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【トップガン日曜トリビア版】ーー手を離す離艦、出力を上げる着艦・恐怖の夜間着艦・Bolter・そしてBarricadeの真実

おはようございます。毎週日曜日にお届けしている『トップガン・トリビア』のコーナーへようこそ。

これまで、ドッグファイトの心理戦、字幕監修の機微、第5世代戦闘機との技術格差など、さまざまな角度から本作を読み解いてきました。

今日は「空母での離着艦」——空母運用の戦闘機乗りにとって最も過酷で、最も劇的な一瞬に光を当てます。映像の裏側にある現役パイロットたちのリアルを、できるだけ具体的にお話しします。


1. 離艦のリアル——なぜ射出の瞬間に操縦桿から手を離すのか

蒸気と轟音に包まれた飛行甲板から、F/A-18E/F「スーパーホーネット」が次々と空へ放たれる。観る者の胸を熱くする場面ですが、元戦闘機乗りの目で見ると、ある鉄則が忠実に描かれていることに気づきます。

カタパルトは、わずか2秒あまりで機体を停止状態から約140ノット(およそ260km/h)まで一気に加速させます。このとき、パイロットの身体には前後方向に約3〜4Gの加速がかかります。もし車のハンドルのように操縦桿を強く握っていたら、どうなるでしょうか。

人間の身体は物理法則に逆らえません。強い加速で腕と上半身が後方へ引かれ、無意識に操縦桿を「引いて」しまう。地表付近での不用意な引き起こし(ピッチアップ)は、機首を上げすぎて揚力を失う失速を招き、そのまま海面へ——を意味します。

そこで射出の瞬間、パイロットは操縦桿から手を離します。右手はキャノピー脇の固定用取っ手(通称タオルラック)を握るか太ももに固定し、左手はスロットルが衝撃で戻らないよう前方へ押し付けてロックする。発進直後の上昇姿勢は、あらかじめ設定したトリム(姿勢の釣り合い)に委ねられ、機体が甲板を離れて浮いたことを確認して初めて、パイロットは操縦桿を握り、人の手で操り始めるのです。

2. 着艦の逆説——接地した瞬間に、出力を上げる

空母への着艦は、しばしば「制御された墜落」と呼ばれます。約240km/hで迫る鉄の塊を、動く甲板のわずか百メートル足らずに収め、複数本(最新の空母は3本)のアレスティング・ワイヤーのいずれかにテールフックを掛け、数秒で強制的に止める。

ここで、一般的な感覚とは正反対の操作が行われます。タイヤが甲板に触れた瞬間、スロットルをミリタリーパワー(アフターバーナーを使わない最大推力)まで前進させるのです。

普通なら、接地したのだから出力を絞るのが本能でしょう。しかし、もしフックがどのワイヤーも捉えられなかった場合——専門用語で「ボルター(Bolter)」——出力を絞っていれば、そのまま高速で甲板の先から海へ落ちてしまう。だからパイロットは、「ワイヤーに捕まり機体が完全に止まった」と身体がGで感じ取るまで、出力を上げたまま、いつでも再発進できる状態を保ちます。フェニックスやルースターが着艦する短いカットの裏には、本能を抑え込む精神の働きがあるのです。

3. 漆黒を這う——夜間着艦という最大の試練

本作では、低空侵攻ミッションのため、主に昼間の訓練と出撃が描かれます。しかし現役の海軍飛行士が最も重んじ、最も恐れるのは、夜間の空母着艦です。陸上での反復訓練はFCLP(Field Carrier Landing Practice)と呼ばれ、その先に実艦での夜間着艦——いわゆる「ナイト・トラップ」——が待ち受けます。現役パイロットに「人生で最も恐怖を感じた瞬間は」と問うと、実戦ではなく、判で押したように「夜の着艦」と答えます。

なぜ、それほどまでに過酷なのか。昼間なら、水平線、空母の全容、甲板の傾きを目で確かめられます。視覚情報と計器をほどよく組み合わせ、比較的落ち着いて進入できる。

ところが夜は一変します。星の光と遠くの漁火の区別もつかず、空と海を分ける水平線は消えます。この環境では平衡感覚が容易に狂い、自分が上昇しているのか降下しているのか、傾いているのかさえ分からなくなる「空間識失調(バーティゴ)」が起こりやすい。

