子どもを誰と過ごさせるかが問題になる。
近くに祖父母が住んでいれば預けることもあるし、同じ集合住宅の家族同士で午前中だけ子どもを見ることもある。地方では兄姉が一緒に家に残る場合もあるが、年齢によっては一人だけで長時間留守番させない家庭も多い。休校は子どもにとっては授業のない日でも、大人にとってはその日の仕事と家庭の配置を急に組み替える必要がある日だった。
休校になったからといって外へ出られるとは限らない
雪遊びができる日とできない日がある
雪で学校が休みになると、子どもが外で遊ぶ姿を想像しやすい。しかし本当に交通が危険なほど雪が降っている日は、午前中は外へ出ないよう言われることもある。除雪車が道路を通り、屋根から雪が落ち、風で視界が悪くなっている時間帯に、子どもだけで遠くへ行かせるのは危険だからである。
天候が落ち着けば、午後から庭や集合住宅の中庭へ出る。雪を積み上げたり、除雪でできた山へ登ったりするが、道路脇の大きな雪山には近づかないよう言われる。除雪車からは子どもの姿が見えにくく、道路側へ崩れる危険もあるためである。
つまり雪の日の休校は、「大雪だから遊べる日」ではない。学校へ行けないほど交通条件が悪いという意味が先にあり、安全が確認されてからようやく遊びの時間になる。
学校ではその日の授業をどうするのか
一日分をそのまま後ろへずらすわけではない
休校になった授業を、翌日にそのまま一日分ずらすとは限らない。時間割全体を動かせば別の授業にも影響するため、教師は後の授業の中へ内容を分散させる。重要な説明は次回に回し、演習量を少し減らすなどして調整する。
数日の大雪で休校が続けば、家庭でできる課題を出す場合もある。ただし、すべての地域で通信環境や家庭の機器が同じとは限らないため、オンライン授業だけを前提にはしにくい。教科書の範囲を指定したり、以前配った問題を進めるよう連絡したりする学校もある。
雪が多い地域では、年間予定そのものにある程度の余裕を持たせている学校もある。冬に一日も授業が止まらないことを前提に計画すると、毎年のように無理が生じるからである。雪の日を完全な例外として扱うより、冬には何日か予定が動く可能性があるものとして学校の一年が組まれている。
翌日の方が難しいこともある
雪がやんでも道はすぐ戻らない
休校になった日の午後には青空が出て、「明日は普通に学校へ行けそうだ」と思うことがある。しかし実際には、翌朝の方が歩きにくくなる場合もある。昼間に少し溶けた雪が夜間に凍り、歩道や坂道が硬い氷になるからである。
特にメレシュの古い通りや傾斜のある町では、積もったばかりの柔らかい雪より、翌日の凍結の方が危険になることがある。学校が再開しても始業時刻を少し遅らせ、明るくなってから登校させることがあるのはそのためだった。
地方では道路脇へ寄せた雪によって道幅が狭くなり、バス同士がすれ違える場所が限られる。雪を道路から除ければ終わりではなく、その雪をどこへ置いたかによって翌日の交通が変わる。休校を解除する判断にも、降雪が止まったかどうかだけではなく、雪の後始末がどこまで進んだかが関わっている。
東ミソスモアで学校を休む雪の日
東ミソスモアで学校が雪のため休みになる日は、単純に「たくさん雪が降った日」ではない。
町では除雪が間に合い、公共交通が動けば授業は行われる。山側では学校の前が通れても、そこへ来るバス路線が止まれば生徒を集められない。ラニャ平原では風によって一度除雪した道が埋まり直し、メレシュでは翌朝の凍結が問題になることもある。同じ天気図の下にいても、学校ごとに休む理由は少しずつ違う。
そして休校が決まるころ、子どもたちはすでに朝食を終え、服を着て、鞄まで用意していることがある。親は勤務先へ行かなければならず、教師は失われた一日の授業を後の時間割へ組み直す。校庭には誰もいなくても、学校に関係する人の一日は止まっていない。
東ミソスモアの冬では、雪そのものは珍しくない。だからこそ、学校を休む基準は「冬らしい景色になったか」ではなく、普段ならつながっている家と学校の間を、その日も安全につなげられるかどうかに置かれている。
雪の日に休んでいるのは、学校という建物ではない。
その朝だけ、そこへ向かう道の方が先に仕事をやめているのである。
