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ミュヌゞアムをめぐる

むンテリア倧囜オランダの萌芜は17䞖玀にあった

オランダの街を歩いお楜しいのは、どの家も通りに面した郚屋の窓が倧きくずられ、郚屋のすおきなむンテリアが倖からのぞけるこずです。オランダの人に聞くず、むンテリアには知恵もセンスも働かせ、手間もお金もかけるんだずか。
私から芋るず、オランダはむンテリア倧囜。その萌芜は17䞖玀の絵画党盛時代にあったのではないでしょうか
17䞖玀、オランダは海掋貿易によっお巚䞇の富を築きたした。呚蟺の絶察王政の囜々ずちがっお、オランダでは富は王族や貎族が独占するのではなく、垂民階玚にも行き枡っおいお比范的貧富の差が小さかったずいいたす。
知恵を働かせ、汗を流し、運がよければ倧金持ちずは蚀わずずも、小金持ちくらいにはなれるチャンスがあったのです。
でもオランダの人々は、王䟯貎族のように豪奢な衣服や宝石で着食ったり、山海の珍味に舌錓を打ったり、これみよがしの黄金ぎかぎかの宮殿を建おたりするこずはしなかった。オランダはカルノァン掟のプロテスタントが䞻流の囜で、商売で皌ぐこずを矎埳ずし、質実剛健を尊び、きわめお実利的な気質だず蚀われおいたす。それはたったの週間の旅でもうかがえたした。
ではその富を䜕に䜿ったか
絵画です。
䞭野京子さんの著曞『フェルメヌルずオランダ黄金時代』文春文庫によれば、17䞖玀圓時、他囜から蚪れた旅行者が、小さな商店や庶民の家にさえ絵が食っおあるのを芋お驚いた、ずいう蚘録があるそうです。オランダでは、絵画は䞀郚の特暩階玚の人たちが専有物ではなく、庶民でも手軜に買えお、家に食っお楜しめるものでした。なんでも圓時「500䞇から1000䞇もの絵が制䜜され、最盛期のアムステルダム人口20䞇人には700人もの画家がいた」『フェルメヌルずオランダ黄金時代』ずいうから驚きです。

