💟⛩湊川神社-串呂の守護神 楠木正成(第340号)
🟡青葉茂れる桜井の(桜井の訣別)
戦前の教育を受けた人なら、「青葉茂れる桜井の・・・」で始まる「桜井の訣別」の唱歌を知らない人はいませんでした!
ところが、今日では「楠木正成」の名前すら知らない若者ばかりです!
これは明らかに異民族による70有余年にわたる🔴属国化教育の結果であることを知らねばならないのです。😭😭😭😬😬😬😠😠😠

1.青葉茂れる桜井の 里のわたりの夕まぐれ
木(こ)の下陰に駒とめて 世の行く末をつくづくと
忍ぶ鎧(よろい)の袖の上(え)に 散るは涙かはた露か
2.正成(まさしげ)涙を打ち払い 我が子正行(まさつら)呼び寄せて
父は兵庫に赴かん 彼方(かなた)の浦にて討ち死にせん
汝(いまし)はここまで来つれども とくとく帰れ故郷へ
3.父上いかにのたもうも 見捨てまつりてわれ一人
いかで帰らん帰られん この正行は年こそは
未だ若けれ諸(もろ)ともに 御供(おんとも)仕えん死出の旅
4.汝をここより帰さんは 我が私の為ならず
おのれ討死為さんには 世は尊氏の儘(まま)ならん
早く生い立ち大君(おおきみに) 仕えまつれよ国の為
5.この一刀(ひとふり)は住(い)にし年 君の賜いしものなるぞ
この世の別れの形見にと 汝(いまし)にこれを贈りてん
行けよ正行故郷へ 老いたる母の待ちまさん
6.共に見送り見返りて 別れを惜しむ折からに
またも降りくる五月雨の 大空に聞こゆる時鳥(ほととぎす)
誰か哀れと聞かざらん あわれ血に泣くその声を
7.遠く沖べを見渡せば 浮かべる舟のその数は
幾千万とも白波の 此方(こなた)をさして寄せて来ぬ
陸(くが)はいかにと眺むれば 味方は早くも破られて
8.須磨と明石の浦づたい 敵の旗のみ打ちなびく
吹く松風か白波か よせくる波か松風か
響き響きて聞ゆなり つづみの音に閧(とき)の声
9.いかに正季(まさすえ)われわれの 命捨つべき時は来ぬ
死す時死なでながらえば 死するに勝る恥あらん
太刀の折れなんそれまでは 敵のことごと一方(かたえ)より
10.斬りすてなん屠(ほう)りてん 進めすすめと言い言いて
駆け入るさまの勇ましや 右より敵の寄せくるは
左の方(かた)へと薙(な)ぎ払い 左の方より寄せくるは
11.右の方へと薙ぎ払う 前よりよするその敵は
後ろよりするその敵も 見ては遁(のが)さじ遁さじと
奮いたたかう右ひだり とびくる矢数は雨あられ
12.君の御為(みため)と昨日今日 数多の敵に当りしが
時いたらぬをいかにせん 心ばかりははやれども
刃(やいば)は折れぬ矢はつきぬ 馬もたおれぬ兵士(つわもの)も
13.かしこの家にたどりゆき 共に腹をば切りなんと
刀を杖に立ちあがる 身には数多の痛矢串(いたやぐし)
戸をおしあけて内に入り 共に鎧の紐とけば
14.緋おどしならぬくれないの 血潮したたる小手の上
心残りはあらずやと 兄のことばに弟は
これみなかねての覚悟なり 何か嘆かん今さらに
15.さはいえ悔し願わくは 七度(ななたび)この世に生まれ来て
憎き敵をば滅ぼさん さなりさなりとうなづきて
水泡(みなわ)ときえし兄弟(はらかた)の 心も清き湊川
【参照】『桜井の訣別- Wikipedia』
🟡兵庫への下向は串呂構築の為だった!

正成は、官軍は、いったん京都を捨て、天皇は叡山に避難し、敵を京都におびき寄せて戦うゲリラ戦を提案したのです。
しかし、この提案は、前例を重んじる天皇や公卿に聞き入れられず、正成は新田義貞の麾下で、京都を出て戦うよう出陣を命じられ、上記の唱歌に出ているように、🔴正成は負けると分かっている戦いの為に、兵庫へ下向して「湊川」で討ち死にしたのです。

これは、鎌倉幕府打倒に大活躍した武将としては、いかにも、不運な最期でありましたが、🔴串呂主宰神の配慮に満ちた串呂構築計画によって、兵庫県神戸市中央区多聞通の「⛩湊川神社」に祀られたのです!
💖日本の歴史は「神風串呂史観」で解けるのです。😊😊😊
【参照】『楠木正成- Wikipedia』
🟡湊川神社
(みなとがわじんじゃ、神戸市中央区多聞通)


祭神は、南朝大忠臣「楠木正成」を祀る神社で元別格官幣社。地元では「楠公(なんこう)さん」と呼ばれています。
💖神国日本では、国家と民族の体現者である「🎀神皇正統の天皇」のために、生命を捧げた者が一番尊く、神として神社に祀られるのです!💝
楠木正成は、下記の系図のように、🔴三浦皇統家の皇祖神の一人ですので、⛩湊川神社は、串呂主宰神の配慮で、前号で既述した「安房大神宮」同様、🔴重要な串呂の守護神として配置されているのです!
【参照】大宝天皇の皇后「三浦佐久姫」の系譜
三浦義勝五世の嫡孫、楠木正成六世の孫
三浦義勝-義利-宗正-宗明-佐久姫
楠木正成-正行-正光-正親-冬子-三浦佐久姫
(加茂喜三著『富士〝隠れ南朝〟史』 320頁 富士地方史料調査会)

🟡⛩湊川神社を串線する神風串呂の事例
🟢在りし日の三浦芳聖家(三浦皇統家)と⛩湊川神社との串呂

🟢後醍醐天皇御陵と⛩湊川神社との串呂

🟢三浦芳聖が住職した「日曜院」と⛩湊川神社との串呂

🟢大鳥居三串、小松二串で⛩湊川神社を串線する串呂

🔴天照大御神の子育て-御子 三浦芳聖 の教導録 一覧
🟢串呂哲学重要事項(リンク先一覧)
🔴神風串呂を学びましょう!
💟串呂文庫
🔴三浦芳聖著「神皇正統家極秘伝 明治天王(睦仁)の神風串呂」復刻版
🟢三浦芳聖著「五皇一体之八幡大明神 三浦芳聖 降誕号」復刻版
🟠三浦芳聖 著「神風串呂神伝」
🟢三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』(デジタル復刻版)
🔴神風串呂入門-神皇正統家極秘伝(鈴木超世志著)
🟡バックナンバー(総合)
🟠情報拡散のお願い
この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖が解明した神風串呂の紹介記事です。
三浦芳聖が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。
串呂主宰神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の天皇を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。
ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!
2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。
神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。
神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!
一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。
神風串呂を主宰しておられる神様は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。
出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。
🟡前号(№339)
⛩安房大神宮-お宮(神社)は串呂の守護神なり
🟢次号(№341)
⛩絹掛神社-忠烈無比の日本魂
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🟡最後までお読みいただき有り難うございます。
串呂哲学研究会 鈴木超世志
ブ ロ グ 串呂哲学研究会
メ - ル(shinpukanro024@yahoo.co.jp)
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