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南樺太の徽章について

終戦まで日本の内地だった、南樺太。
南樺太にも、現在の都道府県章に相当する徽章が存在しました。今回は、南樺太の徽章、「三葉樺(みつばかば)」について整理・解説していこうと思います。


発案と採用

樺太庁が初めてその意匠を採用したのは、1911年(明治44年)5月17日の樺太庁告示第40号官幣大社樺太神社徽章』でした。

1911年
『官幣大社樺太神社徽章』

この告示では官幣大社・樺太神社の徽章を定めており、そのデザインとして画像の別図が添付されていました。
このデザインは、中川小十郎氏が樺太を象徴するマークを定めることの重要性を説いたことによって、林務課長を中心に発案されたものです。

林務課長の発案であることからも分かるように、この徽章は「樺の木」を基にデザインされており、樺の葉と樺の実で「太」の字を再現することで「樺太」を表現しています。

公的な使用とバリエーション

三葉樺は、その細かな部分が統一されていません。以下に、その多様なバリエーションを示します。

『国勢調査報告』

1920年の第一回国勢調査報告の三葉樺は丸みを帯びており、神社徽章とも後年の徽章とも異なっています。

かなり丸い

同年の第一回国勢調査結果表には同じ版が大きく用いられています。

みやすい

なお、1927年の国勢調査結果報告にも同じ版が用いられているのが確認できました。

『樺太要覧』

1930年の『樺太要覧』には三葉樺が登場します。

葉がリアル

1937年の『樺太要覧』からは、鋸歯が目立ったものが用いられています。
個人的にお気に入りの版です。

葉がトゲトゲしている
整えてみた

樺太戦蹟記念碑

1928年に建立された樺太戦跡記念碑には、三葉樺と思われる徽章が見えます。

立体的

派生した徽章

林野火防組合帽徽章

1933年の樺太庁告示第194号『林野火防組合規約準則』では、林野火防組合の隊員の帽章が定められています。

「消防」の字が入っている

終わりに

今回こうしてまとめてみたことで、樺太庁における三葉樺は、細かな部分が統一されていた訳ではないことが明白になりました。
学校の校章などでも使われたようなので、現在の都道府県章とは比べ物にならないほど、住民との距離が近い存在だったんだなと感じます。

ありがとうございました。

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