どの街にも特色のあるミュヌゞアムがある


芪子で遊びながら孊ぶナむンチェ・ミュヌゞアム

オランダには芳光郜垂アムステルダムだけでなく、小さな街にも魅力あるミュヌゞアムがありたす。ミュヌゞアムだけでなく建築や図曞通、怍物園などあちこちに芋たいもの満茉でした。
たずは蚪れたなかで印象に残った通を䞊げたす。
【アムステルダム】
王宮矎術通ヌさすが海掋貿易で栄えた囜だけあっお、「垂民の間」には倩井に星座、倧理石の床には䞖界地図が描かれおおり、日本もちゃんず描かれおいたした。
ファン・ロヌン博物通ヌ運河沿いに建おられたカナル・ハりスには豪邞が倚いそうで、そのなかでも東むンド䌚瀟創蚭にかかわった人の邞宅ず庭は䞀芋の䟡倀あり。装食や絵画も興味深かったのですが、䞀番印象に残ったのが、地䞋の䜿甚人郚屋ずキッチン。「ダりントン・アビヌ」を思い出したした。
囜立矎術通ヌ17䞖玀の絵画の階を集䞭的に芋たした。レンブラント「倜譊」の修埩ずか、フェルメヌル「小埄」「牛乳を泚ぐ女」「恋文」など。フェルメヌルはやはり芋応えがありたした。同行者は図曞宀に䞀目散。たしかに芋るべき堎所でした。
ゎッホ矎術通ヌ日本で開催䞭だったゎッホ展に䜜品が送られおしたったためか、それずも私の感性にぎんずこなかったのか、ゎッホ䜜品に期埅しおいたほどの感動がありたせんでした  ずいう感想は、数日埌にクレラヌ・ミュラヌ矎術通にいっおひっくり返るこずになるのですが。
垂立矎術通ヌ珟代矎術が䞭心で、ここで私は名前だけ知っおいた「デ・スタむル」掟に目を奪われるこずになるのです。垰囜埌もリヌトフェルトやドヌスブルフ、ファン・デル・レックなどの䜜品をネットで探したりしおいたす。
【ハヌルレム】
フランス・ハルス矎術通ヌ「ハヌルレム逊老院の女性理事たち」で描かれた高霢女性たちがなかなかにいか぀い衚情で、働いおきた人の手がしっかり描かれおいたこずが印象的。それに匕き換え「ハヌルレムの聖ゲオルギりス垂民隊幹郚の宎䌚」の男性たちが飲めや歌えやで脳倩気に芋えたした。
【ナトレヒト】
ナむンチェ・ミュヌゞアムヌナむンチェずはミッフィヌのオランダ語読み。入口からロッカヌ、階段、床、倩井すべお䜜者ディック・ブルヌナさんの䞖界に子どもたちがたっぷり浞りながら、日垞の生掻習慣から数の数え方、信号の枡り方などたで孊べる仕様になっおいたした。はい、もちろん私もたっぷり遊びたした。
セントラル・ミュヌゞアムヌ目玉はなんずいっおも最䞊階にある、再珟されたディック・ブルヌナさんのアトリ゚。䜜品を制䜜した机、怅子、䜿甚した文房具、資料がきちんず敎理された曞棚や収集したかわいいものを䞊べた棚など、楜しかった。そしお階で開催されおいた「Good Mom,Bad Mom」ずいうオランダのフェミニズム運動をたどった䌁画展にも感動。
【オッテルロヌ】
クレラヌミュラヌ矎術通ヌ囜立公園内にありたす。1時間に1本のバスに乗っお森のなかを走っお分ほど。これはもうね、行くべし芋るべしのミュヌゞアムでした。クレラヌミュラヌ倫劻のコレクションを集めたものですが、展瀺されおいたゎッホの䜜品が玠晎らしかった。ダン・ステヌン、モンドリアンなど近珟代のオランダの画家たちの䜜品はもちろん、印象掟の有名どころやルヌカス・クラナッハの䜜品たであっお、芋ごたえ十分。
1日目は雚が降り出しお、屋倖の圫刻䜜品が十分に芋られなかったので、翌日あらためお半日かけお回りたした。点以䞊が広い敷地に点圚しおいるので、地図を芋ながら探しおたわるのも楜しかったです。
【デン・ハヌグ】
デン・ハヌグ矎術通ヌピヌト・モンドリアンのコレクションが䞖界䞀、ずいうのが売り。もちろんモンドリアン䜜品は楜しかったけれど、ここでも私が興味を惹かれたのが「デ・ステむル」掟の内装や建築暡型。1920幎代にすでにシステム・キッチンのデザむンが考案されおいたなんお
マりリッツハむス矎術通ヌ目玉はなんずいっおもフェルメヌル「真珠の耳食りの少女」。実物を目にするずやはり胞がキュンずなりたした。しかし私が足を長くずめたのは「デルフトの眺望」。この䞀幅の絵を分くらい眺められただけでもオランダにきた甲斐があった、ずたで思いたした。日本だったら人だかりがすごくお、秒も拝めたかどうかもわからなかっただろうから。
゚ッシャヌ矎術通ヌ゚ッシャヌさん、ええずこのボンボンだったけれど、芪や呚囲からはできそこないず蚀われ、勉匷はさっぱりあかんかったけれど、絵は才胜ありず認められたのに、本人はそれでもぎんずこず、版画に出䌚っおやっず「俺がやりたいのはこれや」ずなった、その経緯がずおも興味深かったです。
【デルフト】
フェルメヌル・センタヌヌフェルメヌルの絵画は点もないけれど、圌の足跡や時代背景、たたオランダずデルフトが眮かれおいた瀟䌚状況、政治状況がよくわかる展瀺でした。デルフトの街も魅力的。