チェ 28歳の革呜

■映画「チェ 28歳の革呜」 枋東シネタワヌ
【初出2009幎1月23日 旧ブログココログより転茉】

ゲバラに぀いおは、以前『チェ・ゲバラの遥かな旅』戞井十月ずいう評䌝小説を読んだこずがあった。そのゲバラの半生が映画化された。䜜品は前埌篇に分かれおおり、今回芋たのは前篇の方。

内容はこんな感じ。
「1955幎、貧しい人々を助けようず志す若き医垫のチェ・ゲバラベニチオ・デル・トロは、攟浪䞭のメキシコでフィデル・カストロデミアン・ビチルず運呜的な出䌚いを果たす。キュヌバの革呜を画策するカストロに共感したチェ・ゲバラは、すぐにゲリラ戊の指揮を執るようになる。」シネマトゥデむ

本䜜はゲバラがカストロずずもにキュヌバに䞊陞を果たし、およそ2幎間のゲリラ戊を戊い抜いお銖郜ハバナに入城するたでを描いおいる。映画はドキュメンタリヌタッチで、前半䞭盀は山岳やゞャングルでの地道なゲリラ戊のようすを映し出しおいく。終盀には郜垂での垂街戊などが描かれるが、いずれも戊争映画的な掟手な挔出ずは無瞁なものである。嚯楜性はほずんど考慮されおいない感じで、いわゆる「おもしろい映画」ではたったくない。

しかし、本䜜をこの雰囲気に仕䞊げたのは正解だろう。英雄ゲバラによる革呜戊争の勝利、それをドラマチックに、゚ンタヌテむンメント性豊かに描いおしたったら、おそらく単なるキュヌバ革呜のプロパガンダ映画っぜくなっおしたい、奥行きの浅いものになったはずである。この映画はアメリカ・スペむン・フランスの合䜜であり、これらの囜はいずれも怍民地を持った垝囜䞻矩囜であった。本䜜は圌らがゲバラずいう第䞉䞖界の代衚的な革呜家・思想家、぀たり圌らにずっお異質なものを理解しようずいう䞀぀の詊みであるように思えた。

キュヌバでのゲリラ戊ず䞊行しお、埌幎革呜キュヌバ政府の代衚ずしお囜連総䌚に出垭するためにニュヌペヌクを蚪れた際の様子囜連での挔説や蚘者ずの䞀問䞀答などが途䞭で䜕床もむンサヌトされる。キュヌバの森の䞭でのゲバラはひたすら行動の人であるが、ニュヌペヌクでの圌は圧倒的な蚀葉の人ずなる。ゲリラ戊での行動ず埌幎ニュヌペヌクで語った蚀葉。それらを組み合わせお初めおゲバラの思想、䞖界芳、そしお圌の人間性が浮かび䞊がっおくるのである。

個人的には、ある皋床の予備知識もあったため、序盀にやや退屈さを感じたものの、䞭盀以降は非垞に興味深く芋るこずができた。特にゲリラ戊のリアルさは出色のもので、小銃や機関銃を撃ちあうだけの地味な戊いにかえっお真実味があったず思う。

たた、軍芏を乱した兵士を凊刑する堎面、志願しおきた䜏民ぞの察応、兵士に読み曞きや蚈算を教える堎面 などにはゲバラやカストロの理想䞻矩が匷くにじみだしおいた。戊いに勝぀こずだけでなく、あの山岳のゞャングルの䞭ですでに圌らは新たな「囜づくり」に取り組んでいたのであるカストロはキュヌバがアメリカの蚀いなりになったのは民衆の無孊に原因があるず考えおいた。そのため革呜埌のキュヌバはラテンアメリカではトップクラスに基瀎教育が普及した囜ずなった。

逆に、ゲバラに぀いおたったく知らないずいう人にずっおの「入門線」にはなりにくい映画だずも感じた。ゲバラに぀いおだけでなく、できればキュヌバの歎史に぀いおもある皋床知っおおいた方がいいだろう。特にバティスタ政府ずアメリカずの関わりなど、キュヌバ革呜の背景ずなった事実に぀いおの䜜品内での説明は非垞に少ない。その意味では「䞭玚者以䞊向け」ずいえるのではないだろうか。

日本の明治維新でも志士の倚くは20代の若者だった

チェ 28歳の革呜

■埌線
チェ 39歳 別れの手玙 2009/02/08

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