ひと夏の思い出
ひと夏の思い出
昔、私が専門学生だったころ。
大学生の彼と、少しだけ付き合っていた。
ある夏、実家に帰っていた彼に会いたくて、私は一人で電車に乗った。
方向音痴の私が、知らない土地へ一人で行くなんて、今思えばちょっと信じられない。
それでも、あのときは行けた。
ただ、彼に会いたかったから。
知らない駅に降りて、見慣れない景色の中で彼の姿を探した。
そして、彼の顔を見つけた瞬間、
ほっとした。
一人でここまで来た心細さが、一瞬で消えてしまった。
彼の家には、厳格そうなお父さんと、しっかりしたお母さんがいた。
とても丁寧にもてなしてもらい、その土地を案内してもらった。
若い私は緊張して、ただついていくだけだった。
今になって思う。
もし、あの恋が続いていたら。
私はこの街で、彼と一緒に暮らしていたのだろうか。
そして、なぜか今でも忘れられない場所がある。
小さな喫茶店。
何を飲んだのか。
何を話したのか。
もう、ほとんど覚えていない。
それなのに、向かい合って座っていた二人の景色だけは、今も心のどこかに残っている。
窓の向こうには、知らない町。
目の前には、
好きだった人。
まるで、古い一枚の写真のように。
やがて彼は就職し、お互いの暮らしも少しずつ変わっていった。
喧嘩をしたわけでもない。
「さようなら」を言った記憶もない。
ただ、
少しずつ、
少しずつ、
二人の距離が離れていった。
そして気づいたときには、
恋は終わっていた。
彼の顔も、あの町の景色も、今ではずいぶん遠くなった。
それでも、ときどき思い出す。
ただ彼に会いたくて、
一人で電車に乗った、あの夏。
何十年たった今でも、
思い出すと
少しだけ胸がドキドキする。
もう戻ることのできない、
私の青春の
ひと夏の思い出。

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