ナンってなんなん?ナンってパンなん?
ナンってなんなん? ナンってパンなん?
「ナンってなんなん?」
という疑問は、関西人が一度は通る道だ。
……そんなわけないやろ(笑)。
「ナン・って・ナン・なん?」
というフレーズは、まず意味よりもリズムと語感が面白い。
昔、“カレーとナン”が今ほど一般的ではなかった頃の話だ。
関西人の友人が、
「ナンってなんなん?」
と聞いた。
そして続けて、
「ナンってパンなん?」
とも聞いた。
そんなん、知らんがな。
私まで関西人になって、そんな返事をしていたような気がする。
当時の私たちにとって、ナンは少し不思議な食べ物だった。
カレーといえばライス。
あるいは学校給食で出てくるようなコッペパン。
少なくとも、あの大きくて涙型をした白いパンのようなものを、カレーにつけて食べる習慣はなかった。
ところが今ではどうだろう。
街にはインド料理店やネパール料理店が並び、ランチメニューには当たり前のようにナンが付いてくる。
スーパーにはレトルトのバターチキンカレーが並び、冷凍ナンまで売られている。
いつの間にか、ナンは「説明のいらない食べ物」になった。
考えてみれば、この数十年で私たちの周りには、そんなものがたくさん増えた。
コンビニのコーヒー。
スマートフォン。
ネット通販。
サブスクリプション。
AIとの対話。
どれも最初は、
「それってなんなん?」
という存在だった。
便利なのか。
本当に必要なのか。
そんなものが広がるわけがない。
多くの人がそう思っていた。
けれど気がつくと、それらは日常の風景になっている。
逆に、かつて当たり前だったものが消えていく。
公衆電話。
駅の伝言板。
紙の時刻表。
喫茶店の灰皿。
そして、タバコの先に火をつけてもらうことから始まる恋。
時代は確かに変わった。
しかし、変わらないものもある。
人は知らないものに興味を持つ。
少し警戒する。
そして慣れる。
やがてそれを当たり前だと思うようになる。
「ナンってなんなん?」
という問いの奥には、
新しいものと出会ったときの人間の姿が隠れているような気がする。
そういえば、今の若い人たちは、AIに向かって質問をしている。
私たちが昔、
「ナンってなんなん?」
と言っていたように、
彼らは、
「AIってなんなん?」
と思いながら使っているのかもしれない。
もっとも、こちらもまだよく分かっていない。
だから私は、ときどきAIに尋ねてみる。
「AIってなんなん?」
するとAIは、もっともらしい答えを返してくる。
でも本当のところは、
そんなん、知らんがな(笑)。
