9月1日、学校に行けなかった時期の弟について何を考えていたのか。
こんにちは。Hです。
僕たちは、もと不登校のYと、もと不登校の弟を持つHで、今不登校で悩んでいる方の少しでも参考になったり、助けになればと思い、当時自分たちが感じていたことを発信しています。
このアカウントでは、僕とYそれぞれの経験を、できるだけ当時の出来事に沿って時系列で書いています。
今回の記事だけでも読んでいただけますが、もし興味を持っていただけたら、これまでの記事も最初から読んでいただくと、僕たちがどんなことを感じていたのか、より分かりやすいと思います。
「9月1日問題」とは
「9月1日問題」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
9月1日は、夏休みが終わり、多くの学校で新学期が始まる日です。
その一方で、夏休みの終わりが近づくにつれて、学校に行くことへの不安やプレッシャーを強く感じる子どももいます。
そのため、9月1日は、不登校の子どもや学校に行くことに悩んでいる子どもにとって、特に大きな不安を感じやすい日として、「9月1日問題」と呼ばれることがあります。
僕は、弟が学校に行けなくなるまでは、この言葉を知ってはいても、正直そこまで深く考えたことがありませんでした。
「不登校の子にとって、9月1日はしんどい日なんだ」
そのくらいにしか思っていなかったと思います。
でも、弟が学校に行けなくなって初めて、9月1日という日を、自分の家族のこととして考えるようになりました。
今回は、そんな兄である僕が、弟の9月1日を前にして何を考えていたのか、そして実際に9月1日を迎えたとき、何を感じていたのかを書いてみようと思います。
9月1日が近づいてきた。
夏休みに入ると、学校がないことが当たり前になる。
みんなが学校に行っていないので、弟にとっても、普段より少し気持ちが楽な時間なのかなと思っていました。
僕自身も、夏休みの間は「学校に行かなければいけない」ということをあまり意識せずに過ごしていたように思います。
でも、8月の終わりが近づいてくると、少しずつ気持ちが変わっていきました。
「次の学期からは学校に行けるのかな。」
そして、
「もし9月1日も行けなかったら、今学期もずっと学校に行けないんじゃないか。」
そんなことを考えるようになり、だんだん心配になっていきました。
それまで僕は、「9月1日問題」という言葉を知ってはいました。
不登校の子にとって、9月1日はしんどい日なんだろうな。
正直、それくらいにしか考えていませんでした。
でも、弟が学校に行けなくなってからは、9月1日の意味が少し違って見えるようになりました。
9月1日は、弟にとってだけではなく、僕にとっても不安な日になっていました。
9月1日が近づくにつれて、弟の口からも、
「不安」
という言葉が増えていきました。
「弟は学校に行けるのかな。」
「弟自身も不安なんだ。」
そう思うようになって、僕は初めて、「9月1日問題」という言葉を、ただ知っているだけではなく、自分の家族のこととしてしっかり認識したのだと思います。
そして、家族の中でも、
「弟、学校行けるかな。」
「不安って言ってるけど、どう声をかけよう。」
そんなことを考えながら、弟への声かけが始まっていきました。
僕自身も、すごく不安でした。
9月1日の朝
そして、9月1日の朝。
僕たち兄の前では、弟は特に何も言っていませんでした。
それまで、朝ごはんは食べられていたのに、その日はまた食べられなくなっていました。
トイレにも行っていたので、きっとその間に、お母さんと何か話していたんだと思います。
明確には覚えていないのですが、弟が、お母さんと一緒に学校まで行っていた記憶があります。
きっと弟なりに、勇気を出して学校に向かったんだと思います。
「やった、行けた」
そう思ったような、思わなかったような。
そこは正直はっきりとは覚えていません。
ただ、夏休みの間はあんなに元気だった弟が、学校が始まった途端に、また毎朝学校に行くかどうかで葛藤する。
不安になって、本当は行きたいのに、不安で行けない。
そんな毎日が、また始まってしまうのかな。
そう考えたとき、本当に胸が苦しくなりました。
「学校に行けない」ことより、もっと怖かったこと
「9月1日問題」について調べていたとき、9月1日前後には自殺してしまう子供が増えるということを知りました。
それを見た瞬間、すごく怖くなりました。
それまでは、
「9月1日に弟は学校に行けるかな。」
「このまま学校に行けなかったらどうしよう。」
そんなことを考えていました。
でも、そのことを知ってからは、少し違うことを考えるようになりました。
「これからもっと状況が悪化して、弟が生きているのもつらいと考えるようになってしまったらどうしよう」
そう思いました。
絶対に、そんなふうになってしまうまで弟が頑張る必要はない。
弟本人が、学校に行けるようになりたいと言っている限り、僕たちは応援し続ける。
でも学校に行けないことよりも、もっと怖いことが起きてしまうことのほうが、僕にとってはずっと怖かったんです。
今まで僕は、「どうしたら弟が学校に行けるんだろう」と考えていたけれど、そのとき改めて、
「日常生活の中で楽しいと思えることを増やしてあげよう」
そう強く思ったことを覚えています。
今から振り返って
9月1日を迎えるまでは、
「今期は学校に行けるかな。」
そんなことばかり考えていました。
そして実際に9月1日を迎えて、弟が母とは一緒といえど、学校に向かう姿を見て、
「よかった。行けた。」
と思う気持ちがあった一方で、
「またこれから、毎朝学校に行くことと向き合わなければいけないのかな。」
という不安もありました。
夏休みの間、家ではあんなに元気だった弟が、学校が始まるだけで、また不安になってしまう。
その姿を見ているのが、僕にはすごく苦しかったです。
当時の僕は、弟が学校に行けることを願っていました。弟自身も、学校に行けるようになりたい。と言っていました。
でも今振り返ると、「学校に行けること」だけを考えていた自分がいたのも事実です。
弟がほかに何を感じていたのか。
本当はどうしたかったのか。
当時の僕には、分からないこともたくさんありました。
ただ、9月1日という日を迎えたことで、僕自身も初めて、弟にとって学校に行くということがどれだけ大きなことだったのかを考えるようになりました。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
今回は、そんな9月1日の僕の記憶を書きました。
これはあくまで、不登校だった弟を持つ兄としての、一つの経験です。
同じような状況にいるすべての家庭に当てはまるわけではありません。
それでも、この記事を読んでくださった方が、
「こういうふうに感じていた家族もいるんだな」
と、少しでも何かを感じてもらえたら嬉しいです。
よかったらコメント欄などで、共感、ほかの意見、こんなことについて書いてほしいなどご意見いただけたらうれしいです。
