💟霊峰から照射される真の橿原宮―⛰️高御位山と神武天皇聖蹟伝説地(御所市)の神風串呂

🎀串呂哲学研究ノート 第527号
⛰️兵庫・高御位山から奈良・御所市柏原の⛩️神武天皇聖蹟伝説地へ――。
天皇の登極を象徴する「高御座」の名を冠した霊峰を起点に一本の神風串呂を引くと、そこには八咫鏡を示す鏡野町、⛩️三宝荒神社、高倉の地名群、新宮町光都など、皇統の核心を語る地文が次々と浮上する。地名・地形・神話が織りなす“地文の連鎖”は、御所市⛰️国見山を中心に、初代大王・神武天皇が真に登極した場所がどこであったのかを、静かに、しかし圧倒的な説得力をもって照射する。串呂哲学が導く新たな歴史像――連載第6回。
💞はじめにーー⛰️高御位山からの鑑定照射
これまで五本の神風串呂を通して、御所市柏原の神武天皇聖蹟伝説地こそが、初代大王・神武天皇の真の即位地(真の橿原宮)であることを確認してきました。
【参照】神武天皇の神風串呂
前号(第526号)でも触れたように、この地点は「神武町」と「加太神武」の二本の串呂が直交する、極めて重要な皇統地文の焦点です。
そこで今号では、さらに一本、新たな串呂を調査することにしました。
串呂とは、皇統に関する真実が地文として刻まれた“皇統正史”の世界です。
そのため、皇統を明らかにするための重要起点が各地に設定されています。
その一つが、兵庫県加古川市志方町成井にある ⛰️高御位山(たかみくらやま) です。

⛰️高御位山(たかみくらやま)とは何か
標高304.2mの高御位山は、その名が示す通り「高御座(たかみくら)=天皇の位・登極」を象徴する国内唯一の山名です。
串呂哲学では「高御位=たかみくら=高御座(天皇の位)」と解釈し、⛰️高御位山は「高御座に登極したかどうか」「どのような御代(治世・大王)であったか」など、皇統を調査鑑定する超重要起点のひとつです。
高御座(御は尊称)=高座=たかくら=高倉=高蔵 と転換します。
山頂には「天乃御柱(天檀)」の碑が立ち、岩場は古代より磐座として祀られ、⛩️高御位神社(祭神・高御位大明神)が鎮座する霊山です。
半世紀以上前、三浦芳聖師からこの山の講義を受けたとき、私はまず、このような皇統を象徴するユニークな名称の山が実在することに驚きました。
さらに、この山を起点とした皇統を明らかにする串呂が多数構築されていると知り、13歳の私は串呂哲学の世界に心底魅了されました。
まさか末弟子の私が、この年齢になって「⛰️高御位山の新串呂」を解明することになるとは夢にも思いませんでした。しかし、いま勇気を奮い起こし、老躯に鞭打って調査を進めています。
【参照】『高御位山- Wikipedia』
高御位山(たかみくらやま)は、兵庫県加古川市と高砂市の市境に位置する標高304メートルの山である。別名は播磨富士。東播磨丘陵地高御位山系の連峰は播磨アルプスと呼ばれることがある。

🟡読者の皆様に!
【神風串呂】は、皇祖神・天照大御神が日本民族に授けられた、目に見える啓示であり、二千年の時を超えて今、私たちの前に顕れた「神の言葉」です。
このページに辿り着かれた貴方様とのご縁に、心より感謝申し上げます。 本記事は、天照大御神の御神意を体現し、地上に遣わされた神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師が創始された「串呂哲学(神風串呂)」の真髄をお伝えするものです。
『神性敬遠の二千年史-皇祖神からの伝言』が明かすように、我が国が「天皇を日本国および日本国民統合の象徴と仰ぐ王政」を未来に継承したいと願うならば、皇祖神の御神意に添い奉る道を選ばねばなりません。 さもなくば、我々はこのまま異民族の支配に甘んじ、日本民族本来の尊厳と特性を失い続ける危機に直面し続けるでしょう。
神風串呂には、日本民族が進むべき道が明確に示されています。今こそ、真実に目覚め、御神意に立ち返る時です。 この情報を一人でも多くの方に届けるため、どうか拡散のご協力をお願い申し上げます。
なぜ天照大御神は、長きにわたり神風串呂を構築し、神皇正統家を顕彰されるのか? この問いに真摯に向き合い、串呂哲学の核心を学ぶことで、我々が今なすべき第一義が明らかになります。 そこにこそ、日本民族の再生と未来が懸かっているのです。
神風串呂、そしてそこに示された神皇正統家は、日本民族の魂の根幹であり、かけがえのない宝です。 二千年の歳月をかけて神風串呂を築かれた天照大御神の御心と、命を賭してその真理を解き明かされた三浦芳聖師のご労苦が、今こそ日本国と国民の幸せの礎となることを、心より願ってやみません。
🟡祈り
全世界の全人類が みな健康で 元気で明るく豊かで楽しく 心安らかな毎日を過ごし、霊的向上の道を歩み、この世に生まれて来た使命を全うし、大宇宙の進化と発展に寄与させて頂いておりますことに心から感謝いたします。
🟡神風串呂を学びましょう!

