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私の知らない時間

 終戦記念日の今日、祖母が「覚えてない」と言った日のことを思い出した。

のぞみんさん

102歳の祖母に、笑った日。|「教えて!あなたの、おじいちゃん、おばあちゃん」

私の祖母は、地主の娘として生まれた。
顔が広くて、祖母と一緒に散歩をすると、いつも誰かに声をかけられ、お菓子をもらうこともあった。

注射が嫌いだった私は、予防接種の日になると、母ではなく祖母に問診票を書いてもらっていた。

「頭が痛い」
「お腹が痛い」
その日に思いつく体調不良を伝えて、注射を免れるための仮病だったけど、
それでも祖母は、いつも丁寧に書いてくれた。

穏やかで、私が知りたいことを聞けば、自分なりの知識を教えてくれる。
私にとって祖母は、そんな優しいおばあちゃんだった。

ある日、学校の宿題で、
「戦争について、おじいちゃん、おばあちゃんに聞いてみよう」
というものがあった。

私は祖母に聞いた。
すると祖母は、
「そんなことは覚えてない」
と、軽く答えた。

当時の私は、
「ほんとに?」
と思ったけれど、そのまま流した。

でも、今になって思う。
本当に覚えていなかったのかもしれない。
覚えていたけれど、言いたくなかったのかもしれない。

祖母には、たくさんの兄弟がいた。
兄弟はみな、平均寿命まで生きたという。

祖母の母、私の曾祖母は、町内一の長寿だった。
それでも、長い人生の中で、子どもを一人、また一人と見送っていった。
そして最後に残った末の子どもも、曾祖母より先に亡くなった。

その葬儀のあと、曾祖母は急に体調を崩し、起きられなくなったという。
それが何の影響だったのかは、分からない。
ただ祖母は、そんな母親のそばで生きてきた。

戦争のことを聞いた、あの日。
祖母が「覚えてない」と言った、その一言の向こうには、私が知らないたくさんの時間があったのだと思う。

戦争の記憶も。
家族を見送った記憶も。
私は、そんなことを考えもしないで、ただ「優しいおばあちゃん」だと思っていた。

今はもう、聞くことができない。
だから、終戦記念日の今日、祖母を思い出した。

あのとき、「覚えてない」と言った祖母は、本当は何を思っていたんだろう。

答えを聞くことは、もうできないけど、
今になって少しだけ想像する。
人には、話せることと、話さずに抱えて生きていくことがあるのかもしれない。

祖母にも、私の知らない時間があった。
今は、そんなふうに思う。

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