【好き#08】風俗 本編
どこかで耳にしたことがある。
おしりを出した子が一等賞だと。
だから、私はすぐに脱ぐ。
路上ではない、室内での話だ。
少年心がある男って、母性本能をくすぐるらしい。
しかし、がっついて余裕がない男のようだから、
今はしない。
そもそも、爽やかな男子だからこそなのであって、汚いオッサンがやっていいわけがない。
そんなことがわからないほど、
私はイケてないわけではない。
とはいえ、イケメンとキモメンという評価軸があるとすれば、私はキモメンに属している。イケてない容姿だ。世間的には、中の下か、下の上だろう。
そんな私が待合室にいると怪奇現象に遭遇する。
キモメンよりの私だが、
イケメンとなってしまうのだ。
私は何も変わっていない。
変わったのは、周りにいる殿方だ。
パラレルワールドに足を踏み入れてしまったのだ。
思わず、キャーと叫びたくなるような人もいる。
お店がなければ、
女性を知ることなく人生を終えるような人。
清潔という意味を教えてあげたくなるような人。
楽しみの全てをこの場所に求めているような人。
そこは、自由恋愛の敗北者たちのシェルターといえるだろう。
そんな殿方を相手にする女性には敬意しかない。
殿方の母に代わり、勝手に感謝を伝えたくなる。
本記事を読んでいる男性諸氏は思うのだろう。
お前だって十分キモい。
シェルターの古株でしょ。
その通りだ。
所詮、目くそ、鼻くそなのだろう。
変わるのは、男だけではない。
女も変わる。
ん?この写真の娘はどこにいるのかな?
男性なら1度は経験したことがあるだろう。
いわゆる、パネマジだ。
後々の失敗談としては、酒のつまみに良いのだが、諭吉や栄一の返却を求めたくなるだろう。
若い時だと、感情をそのままブツけたこともある。
相手の顔の横に、携帯画面をかざしながら、
瞬きせずに問い詰めたこともある。
今はあまり気にしない。
騙されたと思っても、相手への怒りはないし、
アプリの技術に脱帽するだけだ。
見る目がない自分に対し、
まだまだだなと苦笑い。
しかし、1つだけ気になることがある。
それは、誰が変えたかということに関わる。
太っている女性がいるとしよう。
昔は店が加工して、細くしていた。
今は本人が加工して、細くする。
店が勝手にやったのと、自らやったことの違いだ。
本人は、売れる姿をよく知っている。
あるべき姿が鮮明に描けている。
しかし、そこに至ろうと努めない。
努めないのではない、楽を選ぶのだ。
そのことでやらなくなることがある。
ダイエットだ。
太っている女性が悪いと言いたいのではない。
痩せようとしているけど、
痩せられないという人を咎める気などない。
また、加工が悪いわけでもない。
調味料のように隠し味程度ならいいが、元の味がわからなくなるほどやるのは、やりすぎだ。
少しでも良く見せたい、理想のために背伸びしたくなる気持ちもわからなくもない。しかし、努める気はさらさらなく、楽をしてしまう、怠慢なあり方がいただけない。
理想の姿が一瞬で手に入る。
現実はいつまで経っても変わらない。
そのことが悲しくもあり、とても恐ろしいと思う。美醜もそうだろう。
その娘だけに限らない。
本記事を書いている私にも言えることだ。
大きく見せたり、偽ろうとするのは簡単だ。
男だから、大きく見せたいのは仕方ないのかな。
よくわからんけど。
見せ方など、どうとでもできる。
それよりも、自分といかに向き合えるかが大事なことなんだろう。
遊びの中から生まれた学びだ。
まあ、キモメンが気取るなというのは、ご尤もで。
さて、本題へ。
性欲が盛んなときを10とすれば、今は2か3だ。
梯子する殿方や2号さんがいる殿方のような元気さは、私にはもうない。
下半身の劣化が著しいからだ。
一般論として、衰えは良くない価値だろう。
だが、衰えるからこそ見える世界は変わる。
性欲が強ければ強いほど、わからないだろう。
性欲としての風俗はそこまで好きではない。
では、何が好きなのか?
おしゃべり。
恥ずかしながら、童貞臭丸出しだ。
目的がなくなったことでできる、
無目的な会話といえばいいだろうか。
それは賢者タイムから来るのかもしれない。
だが、それだけでは説明できない。
若い時とは明らかに異なるし、
全ての女性というわけではないのだから。
会話を重視するのであれば、
飲み屋に行った方がいいだろう。
その通りだが、飲み屋には行かない。
べっぴんさんだろうと、話し上手だろうと、
疲れるから苦手だ。
お世辞や社交辞令、本当ではないことを偽り、
嘘とすれば、ほとんどが嘘まみれであろう。
そんな世の中が腐ってるなどとは思わない。
社会ってそういうものだから。
会社のため、相手のためなどと、
いかにもそれっぽい言葉を口にする。
そんなお為ごかしな言葉に潜む厭らしさが、
私はとても苦手だ。
また、方法論や、解決策といった何かしらの目的をもった会話に慣れ過ぎているからなのかもしれない。会話とは常に何らかの目的があるものだと思っているのだろう。
だからこそ、そうした世界から解放されることに魅力を感じる。
最近、風俗だけではなく、
似たような気持ちになる時がある。
NOTEだ。そのことは機会を改めて。
嘘は良くない、
正直な姿をみせることに価値がある。
そんなことはわかっている。
でも、風俗は最初から嘘だ。
私も嘘で相手も嘘。
嘘から出た誠。
違う。
嘘と嘘が作る世界。
そこから生まれる誠実さ。
そんなところが好きなんだと思う。
目的がないなかで話す気楽さ、
そこにある素直さというか、無防備な感じ。
それが非日常的で新鮮なのだ。
若いときであれば、気に入られようとし、
ワンチャン外でだとか、ヒモへの第一歩という邪な気持ちがあった。
今はない。
気力もなく、面倒くさいからだ。
面白いもので、無欲だからか、
稀に外で食事をするときがある。
セコイようだが割り勘だ。
特別視はしない。
性産業界に従事する女性として対等に扱う。
仕事に繋げようと参加する異業種交流会よりも、
価値ある異業種交流だ。
まあ、狙ってする訳でもなく、
たまたまではあるけれど。
意味のない、無目的な会話ができたとき、
そんなときの別れ際に思うことがある。
普段、人の幸せを願うことなど、ほとんどない。
しかし、思ってしまうのだ。
願うのではない、つい祈ってしまう。
この娘に幸あれと。
LINE通知あり。
4歳児
おじちゃん、おはなしがながいよ。
ごめんごめん、ぼうや。眠くなっちゃったかい?
ぼく、おなかすいちゃった。
ちんちん、たべちゃおうかな。
何言ってるんだ、ぼうや。食べれるわけないよ。
たべれるよ。
だって、昨日ママがパパのをたべてたもん。
食いしん坊なんだね。
少子化対策に奮闘するご夫婦。
立派です。
ただね、子供は見てます。
夢中になりすぎぬよう。
いいなと思ったら応援しよう!
喫茶店代にさせていただきますね。