見出し画像

💟大宝天皇の祈りと王政復古-⛰️御正体山と⛩️明治天皇陵との神風串呂⑥

🎀串呂哲学研究ノート 第510号

はじめに

🟡歴史の陰で燃え続けた灯明を追う
明治維新・王政復古の成功は、表舞台の英雄たちだけが成し遂げたものではない。その背後には、名もなく、声もなく、ただ未来を信じて祈り続けた者たちの灯明があった。⛰️御正体山と⛩️明治天皇陵を結ぶ串呂に刻まれた地名 ―― それは十六年の写経に身を捧げた大宝天皇の祈りが、地上に残した“見えない道標”である。この地文を辿るとき、私たちは近代日本の原点に潜む、もう一つの光に触れることになる。

大宝たいほう天皇(美良よしなが)――その名は歴史書に、ほとんど現れない。 南北朝戦争の嵐のただ中で、極秘に三種の神器を継承し、 人知れず祈りを捧げ、皇統を守り続けた内伝の天皇。

彼は武家の追跡を避け、山野を巡り、 争うことをやめ、やがて薬師堂にこもり、六百巻の大般若経を写し、皇統復活の夢を未来へ託した。

彼が十六年もの歳月をかけて念書し続けたその一文字一文字は、ただの写経ではなく、 一文字ごとに未来を照らす灯明とうみょうを刻む祈りのようでした。

皇統の火を絶やすまいとするその祈りは、時を越えて、山にこだまし、風に乗り、 やがて王政復古の明治維新へと響き渡り、その証しは今も神風串呂となって息づいています。

🔴大宝天皇が念書した大般若経

大宝天皇が念書された大般若経六百巻の一部(卍正壽寺 蔵
(三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』318頁2の写真版)

大宝天皇の扁額

愛知県豊川市為当町仲上「宗長寺蔵
(山口保吉著『三河吉野朝の研究』巻頭写真より転載)

💞後醍醐天皇の激しい祈りは応仁の乱となって京都の町を焼き尽くし、戦国時代をもたらしました。それは建設の前の破壊でした。

後醍醐天皇の遺志を継承して明治維新・王政復古実現のために祈りを捧げた多くの人々の中で、大宝天皇は、ひときわ重要な働きをした人物でありますが、歴史書には出ていない方なので、簡潔にご紹介させて頂きます。

大宝天皇
大宝天皇は、南北朝の動乱期に「極秘裏に三種の神器を継承した」と伝えられる、歴史の表舞台には現れない“内伝の天皇”です。一般の人々には馴染みが薄い存在ですが、その祈りと生涯は、明治維新の王政復古につながる象徴的存在です。

大宝天皇は、下記の「神皇正統家略系図」にあるように、明治天皇の遠祖「松良まつなが天皇」の第一皇子で、光良みつなが親王(第四皇子)の同母兄に当たります。

☀️神皇正統家略系図

三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版 序文

⭕神皇正統とは、往昔、崇神天皇の御代に創始された皇室制度で定められた「三種の神器(形代)」を継承した天津日嗣の天皇という意味です。

生涯と背景
大宝天皇(諱:美良よしなが、号:宗心そうしん)は、南北朝時代の動乱期に生まれた人物で、父は松良まつなが天皇、母は長慶院法皇ちょうけいいんほうおうの皇女・綾子姫。 南北朝の合一後もなお「南朝正統」を守ろうとする人々に支えられ、密かに皇位を継承した“内伝の天皇”と伝えられています。

極秘の継承
応永17年(1410年)、父・松良天皇から譲位を受け、三種の神器を継承した。しかしこの継承は公的な歴史には記録されず、後世には「幻の天皇」として扱われました。

祈りと修行の日々
大宝天皇は武家の追跡を避けて各地を潜行し、やがて愛知県岡崎市切越町に隠棲しました。そこで卍薬師堂を建立し、父や祖先を祀りながら、皇威回復を祈念して『大般若経六百巻』を写経したと伝えられます。 この写経は、ただの修行ではなく、「王政復古」への切なる祈りそのものでした。