💞⛰️高御座山と神武天皇聖蹟伝説地(御所市柏原)の神風串呂
🌷串呂概観
今回の串呂を概観して、まず目に飛び込んできたのは、三種の神器の中でも最重要とされる 八咫鏡 を象徴する 鏡野町(岡山県苫田郡) でした。例によって、国内唯一の地名です。
【参照】鏡野町 - Wikipedia

鏡野町は広大な町域を持ちますので、この線上を精査すると、
鏡野町 → 香々美(かがみ)
という“鏡”を重ねた地名を貫通していました。

❇️鏡野町香々美
鏡野町は、国内唯一の地名で、重要地文として、その存在は知っていましたが、鏡野町の「香々美」は、今回、このような地名があることを初めて知りました。
鏡野町香々美は、鏡(かがみ)二串 -🔴-🔴- に相当する重要地文ですので、もうこれだけで、確定立証の神風串呂です。

🎯鏡野町香々美(岡山県苫田郡)
即位、登極
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⭕高御位山(兵庫県加古川市志方町成井)
起点
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⭕神武天皇聖蹟伝説地(奈良県御所市柏原)
至点
大王(天皇)に即位するには、八咫鏡は不可欠です。八咫鏡を象徴する地名が一直線上に並ぶだけで、往昔、神武天皇が御所市柏原で高御座に登極したことは明白といえるでしょう。何と神秘的なことでしょうか。
古来「真理とは、極めて具体的で単純明快なものである」と言われますが、まさにその通りです。
さらに調査を進めると、神武天皇の御代を具体的に示す地文が、これまでの串呂と同様に、驚くほど整然と配置されていることが判明しました。
🍀重要地文と解説(地図)
ここでは、神武天皇が⛩️神武天皇聖蹟伝説地(奈良県御所市柏原)の橿原宮において、大王位に登極した事を示す重要地文を七個取り上げ、地図と簡単な解説を加えます。

🍀重要地文列記
❇️鏡野町香々美(岡山県苫田郡)
即位、登極、三種の神器
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❇️⛩️三宝荒神社(さんぽうこうじんじゃ/岡山県津山市下高倉西)
高倉(住所) 三串 -🔴-🔴-🔴-
三宝…三種の神器
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🔶下高倉東(岡山県津山市)
高倉 三串 -🔴-🔴-🔴-
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🔶播磨 高倉山城跡(はりま たかくらやまじょうあと/兵庫県佐用郡佐用町)
高倉 三串 -🔴-🔴-🔴-
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❇️新宮町光都(兵庫県たつの市)
新王都(橿原宮)
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⭕高御位山(兵庫県加古川市志方町成井)
起点 高御座
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⭕神武天皇聖蹟伝説地(奈良県御所市柏原)
至点 ⛰️国見山

上記の七個の地文は、神武天皇が御所市柏原地区で大王に就任し、ここに新都 橿原宮を設けた事を明瞭に物語っていると思います。
このような串呂が構築されていることについて、ヤマト民族は、人類史上、極めて大きな使命を持っている民族に相違ないと考えるのは、私だけでしょうか!
現在の人類世界は、イラン戦争や、今も続行中の恐ろしい予防接種を引き合いに出すまでもなく、まさに悪魔が支配している地獄の世です。見るもの、聞くもの、飲食物その他、あらゆる面で恐ろしい地獄の様相を呈しています。
この地獄の世を終らせ、地上天国を実現しなければなりません。そのキーマン的な民族がヤマト民族ではないでしょうか。いまこそ、理想世界の実現を目標設定して、勇気を奮い起こして前進して行かねばなりません。
こうして、調査研究を進めたところ、これまでご紹介した串呂同様、神武天皇が、奈良県御所市柏原の⛩️神武天皇聖蹟伝説地・橿原宮において、高御座に登極した事はもとより、その御代(治世・大王)を、具体的に示すさまざまな地文が配置されていることが判明しました。
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神武天皇の神風串呂――神皇正統家極秘伝
ヤマト王権の初代王 神武天皇の神風串呂をご紹介しています。これまで投稿した15本の記事に加えて、今後投稿する「神武天皇の神風串呂」の続編を…
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