💟神武天皇の真陵を求めて③──日本一の⛰️御在所山から導かれる⛩️桜井茶臼山古墳
🎀串呂哲学研究ノート 第519号
神武天皇の陵墓とされる畝傍山東北陵。しかし、地文と神話の照応を読み解く串呂哲学の視点からは、別の聖地が浮かび上がる。起点は、日本一の⛰️御在所山。そこから導かれるのは、奈良・⛩️桜井茶臼山古墳。神話の舞台と地文の符合が織りなす、真の「神武天皇陵」への道──。歴史の深層に迫る、連載第3回。
💞はじめに
⛩️桜井茶臼山古墳に副葬された冑は、戦場で陣頭指揮を執った「闘う大王」の姿を今に伝えています。これまでの二本の串呂では、以下のような地文が浮かび上がりました。
(1)⛩️桜井茶臼山古墳-武豊町(愛知県知多郡)-⛰️御正体山
(2)矢掛町(岡山県小田郡)-⛩️桜井茶臼山古墳-⛩️内宮

桜井茶臼山古墳 副葬品の鏡 量・質・種類すべて「傑出」
❇️桜井茶臼山古墳(桜井市外山)一般社団法人桜井市観光協会
外山(とび)茶臼山古墳ともよばれる、鳥見山の北山麓の小尾根の先端を切断して造られた、全長200mの初期ヤマト政権の大王クラスの前方後円墳です。1949年の発掘では王者の権威たる玉杖の他、銅鏡、玉、剣、玉葉等が出土し、橿原考古学研究所附属博物館でその一部を見ることができます。
❇️『神武・崇神と初期ヤマト王権』
*玉杖が出土している。玉杖は王位の象徴である。
*玉葉は、中国の皇帝が家臣の死にあたり、与える装具のひとつといわれる。
◯桜井茶臼山古墳は王墓であろう。神武天皇の墓にふさわしい。
*鏡・武器類・勾玉の三種の神器が出土している。
◯三種の神器は伊都国の伝統的な祭器である。桜井茶臼山古墳は伊都国王の墓といえる。神武天皇の墓にふさわしい。
💞そして今号では、串呂哲学の定石に従い、(1)⛰️御正体山、(2)⛩️内宮に続き、(3)日本一の⛰️御在所山(三重県三重郡菰野町)を起点とした新たな串呂を引きました。
その線上に現れたのは、長野県東筑摩郡の聖高原と聖湖。串呂哲学において「聖(ひじり)」は、高御座に就いたスメラミコト、すなわち天皇や高貴なる聖者を象徴する重要な地文です。
これまでにも、聖山(長野市)、聖岳(長野県飯田市、神奈川県小田原市)、聖一色(静岡市)など、数々の「聖」が登場してきました。


