フィリピン人妻との馴れ初め⑥後編〜遠く離れていても、家族になっていく時間〜
フィリピンへ通うようになってから、私にとって楽しみの一つになったのが、息子の学校へ送り迎えに行くことでした。
平日は妻が送り迎えをしていましたが、私がフィリピンに滞在している間は、できるだけ私も一緒に行くようにしていました。
朝の学校は、とても活気があります。
制服姿の子どもたちが友達と笑いながら校門へ向かい、その後ろをお父さんやお母さんが見守っています。
日本と変わらない光景ですが、どこか空気が違いました。
保護者同士がとても気さくで、初めて会った人とも自然に笑顔で挨拶を交わします。
最初は「日本から来た人」という目で見られていましたが、何度か送り迎えをするうちに、息子の同級生の保護者の皆さんが気軽に話しかけてくれるようになりました。
「また日本から来たの?」
「今回は何日くらいいるの?」
「一緒にコーヒーでも飲もうよ。」
片言の英語と、身振り手振りを交えた会話でしたが、それだけで十分でした。
言葉が完璧に通じなくても、笑顔があれば人は通じ合える。
そんなことをフィリピンで教えられました。
気が付けば、息子の学校のパパ友やママ友とも顔見知りになり、休日には家族ぐるみで食事をしたり、バーベキューへ誘っていただくこともありました。
フィリピンではバーベキューは特別なイベントではなく、家族や友人が集まると自然に始まる、とても身近な文化です。
炭火の周りには子どもたちの笑い声が響き、大人たちはビールを片手に近況を語り合う。
誰かがギターを持ち出せば自然と歌が始まり、みんなが手拍子をしながら一緒に歌う。
音楽が大好きな国らしい、温かく賑やかな時間でした。
そんな輪の中に、日本人である私も当たり前のように迎え入れてもらえたことが、本当に嬉しかったのを覚えています。
「この国には、人を家族のように受け入れてくれる温かさがある。」
そう感じる場面が何度もありました。


もう一つ、日本との文化の違いに驚いたことがあります。
それは、住み込みでベビーシッターを雇うことが、ごく一般的だったことです。
私たちの家でも、住み込みのベビーシッターが息子のお世話をしてくれていました。
もちろん、息子に愛情を注ぐのは私たち夫婦です。
しかし、生活の中で誰かが支えてくれる環境があることで、夫婦二人だけの時間を持つこともできました。
「たまにしか会えないのだから、子どもは任せて、二人でゆっくり出掛けておいで。」
そう言って笑顔で送り出してくれるベビーシッターの存在は、本当にありがたいものでした。
私たちはショッピングモールへ出掛け、映画を観たり、レストランで食事をしたりしました。
フィリピンのショッピングモールは夜遅くまで多くの人で賑わっています。
涼しい館内をゆっくり歩きながらウィンドウショッピングを楽しき、少し疲れたらカフェでコーヒーを飲みながら他愛もない話をする。
そんな何気ない時間が、私たちにとっては何より贅沢でした。
食事の後は、お気に入りのバーでライブ演奏を聴きながら、お酒を飲むこともありました。
若い頃から二人とも音楽が好きだったので、ロックやポップスの生演奏を聴きながら過ごす時間は格別でした。
気が付けば日付が変わる頃まで語り合っていることも少なくありませんでした。
「いつか日本でも、こんなふうに二人で出掛けられるといいね。」
「息子が大きくなっても、ずっと仲の良い夫婦でいたいね。」
そんな未来の話をするたびに、その夢は少しずつ現実へと近づいているような気がしました。
遠距離恋愛というと、つらく苦しい思い出ばかりを想像されるかもしれません。
もちろん、会えない寂しさは何度経験しても慣れるものではありませんでした。
それでも、このフィリピンで過ごした時間は、私たちにとってかけがえのない宝物です。
恋人として笑い合い、家族として支え合い、同じ未来を夢見た日々。
あの温かな時間があったからこそ、私たちは離れていても心が離れることはありませんでした。
そして私は、この家族を必ず日本へ迎え、一緒に暮らすという決意を、より強く胸に刻むようになっていったのです。