夜のコックピットでは、五感を全面的には信用できません。頼れるのは、計器が示す数値と、はるか下の闇に小さく光る空母の誘導灯(フレネルレンズ。通称ミートボール)、そして甲板の隅から肉眼とデータで機体を見るLSO(着艦信号士)の、淡々とした無線だけです。

その負荷は、昼の比ではありません。夜間着艦中のパイロットの心拍数は、空中戦のさなかより高くなるという報告もあります。直感を排し、計器とLSOの声だけに身を預ける——その精密さを身体に刻み込むことこそ、この訓練の本質です。ハングマンやルースターが見せる自信は、この夜の試練を幾度もくぐり抜けてきたという裏打ちがあるからこそ、なのだと思います。

4. 最後の砦——バリケード展張という選択肢

ファンのあいだで「もしも」として語られるのが、終盤のF-14帰還です。満身創痍のF-14は前脚を失い、フックも使えない。劇中では味方空母の手前で空中戦に入りますが、もし無事に上空へ達していたら、どう降ろしたのでしょうか。

ここで登場するのが、空母の最後の救済手段「バリケード(barricade)」です。フックやブレーキを失った機体を受け止めるため、飛行甲板にナイロン製の頑丈なネットを立ち上げる仕組みで、高さは20フィート(約6m)あまり。全甲板員が総出で、おおむね5分以内に展張します(「クラッシュ・バリア」「阻止ネット」とも呼ばれます)。

接近していれば、空母側はただちに警報を発し、ネットを起立させたはずです。前脚のないF-14は主脚だけで進入し、高速のままネットへ突っ込む。ネットが主翼の付け根や胴体を抱きとめてエネルギーを吸収し、火花を散らしながら止める——これが、軍事考証から導かれる「F-14が生還する筋書き」でした。

映画はこの機械的な決着ではなく、ハングマンの救援という演出を選びました。しかし、この救済手段の存在を知ったうえであの場面を見直すと、空母側が裏でどんな備えを想定していたかが浮かび、奥行きが増します。

5. 細部に宿る本物——離着艦をめぐるトリビア

本作が世界の観客を、そして目の肥えた航空関係者をも動かしたのは、トム・クルーズがこだわった「本物であること」に尽きます。離着艦にまつわる細部を、いくつか。

(1 )  俳優たちは実機の後席に乗り、本物のGを受けた
離艦の場面で、俳優の顔が歪み、ヘルメットが後ろへ押し付けられる。あれはCGでも特殊効果でもありません。現役パイロットが前席を操る複座型F/A-18Fの後席に俳優が乗り込み、飛行中に本物のGを浴びながら撮った映像です。数日にわたる耐G訓練を越えた俳優だからこそ、あの息苦しさを表情で表せた。
(なお、空母甲板でのカタパルト発進や着艦そのものは現役パイロットが担い、撮影時に俳優が空母へ乗艦したわけではありません。リアルなのは「実機で本物のGを受けた」という点にあります。)

(2)   現役空母との同調
撮影には、原子力空母「セオドア・ルーズベルト」と「エイブラハム・リンカーン」が使われました。

撮影クルーは、空母の通常運用を妨げぬよう海軍のスケジュールに合わせ、発着艦のサイクルにカメラを滑り込ませた。

甲板で黄や緑のジャケットを着て動くクルーは、エキストラではなく現役の海軍兵です。だからこそ「一歩間違えれば死ぬ」という張り詰めた空気が、そのまま画面に乗りました。

おわりに

現代航空技術の結晶である、F/A-18スーパーホーネット。それを扱う空母の現場では、いまも「本能を抑える操作」や「闇との対話」といった、人の肉体と精神の限界への挑戦が続いています。

『トップガン マーヴェリック』が色あせない一本になったのは、こうしたプロフェッショナルの、地味で切実なリアルを妥協なくフィルムに収めたからでしょう。

今日の話が、次にご覧になるときの解像度を少し上げる助けになれば幸いです。それでは、よい日曜日を。

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元空将  永岩俊道:   国家安全保障アナリスト、 Appreciate it❣️