量子トンネリング中には外を見れない。
量子力学で、トンネル効果というものが知られています。古典力学だとエネルギー的に実現できないことが、量子力学では起きるという一例でもあります。たとえば運動エネルギーが小さな粒子が、高いエネルギー障壁のポテンシャルを通過することは、古典力学では許されません。しかし、低い確率ですが、実際にはこの障壁を通過することが起きるのです。まるでポテンシャルの中に掘られたトンネルをくぐって、反対側に粒子が現れるようにも見えるため、「トンネル効果」という名前が付きました。

この粒子の波動関数を調べると、障壁の反対側だけでなく、障壁の中の空間領域にも、非零の確率で粒子が見つかることがわかります。古典力学的には粒子が絶対に見つからない、この障壁領域は「トンネル領域」と呼ばれます。もし粒子が測定でそのトンネル領域に見つかったとすると、測定前に粒子が持っていたものより大きなエネルギーを、測定後の粒子は持っていることになります。昔は量子的にエネルギー保存則は短時間で破れて良いと言われていたので、このケースも、その保存則の破れが原因かと思われるかもしれません。しかし現在では、量子力学でも厳密にエネルギーは保存すると理解されるようになりました。
すると、トンネル領域に見つかった粒子のエネルギーは、どこから来たのでしょうか?それは、粒子の測定をした測定機器から供給されたものです。その測定機からのエネルギーが、トンネル領域に現れる粒子を創発しているというのが、現在における理解です。
外部の観測者がトンネル領域の粒子を観測する場合には、これだけで良いです。ところが思考実験として、マクロな量子系のトンネル効果を論じることも、原理的には可能です。図1の設定のスケールを大きくして、この粒子を人間の観測者が乗っているロケットに置き換えてみましょう。

もしそのロケットに窓が付いていて、ロケット中の観測者が外を見れるとき何が起きるでしょうか?これが問題です。極めて低い確率ですが、このマクロ系であるロケットにも、トンネル効果は起きます。では、窓を開けて外を見てる観測者は、果たしてトンネルが起きている最中に、自分がトンネル領域に居ることを知るのでしょうか?これは、物理として面白い問題です。
もし観測者が自分とロケットがトンネル領域に居るとしたら、そのポテンシャル障壁の高さのために、自分達のエネルギーは、実験開始時のままでは足りません。外部観測者が小さな粒子をトンネル領域に観測する場合には、その外部観測者の測定装置からエネルギーが注入されていると言う話で、辻褄は合っていました。ところが今回の観測者は、トンネルをしているロケットの中に居るのです。その観測者がロケット内部に書加えられていたエネルギーを使って、その足らないポテンシャルエネルギーを補充するのでしょうか?でも観測者は、ただ窓を開けて外を見て、ロケットが今どこに居るかを確認するだけで良いように思えます。窓を開けておくこと自体には、大したエネルギーを必要としないでしょう。では、観測者が窓を開けていたロケットがトンネル領域に見つかると、その障壁を登るためのエネルギーはどこから来るのでしょうか?
実は、窓を開けっぱなしにしておいたロケットは、トンネル効果が起きないと予想されるのです。もし精度高く、ロケット内部の観測者がロケットの位置を窓から確認できるとすると、その位置測定に必要な装置には膨大なエネルギーを必要とするのです。位置の誤差の幅が極めて小さくなるためには、その対象の波動関数がもつ波長も極めて短くなる必要があるからです。波長が短いということは、その対象のエネルギーが非常に大きくなることを量子力学では意味します。つまり、図1のようなエネルギー障壁より低いエネルギーを持ったロケットではなく、障壁を軽々と超えるエネルギーをロケットは持っている必要があるのです。するとエネルギー的に困難とされるトンネル効果も消失します。ロケットは、単に高いエネルギーでそのエネルギー障壁の領域を通過するだけです。内部の観測者と言えど、窓を開けてロケットの位置を精密測定する場合には、その測定行為自体が普通の意味でトンネル効果の前提を破るのです。
では、マクロなロケット自体のトンネル効果はいつも起きないのでしょうか?図1の粒子を、壁に比べて低いエネルギーロケットに置き換えれば、その波動関数は確かにトンネル領域でも非零の値をとります。これは何を意味しているのでしょうか?実は、それは内部観測者や測定装置を含む、ロケット内部の自由度と、ロケット外部の自由度は相互作用していないときの話なのです。ロケットの位置測定の誤差をほどほどにして、ぼんやりとした位置測定ならば、窓の外を見ている内部観測者にも可能でしょう。しかしその場合には、ロケット単体は、もう孤立系ではありません。ロケットや内部観測者と、場所示した外部物体との間に量子もつれが発生します。ロケットの窓を開ける場合には、このように外部と内部が必ず相互作用をするわけですが、図1の場合のトンネル効果の波動関数は、そのような状況に対応していていないのです。ロケットのあらゆる窓を閉めて、ロケット内部を外部から完全に隔離した場合にだけ、図1のようなトンネル効果は起きます。つまり、内部観測者は、量子トンネリング中には外を見れないのです。
いいなと思ったら応援しよう!
サポートありがとうございます。