大宝天皇は、愛知県岡崎市夏山町の寺野に卍薬師堂を建立し、御父・松良天皇を隠祀して菩提を弔われ、切越町の行在所やこの卍薬師堂などで大般若経六百巻を念書し、後世直系皇孫に神武・応神・後嵯峨・後村上・松良、五皇一体の再現 八幡大明神を降誕せしめて必ず天下を平定し給わらん事をと、皇統復活を熱祷祈願されました。

寺野の薬師堂(岡崎市夏山町/K Chari)

晩年と陵墓
争うことをやめ、写経に専念した功徳により、天照大御神が御出現になられ、「後世直系皇孫に五皇一体の再現 八幡大明神を降誕させ、必ず天下を平定せしめるから、今は三種の神器を地下に埋蔵して牧平大門に移住し、子々孫々その時の到る待て!」との御神諭をたまわり、岡崎市牧平町大門に移り「三種の神器を地下深く埋蔵し、皇統の火を絶やさぬよう配慮した」と伝えられます。88歳で崩御し、陵墓は愛知県岡崎市の「小金こがね山陵」(岡崎市鹿勝川町宮越)。

象徴的な意味
大宝天皇は、歴史書には登場しないため一般には知られていません。しかし、彼の存在は「皇統が途絶えず続いてきた」という精神的支柱であり、明治維新の王政復古にもつながる祈りの系譜として理解できます。

🔴大宝天皇が長年写経を行じた卍寺野薬師堂の大楠
愛知県岡崎市夏山町

寺野薬師堂の大楠(「オカトピ」より転載/現在リンク切れ)

🔴大宝天皇 隠棲中の行在所、岡崎市切越町の夫婦ヒノキ
皇后 三浦佐久姫の内助の功を象徴する大木となっています!

切越の夫婦ヒノキ(須佐之男神社)

🔴詳細は、下記を参照下さい。
💟大宝天皇(諱 美良)
💟三浦佐久姫(大宝天皇皇后)

今号の内容
後醍醐天皇の祈りと王政復古」に続いては、大般若経六百巻を念書して明治維新 王政復古の実現に大きな影響を与えたと思われる南朝正統 第百代 大宝たいほう天皇(諱 美良よしなが)の祈りに関する地文を取り上げて考察いたします。

⛩️明治天皇陵は、明治維新・王政復古の象徴的な串呂拠点のようです。

明治天皇 伏見桃山陵

「⛰️御正体山と⛩️明治天皇陵との神風串呂」には、後醍醐天皇をはじめ明治維新・王政復古の実現のために活躍した人々を示す地文が多数配置されています。

その中で、後醍醐天皇をあらわす「⛰️醍醐山」「上醍醐不動の滝」と同様に、あきらかに大宝天皇を示す地名「大宝たいほう」(名古屋市熱田区)を発見した時の気持ちを率直に述べますと、串呂主宰神の行き届いた、きめ細かいご配慮に感激したのであります。


🔴しかも重要串呂を示す「地文配置の技法」が講じられているのです。

⛩️明治天皇陵-(約100km)-熱田区大宝-(約200km)-⛰️御正体山

⛰️御正体山と⛩️明治天皇陵との神風串呂(Google.map)
「⛰️御正体山と⛩️明治天皇陵との神風串呂」(Google.map/縮尺80万分の1)

🔴この「熱田区大宝」を拝見し「大宝天皇の祈り」に関する串呂を公開しなければ、地文を構築して下さった串呂主宰神(天照大御神)に申し訳が立たないと思ったのであります。

これまで明治維新 王政復古の実現は奇跡であり、その奇跡は天佑神助を引き出した多くの人々の祈りの力によることを考察して参ったのでありますが、

今回、大宝天皇の祈りに徹した御事蹟をご紹介することにより、いま大変深刻な危機的状況にある我が日本国の将来に大きく役立つ教訓を得ることができると思います。

天照大御神は、「人の願いは必ず成就する」と説かれています。争うことををやめて写経に専念し、大御神から皇統復活の約束を頂戴した大宝天皇の生涯は、我が日本国を救済する貴重なお手本であります。


🟡神風串呂を学びましょう!

