「軽い昼食」を考える
普段の昼食は、だいたい弁当です。
朝、家から持ってきます。ご飯があって、昨夜の残りがあって、冷凍食品が少し入っていて、場合によっては卵焼きもあります。特別なものではありません。劇的なおいしさがあるわけでもありません。でも、昼になればそれを食べればいい。そこに迷いはありません。
昼食に選択肢がないというのは、案外ありがたいことです。
ところが、たまに弁当がない日があります。朝に用意できなかった。前日の残りがなかった。単に面倒だった。理由はいろいろありますが、とにかくその日はセブンイレブンで昼食を買うことになります。
この時点で、少し気分が上がります。
普段弁当の人間にとって、コンビニ昼食はちょっとした非日常です。外食というほどではありません。でも、いつもの昼とは違います。棚の前で自分の昼食を選べる。温かいものもある。冷たいものもある。揚げ物もある。デザートもある。自由があります。
ただ、ここで一応思うのです。
今日は軽めにしよう、と。
普段弁当なのだから、コンビニの日くらい好きに選べばいいようなものです。しかし、なぜか理性が出てきます。昨日少し食べすぎた。最近胃が重い。午後に眠くなるのも困る。だから今日は軽めでいい。サラダチキンとおにぎりくらいで十分でしょう。味噌汁をつけてもいいかもしれません。
入店前の僕は、かなりまともです。
ところが、セブンイレブンに入った瞬間、そのまともさが揺らぎます。
まず、冷やし担々麺が目に入ります。
これは軽そうです。いや、担々麺なので、本当は軽くないのかもしれません。ごまだれがあります。肉味噌もあります。辛味もあります。冷静に考えれば、サラダチキンと同じ棚に置いていい顔ではありません。
しかし、冷たい麺です。
この「冷たい」という一点が、僕の中で大きな意味を持ち始めます。温かい担々麺なら重い。でも、冷やし担々麺なら、どこか涼しげです。するっと食べられそうです。実際にはごまだれがしっかり絡んでいるはずなのに、「冷やし」という二文字が、すべてを中和してくれる気がします。
冷やし担々麺は、軽めの範囲内です。
そういうことにします。
次に、レジ横のななチキが目に入ります。
これは違うだろう、と思います。軽めにする日のななチキは、さすがに違う。そもそも揚げ物です。冷やし担々麺を手に取っている時点で、すでに少し怪しいのに、そこへななチキを足すのは明らかに方向性が違います。
しかし、弁当をひとつ追加するわけではありません。
あくまで単品です。しかも鶏肉です。たんぱく質です。普段の弁当にも肉は入っています。そう考えれば、ななチキを過剰に恐れる必要はありません。むしろ、昼食としての満足度を支える重要な要素なのではないでしょうか。
ここで、都合のいい栄養学が始まります。
さらにカップサラダを手に取ります。サラダがあれば、全体として健康的です。冷やし担々麺とななチキだけでは、少し言い訳が苦しい。しかし、そこにサラダが加わると、急に整った昼食のように見えてきます。野菜というものは、罪悪感を薄める力があります。
そして、のむヨーグルトが目に入ります。
これはもう健康です。デザートではありません。飲み物です。乳酸菌です。腸内環境です。何がどう良いのかは詳しく知りませんが、パッケージにそういう雰囲気があります。ならば問題ありません。
気づけば、袋の中には、冷やし担々麺、ななチキ、カップサラダ、のむヨーグルトが入っています。
軽めとは何だったのでしょうか。
ひとつひとつは、たしかに軽めの顔をしています。冷やし担々麺は冷たいです。ななチキは単品です。カップサラダは健康です。のむヨーグルトは腸内環境です。しかし、それらを全部合わせると、普段の弁当より明らかに重い。値段も重い。袋も重い。
食べ終わるころには、普通に満腹です。午後も普通に眠くなります。
ここでようやく気づきます。軽めとは、量のことではなかったのかもしれません。少なくとも僕の中では、気分の問題でした。冷たければ軽め。単品なら軽め。サラダが入っていれば軽め。乳酸菌がいれば軽め。そうやって、軽めの範囲はどんどん広がっていきます。
普段の弁当は地味です。でも、余計な判断をしなくて済みます。たまのセブンイレブン昼食には自由があります。ただし、その自由はだいたい冷やし担々麺とななチキの前で負けます。
次こそは、本当に軽めにしようと思います。
サラダチキンとおにぎりだけでいい。味噌汁くらいはつけてもいいでしょう。のむヨーグルトもまあ、健康なのでありです。
そう思いながら、またセブンイレブンに入ります。
そしてたぶん、冷やし担々麺の前で立ち止まるのです。
軽めとは、コンビニに入る前だけに存在する理性なのかもしれません。
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