⛩️桜井茶臼山古墳がヤマト王権初期の大王陵であることは、副葬品からも明らかです。これまで解明された二本の串呂には「聖・神・御・大・日」などを含む、大王を象徴する地文が多数配置されていました。
しかし、神武天皇の真陵として特定するには、さらに一歩踏み込んで、神武天皇個人を示す地文の存在が不可欠です。その判断には、記紀や風土記、本朝皇胤紹運録、出雲口伝などの記録・伝承が重要な手がかりとなります。
たとえば、神武天皇の父母「日高日子・玉依姫」、幼名「狭野尊」、皇居は「畝傍橿原宮」、贈り名「神日本磐余彦天皇」、御陵「白梼の尾の上」、そして「八咫烏」や「高倉下」など、神武東征にまつわる地文が鍵を握ります。
今回の串呂にも、これらの要素を的確に示す地文が数多く配置されていました。⛰️御在所山から導かれる神秘の線が、再び⛩️桜井茶臼山古墳を照らし出します。
これまでご紹介した二つの串呂には下記のような地文が配置されていました。
❇️御正体山からの串呂
関西聖地霊園、神ガ丘、⛩️橿原神宮、日高山瓦窯跡、泉佐野市、上佐野
❇️内宮からの串呂
神武東征史蹟、聖広場、聖和台、神武橋、柏原池、橿原市
今号も⛩️桜井茶臼山古墳が神武天皇の真陵であることを特定立証できる地文を見つけることに注力して研究しましたところ、さすがに日本一の⛰️御在所山からの串呂です。神武天皇個人を特定する地文が9個、大王を象徴する地文が14個、天皇の素顔を覗かせる地文が3個など、的確で神秘的な地文が多数配置されていました。
🟡読者の皆様に!
【神風串呂】は、皇祖神・天照大御神が日本民族に授けられた、目に見える啓示であり、二千年の時を超えて今、私たちの前に顕れた「神の言葉」です。
このページに辿り着かれた貴方様とのご縁に、心より感謝申し上げます。 本記事は、天照大御神の御神意を体現し、地上に遣わされた神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師が創始された「串呂哲学(神風串呂)」の真髄をお伝えするものです。
『神性敬遠の二千年史-皇祖神からの伝言』が明かすように、我が国が「天皇を日本国および日本国民統合の象徴と仰ぐ王政」を未来に継承したいと願うならば、皇祖神の御神意に添い奉る道を選ばねばなりません。 さもなくば、我々はこのまま異民族の支配に甘んじ、日本民族本来の尊厳と特性を失い続ける危機に直面し続けるでしょう。
神風串呂には、日本民族が進むべき道が明確に示されています。今こそ、真実に目覚め、御神意に立ち返る時です。 この情報を一人でも多くの方に届けるため、どうか拡散のご協力をお願い申し上げます。
なぜ天照大御神は、長きにわたり神風串呂を構築し、神皇正統家を顕彰されるのか? この問いに真摯に向き合い、串呂哲学の核心を学ぶことで、我々が今なすべき第一義が明らかになります。 そこにこそ、日本民族の再生と未来が懸かっているのです。
神風串呂、そしてそこに示された神皇正統家は、日本民族の魂の根幹であり、かけがえのない宝です。 二千年の歳月をかけて神風串呂を築かれた天照大御神の御心と、命を賭してその真理を解き明かされた三浦芳聖師のご労苦が、今こそ日本国と国民の幸せの礎となることを、心より願ってやみません。
🟡祈り
全世界の全人類が みな健康で 元気で明るく豊かで楽しく 心安らかな毎日を過ごし、霊的向上の道を歩み、この世に生まれて来た使命を全うし、大宇宙の進化と発展に寄与させて頂いておりますことに心から感謝いたします。
🟡神風串呂を学びましょう!
🟡バックナンバー(総合)

⛰️御在所山と⛩️桜井茶臼山古墳の神風串呂
今号は、「どなたが御在します所ですか?」を鑑定する日本一の⛰️御在所山(三重県三重郡/御在所岳とも呼ばれる/元伊勢伝承地)が起点ですので、いかなる地文が配置されているか興味津々でした。
❇️串呂起点
三重県三重郡菰野町の⛰️御在所山

⛰️御在所山について
御在所山(御在所岳)は、何がございますか?(どなた様のどのような在所ですか?)を鑑定する重要串呂起点で、三重県三重郡菰野町の御在所山は全国各所にある御在所山の中で、標高からも、歴史(地誌・地歴)的にも、霊的にも、地文(三重県三重郡)の上からも、串呂哲学上、名実ともに日本最高の御在所山です。
⛰️御在所山の代表的な串呂には、元 三浦芳聖家(神風串呂講究所/豊川市諏訪二丁目)の串呂が有ります。
竜王町鏡(滋賀県)-⛰️御在所山(三重県)-元 三浦芳聖家(豊川市)

詳細は「御在所山の神風串呂」を参照下さい。
💞串呂概観─御在所山から導かれる神武の記憶
⛰️御在所山から⛩️桜井茶臼山古墳への串呂をたどると、神武天皇の真陵であることを裏付けるような地文が、なんと六ヶ所も浮かび上がりました。
❤️🔥神武天皇の父「日高日子」を象徴する地文
❇️日高川町(和歌山県日高郡)
❤️🔥白梼や橿原宮を想起させる地文
❇️白橿町(奈良県橿原市)
❇️白樫(三重県伊賀市)
❇️柏野(三重県伊賀市)
❇️柏原(長野県安曇野市穂高)
❤️🔥神武天皇の幼名「狭野尊」を示す地文
❇️小佐野町(岐阜県各務原市)

🔴これらの地文を読み解くと、⛩️桜井茶臼山古墳に御在します被葬者は、父に日高日子を持ち、幼名を狭野尊とし、御陵は「白梼の尾の上」と伝えられる神武大王その人であると導かれます。
🔴このように、御在所山からの串呂には、神秘的かつ的確な地文が連なり、まるで神話の記憶が地上に刻まれているかのようです。
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神武天皇の神風串呂――神皇正統家極秘伝
ヤマト王権の初代王 神武天皇の神風串呂をご紹介しています。これまで投稿した15本の記事に加えて、今後投稿する「神武天皇の神風串呂」の続編を…
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