「好き」を仕事にしなかった私が、看護師になった理由
「ずっとこのままでいいのかな。」
私は、昔からそんなことを考えていた。
でも、だからといって、
ずっと仕事を辞めたかったわけじゃない。
むしろ、看護師になってからの人生は楽しかった。
それでも今振り返ると、私は長い間
「自分がどうしたいか」よりも「こうするべき」を
優先して生きていたのだと思う。
そんな私が30歳で転職することになる。
今日は、そこに至るまでの最初の話。
「好き」と「安定」を天秤にかけていた、
高校生の頃の話を書いてみようと思う。
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本当は、アパレル店員になりたかった
高校生の頃の私は、
アパレル店員になりたかった。
服が好きだった。
古着にもハマっていた。
平日は看護学校に通いながらも
土日はアパレルでアルバイトをしていた。
何度もなんども
「このままアパレルの正社員になりたい」と思った。
でも、当時の私は、
「なぜアパレル店員になりたいのか」
を掘り下げて考えられていなかった。
ただ、服が好き。古着が好き。
大好きな服屋で働いてみたい。
それくらいだった。
今ほどインフルエンサーという存在も
いなかったし、アパレル店員の給与も
決して高い仕事ではなかった。
大好きな服屋で働けても、憧れている服を
買えないなら意味がないかもしれない。
家族を安心させたい。
人を助けられる仕事は、きっと誇りになる。
安定もしたい。
いろんな気持ちが混ざっていた。
今振り返ると、
私は「自分はどうしたい?」よりも
「こうした方がいい」を優先していたのだと思う。
そして私は、看護師になる道を選んだ。
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看護学生の私は、
「夢中になる」ということが分からなかった
私が通っていた看護学校は、社会人入試もあった。
周りには、私より年上の学生がたくさんいた。
入学したばかりの頃、分厚い教科書を受け取って
キラキラした目をしている年上の学生を見ていた。
正直、
「なんでそんなに嬉しそうなんだろう?」
と思っていた。
熱心に勉強している姿を見ても
「なんでそんなことができるんだろう」
と思っていた。
私にとって、看護の勉強は
興味が持てないことも多かった。
平日は学校。
土日は、自分の「好き」をやるために
アパレルでアルバイト。
そんな生活だった。
興味のないことを勉強し続けることと
好きなことをやりたい気持ち。
その間で、ずっと葛藤していた。
でも、その中でも私を気にかけてくれて
背中を押してくれたのが年上の学生の方々。
「興味のないことをやるのって辛いよね」
と寄り添ってくれた。
「看護師になるところまでは頑張ろう」
と背中を押してくれた。
その人たちは、今でも私にとって
人生の先輩であり、心のお姉さんのような存在だ。
ただ年上だったからではない。
当時の私より少し先を歩いていて
私の気持ちに寄り添いながら
前を向かせてくれたから。
そして今になって思う。
あの人たちが分厚い教科書を
受け取ったときに見せた、あのキラキラした目。
もしかしたら、あの人たちはもう、私がまだ知らなかった気持ちを知っていたのかもしれない。
「もっと知りたい」
「もっとできるようになりたい」
「これをやりたい」
そんな気持ち。
後に私自身が「好き」を見つけたとき
初めて分かった。
夢中になれるものがあると
人はこんな目をするんだ。
あの頃は理解できなかったけれど
今なら少し分かる。
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私が看護師を選んだ理由。
それは、「自分がどうしたいか」よりも
「こうするべき」を優先して生きていたから。
「好き」と「安定」を
天秤にかけていたあの頃の私は
好きなことを諦めたかったわけでも
看護師になりたかったわけでもなかった。
好きなことを好きなままでいるために
私は「安定」を選んだ。
それが、当時の私にとっての
「自分らしい選択」だった。