🟡バックナンバー(総合)


🟣情報拡散のお願い

神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。
🌷この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師が解明した神風串呂の紹介記事です。

三浦芳聖師が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。

🌷串呂主宰神 天照大御神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の皇統を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。

ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!

2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。

🌷神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!

神風串呂の主宰神は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。
一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。


🟡祈り
全世界の全人類が みな健康で 元気で明るく豊かで楽しく 心安らかな毎日を過ごし、霊的向上の道を歩み、この世に生まれて来た使命を全うし、大宇宙の進化と発展に寄与させて頂いておりますことに心から感謝いたします!


⛰️御正体山と⛩️明治天皇陵との神風串呂⑥

💞大宝天皇を示す三つの地名が配置されていた!

「⛰️御正体山と⛩️明治天皇陵との神風串呂」上には、大宝天皇の祈りが刻まれた地文が多数配置されていました。

その中で特筆すべき地文は、大宝天皇の忌み名(美良よしなが)をあらわす 吉永よしなが(滋賀県湖南市)と贈り名の大宝たいほう (愛知県名古屋市熱田区)と、大宝天皇ゆかりの寺院(卍大宝山西明寺)にちなむ西明寺さいみょうじ(滋賀県蒲生郡日野町)です。

⛩️明治天皇陵-湖南市吉永よしなが-日野町西明寺さいみょうじ-熱田区大宝たいほう-⛰️御正体山

⛰️御正体山と⛩️明治天皇陵との神風串呂(Google.map)
⛰️御正体山と⛩️明治天皇陵との神風串呂(Google.map)
⛰️御正体山と⛩️明治天皇陵との神風串呂(Google.map)

🔴いまから、もう半世紀以上も前の事になりますが、三浦芳聖師のご講話の中で、「後醍醐天皇や大宝天皇の祈りが、明治維新・王政復古の実現に大きな影響を与えたのである!」とご教示いただいておりました。

今回、その師説が、明白な地文となって配置されていることを発見することが出来、感慨無量であります。

まず下記の串呂図で、およその位置をご確認ください。

⛰️御正体山と⛩️明治天皇陵との神風串呂(Google.map/縮尺約83万分の1)

「⛰️御正体山と⛩️明治天皇陵との神風串呂」には、不思議な事に、後醍醐天皇をはじめ明治維新・王政復古の実現のために活躍した人々を示す地文が多数配置されています。

その中で、あきらかに大宝天皇をあらわす三つの地文が配置されているのを発見し、串呂主宰神の行き届いたきめ細かいご配慮に感激するとともに、⛰️御正体山を起点とする串呂の威力が、こんなにも凄いものであることを、今さらながら思い知ったのであります。

🔴みなさん、考えて見て下さい!

⛩️明治天皇御陵と⛰️御正体山とを結んだ一本の直線上に、王政復古実現のために祈りを捧げたり活躍した人々を示す地文(地名)を多数配置することがどんなに大変なことであるかということを。

無限の神力を備えた串呂主宰神でなければ出来ない事なのです。人間の力では、とうてい成しえないことなのです。

💞大宝天皇の祈りが刻まれた地文を読み解く

⭕下記は、大宝天皇の祈りが刻まれた地文です。串呂主宰神のご配慮を偲びつつ配置された地文を読み解きましょう。


ここから先は

6,878字 / 16画像
この記事のみ ¥ 200
Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

このマガジンを講読するとマガジン「明治大室王朝の神風串呂」21本以上を全て読むことが出来ます。現在進行中で新記事が追加され、記事数に応じて価格も上がって行きますので、いま講読すると非常にお得です。

明治大室王朝説をあらわす神風串呂を21本以上まとめたマガジンです。明治大室王朝説とは、明治天皇が南朝の王孫「大室寅之祐」であるという仮説で…

Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

串呂哲学研究ノートは、読者の皆様方の財政的ご支援により活動が維持されています。理解しやすい記事作成のために諸般の費用が掛かります。今一層のご支援のほど、何卒よろしくお願いいたします。読者の皆様方のご支援に感謝しています!