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夏祭りが楽しみだった頃

島根に帰省すると、地区の夏祭りの案内が回覧板で回ってきました。
子供の頃の私は、この夏祭りが大好きでした。
一年のうちでも特別な日で、その日が近づくとそわそわしたものです。
何もない田舎でしたから、祭りの日だけは別世界でした。
お小遣いをもらい、夜店を回り、何を買おうか真剣に悩む。
たこ焼きやイカ焼きの匂い、くじ引きの景品、金魚すくいの水槽。今思い出しても楽しい記憶です。
当時は地域も今よりずっと元気でした。
親父が青年団長をしていた頃は青年団の活動も活発で、夏祭りでは青年団主催のお化け屋敷までありました。
子供たちは怖いもの見たさで集まり、大人たちも一緒になって祭りを盛り上げていました。
そんな光景が当たり前にありました。
今は正直なところ、夏祭りにそれほど興味はありません。

離婚して子供と離れて暮らすようになったこともあるのでしょう。
子供が小さかった頃は、一緒にいるだけで楽しかったものです。
海へ連れて行ったり、水族館へ行ったり、キャンプをしたり。
今思えば、祭りに限らず、子供と過ごす時間そのものが特別だったのだと思います。

先日、その祭りの回覧板が回ってきて驚きました。
回覧板を回す先が、うちを含めてたった六軒しかなかったのです。
私の実家がある場所は「中町」と呼ばれ、昔はそれなりに賑わっていました。
周囲には商店もあり、人の出入りもありました。
しかし今では商店はなくなり、人も減りました。
残ったのは間口の狭い家くらいです。

子供の頃の記憶の中では賑やかな町なのに、現実はずいぶん静かになりました。
実は今年の夏祭りの日は、いつもの帰省パターンで考えると、もう関西へ戻っている頃です。
しかし今年は少しだけ帰省期間を延長することにしました。
昔ほど賑やかな祭りではありません。
それでも、その日だけは普段より少し人が集まり、周囲も賑やかになります。
そんな日に母を一人にしておくのが何となく嫌だったのです。
母も89歳になりました。縁起でもない話ですが、あと何回一緒に夏祭りを迎えられるのだろうと思うことがあります。
祭りに出掛けるかどうかは分かりません。
たぶん刺身でも買ってきて、家でのんびり過ごすだけでしょう。
それでも昔から続いてきた祭りの日を、母と同じ家で過ごしておきたいと思ったのです。

これから先は、実家のことも考えなければなりません。
実家始末や墓始末という言葉も、少しずつ現実味を帯びてきました。
なかなか面倒な話です。
そして、少し寂しい話でもあります。
子供の頃は永遠に続くと思っていた風景が、少しずつ消えていくのですから。
だからこそ、残っている時間は大切にしたいと思います。
今年の夏祭りは、子供の頃のように胸を躍らせる日ではありません。
けれど、母と一緒に過ごせる一日として、昔とは違う意味で大切な日になりそうです。

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