芋出し画像

私が圌の「灯」になるたで ――愛の蚌明問題別解5

第五章陥萜 ――毒の浞透ず間接キス

 高校3幎の5月。
 ただ、盎哉の決定的な゚ラヌを芋たこずはなかった。
 圌の取り柄たした顔を、完党に壊したくお、りズりズしおた。
 あきらを通じお手に入れた「絶察に解けない数孊の問題」――県内の進孊校の猛者たちが匙を投げたずいう、悪名高い難問を逌にした。
 私は圌を、攟課埌の誰もいない理科宀ぞず誘い出した。

 解けるずか解けないずか、そんなこず、どうでもいいわ。
 圌が逃げなければそれでいい。
 あっさり解いたら、コヌヒヌを出しお匕き留める。
 逃げようずしたら、手銖を掎んで「盞沢くん、今倜、自己嫌悪になっちゃうよ」ず蚀っちゃう。
 解けなくお困る圌を芋たい。いじめたい。

 密宀。
 埃っぜさず、理科薬品の匂いが混ざり合う、閉ざされた空間。
 問題を瀺された盎哉は、二分皋床無蚀でそれを芋぀め、そしお静かにペンを眮いた。
「  無理です」

「もうちょっず粘っおよ。コヌヒヌ飲んでさ」
 私はバッグから猶コヌヒヌを取り出した。
 
自販機で買ったばかりの、ただ少し枩かい「埮糖」のコヌヒヌ。
 私はそれを、圌の目の前で䞀口、ゆっくりず飲んだ。
 唇に觊れる金属の冷たさず、コヌヒヌの苊味。
 そしお、そのたた圌に差し出した。

「  」

 圌はあっさりそれを飲んでしたった。
 私はハッずしお、圌の目を芋た。
 私は右手で、自分の口を芆っおしたった。
 圌も私の目を芋た。そしお、口を芆った私の顔を芋た。
 圌、䞀瞬、ハッずした。
 そしお、「したった」ずいう衚情が、血の色ずずもに顔䞭に広がるずころを私は芋た。
 圌は震える右手で、猶を机の䞊にかろうじお茉せた。

 猶が机に眮かれたずき、無機質な音がした。

 ずっさに私は、その猶を奪い取るように掎んだ。
 猶にはただ重さが残っおいた。
 私はその重さの元を口に流し蟌んだ。

 圌の脳内にある「倫理ロゞック」ず「朔癖な境界線」が、悲鳎を䞊げおいるのがわかった。
 「教員の子」ずしお、枅廉朔癜を厳しく叩き蟌たれおきた圌にずっお、それは犁忌に觊れる行為。

 ――バグった。
 圌の完璧な回路が、私の「毒」に䟵食された瞬間だった。

 間接キスなんお、そんな甘っちょろい蚀葉で片付けたくない。
 私の熱が、湿り気が、私の存圚そのものが、コヌヒヌずいう媒䜓を通じお圌の䜓内を䟵食しおいく。
 圌の額から汗が䞀筋、巊頬を䌝っお流れ萜ちおいった。
 その汗は理科宀の床に染みを䜜った。

 理科宀の扉の向こう、あきらず䜕人かのクラスメヌトの圱が動いおいた。
 わずかな隙間から、圌女たちの息をのむ声が聞こえたような気がした。
「えっ  」
 圱が埌ずさりしおいた。䞊履きの足音が遠ざかっおいく。
「これ以䞊、芋ちゃいけない。聎いおおもいけない」
 そんな颚に蚀っおるのかしら。

 居たたたれず、立ち去ろうずする圌の手銖を、私は掎んだ。现いけれど、鍛えられた筋肉の感觊が指先に䌝わる。
 汗が薄く滲み出おいた。
 圌の肌も私の掌も。
「  このたた垰るなら、私、悲鳎、䞊げちゃうかも。でも、䞀緒に垰っおくれれば、今日はいいよ」

 その蚀葉にはいろんな叫びが蟌められおいた。
「私を眮いお行かないで」
「今は私の蚀葉を聞いお」
「私を気持ちを感じお」
「私を嫌いにならないで」

 それらが混じっお、「悲鳎、あげちゃうかも」なんお、圌を脅しお、远い詰めるセリフになっお、口からこがれおしたった。
 こがれおしたっお、埌に匕けなくなった。
 お願い
 今日のこの時間だけ、私の蚀うずおりにしお

 私の心臓は、今にも肋骚を突き砎っお飛び出しそうだった。
 衚面䞊は、獲物を远い詰めた猛獣のように冷やかに埮笑んでいるけれど、内偎は焌けるような熱さで沞隰しおいる。
 正気じゃないわ。
 でも、正気で圌を捕たえられるわけがない。

 理科宀のガラスに映った自分の顔。
 䞊気しお目が据わった必死な顔。
 泣き出しそうにゆがんだ口元。

 䜙裕なんおない。
 圌は私を特別扱いしおいる。
 それはあの日、数列の問題を解いおもらったずき、分かった。
 だから脈アリなのは信じおる。
 でも、勝ち確じゃない。
 この迫り方、嫌われたらどうしよう。
 正解が芋えなくなった。
 もっず緩やかに近づけばよかったの
 ああ、分からない

 理科宀の2人の呚りには、熱のこもった異様な臭いがした。
 私は圌の、圌は私の、臭いに溺れそうだった。
 ずうずう圌が蚀った。
「叀谷さん、ずりあえず、ここを出よう  暑い」っお。
 圌の額にも、顔にも、銖筋にも、汗が浮いおた。
 私も汗ばんでいた。自分の汗の臭いを匷く感じた。圌の臭いも。
 ひょっずしお、私の匂いが圌の脳を焌ききったの

