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「土俵際」を考える

今日の大の里と豪ノ山の取組を見ていて、妙なことが気になりました。

土俵際で大の里が跳びました。豪ノ山が先に倒れ、そのあと大の里が土俵外へ着地します。取組の判定そのものについては、まあ、そういうものなのでしょう。僕が気になったのは、そこではありません。

もし大の里が、豪ノ山の上に落ちていたらどうなったのでしょうか。

豪ノ山が先に土俵外へ倒れる。その背中なり腹なりに大の里が着地する。そして、豪ノ山の体を踏み台にして、土俵内へ戻る。

そんなことが可能かどうかは知りません。大の里は百九十キロ近くありますし、その重量で踏み台にされた豪ノ山がどうなるのかも心配です。ただ、今は健康面の話をしている場合ではありません。

問題は、豪ノ山の体が土俵の外なのか、内なのかです。

豪ノ山本人は、間違いなく土俵外にいます。しかし、豪ノ山の背中まで土俵外なのでしょうか。

道路に寝ている人は道路ではありません。公園のベンチに座っている人も、ベンチの一部ではありません。僕が布団の上で寝ていても、翌朝に布団として畳まれることはありません。

それなら、土俵外に倒れた豪ノ山も、あくまで豪ノ山です。そもそも相撲は相手の体に触れなければ成立しない競技なのですから、相手が「モノ」ではないことは自明です。土俵外に置かれたからといって、突然その体が土俵外という空間に編入されるとは限りません。

大の里が豪ノ山の上に落ちた時点では、大の里自身はまだ土俵外の砂に触れていません。豪ノ山に触れているだけです。そして、そこから土俵内へ戻ったなら、大の里は一度も土俵外に着いていないことになります。

そう考えると、大の里の勝ちでもよさそうです。

しかし、さすがに相手力士を足場として利用してよいのかという疑問が残ります。相撲は相手を倒す競技ですが、倒した相手を仮設土俵として再利用する競技ではありません。

もし認められるなら、土俵際の戦術が変わります。押し出されそうになった力士は、外へ倒れた相手の上を狙って跳べばよい。うまく着地して土俵へ戻れば逆転です。

もはや相撲というより、床に落ちたら負けの遊びです。土俵外に力士が一人倒れているだけで、急に足場が増えます。

ただ、相手力士の体を土俵外と見なすのも変です。土俵外にあるものは、すべて土俵外なのでしょうか。座布団も、審判も、呼出も、そこに転がった草履も、全部同じ扱いになるのでしょうか。

仮に審判の膝に着地して、そのまま土俵へ戻ったらどうなるのか。おそらく勝敗以前にかなり怒られるでしょうが、怒られることと負けることは別問題です。

今日の取組を見ながら、僕はそんなことばかり考えていました。

大の里は土俵外へ飛びました。豪ノ山も土俵外へ倒れました。そこまではわかります。

ただ、土俵外にいる豪ノ山が、土俵外そのものなのかは、まだよくわかりません。


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皮肉屋ジョー🎭世の中まぜるな危険 牛乳を買います