「大の里泰輝」を考える
大の里がかなり苦しんでいます。
今日も藤ノ川に負けました。負けたこと自体より、相撲の内容が気になります。立ち合いで当たっても、そのあとに足がついていきません。上半身だけが先に前へ出て、下半身が少し遅れて追いかけているように見えます。
これまでの大の里は、もっと単純でした。立ち合いで当たり、そのまま足を出し続ける。相手が何かする前に土俵の外まで運んでしまう。技がどうこうというより、まず大の里が前に出れば、それで相撲が終わっていました。
今は、その最初の一歩と次の一歩がつながっていません。腕では押している。身体も前へ行こうとしている。でも、足が出ないので、相手に残られます。残られたところで身体が起き、横へ回られ、気づけば形勢が逆転しています。
見ているこちらも苦しいですが、本人はもっと苦しいでしょう。大の里は、ここまで挫折らしい挫折をほとんどしてきませんでした。入門してから、あまりにも早く番付を上がり、優勝し、大関になり、横綱になりました。普通なら何年もかけてぶつかる壁を、壁だと認識する前に壊してきたようなところがあります。
もちろん、負けたことはあります。不調の場所もありました。でも、自分の相撲が長く通用しないという時間は、ほとんど経験していないのではないでしょうか。負けても、次には押し切れました。うまくいかなくても、身体の強さが解決してくれました。
その大の里が、今はどうしても前へ出られません。しかも、よりによって横綱になってからです。普通なら、若いうちに負けながら覚えればいいのでしょう。番付を落とし、少しずつ立て直し、また上がってくればいい。でも、横綱にはそれがありません。毎日、横綱として土俵に上がり、横綱として勝つことを求められます。初めて長く立ち止まる場所が、いきなり一番上というのは、なかなかひどい話です。
だからといって、ここで急に見切る気にはなりません。強い大の里を応援するのは簡単です。勝つ。押し出す。優勝する。横綱になる。こちらは拍手していればいい。それは楽しいに決まっています。でも、応援というのは、そこだけではありません。足が出ない日もあります。自分の身体が思うように動かない日もあります。何をしてもうまくいかず、昨日までできていたことが急にできなくなることもあります。横綱だろうが、人間なのでしょう。
勝っているときだけ応援し、負け始めたら離れるのであれば、それは応援というより便乗です。上がっている銘柄を買い、下がったら売るのとあまり変わりません。こちらは別に、大の里株で資産形成をしているわけではありません。
今の苦しさも、大の里の相撲人生に含まれます。ここから立て直すのかもしれません。思ったより長く苦しむのかもしれません。以前のような相撲に戻らず、別の形を探すことになるのかもしれません。まだ何も分かりません。分からないので、見ていくしかありません。ここまで順調すぎた大の里が、初めて思うようにならない時間をどう過ごすのか。勝ち続ける姿だけではなく、負けて花道を下がる姿まで含めて、大の里です。
ここで急に知らない横綱のふりをするほど、こちらも薄情ではありません。
たぶん。
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