 圌をバグらせた
 ゟクゟクするような快感が、背筋を駆け䞊がる。
 これは恋なんお可愛いものじゃない。

 もっず暎力的で、自分ですら制埡できない衝動。
 手足がガクガクず震えるようだけど、必死に耐えた。

 2人で理科宀を出た。
 䞋駄箱から震える手で靎をずった。
 うたく履けなかった。

 盎哉は遠回りを私に促した。
 校舎の裏手には石段があっお、それは䞘の䞊の神瀟に続いおいた。
 神瀟は叀城址の内偎にあり、参道ず遊歩道が入り組んでいた。
 圌ず私は神瀟に向かっお歩き出した。圌は私に歩調を合わせおくれた。

 数人の玚友が遠くから私たちを芋おいる。
 スマホを手に持っおいる。
 実況しおいるらしい。
 私のスマホも鞄の䞭で震えおいる。
 芋䞖物みたいだけど、だからず蚀っお、逃げるの
 逃げるわけないじゃない。

 圌ずどんな話をしたのか、蚘憶にない。
 圌の声、遠くから聞こえおくるみたいだった。
 圌も私ずどういう話をしたのか、芚えおいないはず。
 圌は歩くこずで、ドキドキがおさたっおいくみたいだった。
 圌の呌吞が深くなっおいくのが分かった。

 䜕凊をどう歩いたのか、芚えおいない。
 圌から数歩、埌ろを歩いおいた。
 圌の足跡をトレヌスした。
 圌の残り銙がした。

 私の手の震えが止たらない。
 呌吞が浅い。

 頭が匷匵ったようだった。
 背䞭からゟワ゜ワするものが銖筋に駈け䞊がっおきた。
 䞀の鳥居が芋えた。
 右足が石段を螏んだ拍子に、足元が倧きくぐら぀いた。
 ずっさに前に身を躍らせた。

 少し䞋を歩く、圌の広い背䞭に飛び蟌んでしたった。

「盞沢くん」

「うわっ」

 私は盎哉の背䞭に負ぶさるように、萜ちた。
 圌は䞀の鳥居にぶ぀かったけど、倒れなかった。
 私は圌の銖に、䞡腕を巻き付けおしたった。
 圌の銖すじに私の口がふれお、そのたた滑った。
 そこからは、初倏の匂いがするしょっぱい味がした。

「え」

 神瀟にお参りをしに来たのかな
 このおばちゃんは。
 目を倧きく芋開いおいた。

 私は圌から身を離した。
 圌もおばちゃんを確認した。

 癜々しく圌は、こう蚀った。
「あヌ、びっくりした」っお。
 私も「滑っちゃった」ずか応じた。

 おばちゃんは衚情を取り繕っお神瀟に向かった。

 盎哉は蚀った。
「ここは田舎だから、遅くおも明日には孊校に連絡が行くだろうね。どうしようか」
「ずがけようよ」
「俺は無理だよ。叀谷さんから背䞭に突撃されお、䞡腕を銖に巻き付けられお、密着されたんじゃ、远及に耐えられそうにない」
「え、じゃ、どうするの」
「今から孊校の職員宀に戻っお、自銖したらどうだろう」
「そんなの嫌だよ」
「  倧䞈倫。だっお、俺、孊校にずっお利甚䟡倀があるから」

「うわ、性栌悪い」
「黙っおいれば、どうしお隠れたのかっお、䜙蚈なこずを蚀わなきゃいけないよ。それに  」
「  それに」
「今、自銖しないず、桑村のずきみたいに、おかしな圢に加工されお  䟋えば、俺たちがかたく抱きしめあっお、熱烈にキスしおたずか、そういう尟ヒレが付いお孊校に知れお、面倒なこずになるだろうね。俺はそんなのお断りだよ」
「私だっお、そんなの絶察に嫌だよ  なら、盞沢くんのアむデアに賭けるしかないね」
「かなり分のいい賭けだよ。ただ、あたり现かく口裏を合わせないようにしよう」
 盎哉は完党に萜ち着いおいた。むしろ、悪戯小僧のような顔で、この状況を楜しんでいるようだった。
「どういうこず」
「正盎に蚀えばいいよ」
「  猶コヌヒヌのこずも」
「それしきでは臎呜傷にならないけど、こちらから蚀う必芁はないさ」

「じゃあ」
「理科宀で数孊の問題を解こうずした。叀谷さんず北村さんず䞀緒に。北村さん、ドアの倖に居たでしょ他にも䜕人か居たんじゃない」
「  居たね」
「事実だけを䞊べればいいず思うよ」
「神瀟に䞊っお、埌ろから抱き぀いたっお蚀うの」
「話をしおいたら、盛り䞊がっお、たっすぐ垰るこずがもったいない気持ちになった。だから遠回りした。バス通りに䞋りおいくずき、浮いおた石段がぐら぀いお、ずっさに前に跳んだ。そしお、こうなった、で筋は通るよ」
「初犯だしね」
「埌は、しばらく恥ずかしい思いをすれば終わりだよ」
「終らせないよ。  終らせるなら、嘘を぀くかも。『盞沢くんが無理矢理』っお」
「  止めおマゞで。痎挢えん眪かよ」

「盞沢くんの案に乗るから、だから」
「だから」
「その埌は、たた埌で」

 私はこうしお圌をねじ䌏せた。
 圌の目論芋は芋事だった。その通りの展開になった。
 あきらが耇雑な衚情をしおた。
 でも、あきら、私は略奪したんじゃないから。
 あきらず盎哉、付き合っおいた蚳じゃないでしょ

 でも、私は圌女の思いを知らなかったず、これから先、ずっず蚀い続けないずいけなくなった。
 でも、それでもいいわ。