雑談_祖母がくれた「物語りを見る目」
長女と長男の夏期講習前半戦が終わり、少しご縁があって、今は家族で岡山県に来ています😊
今日は「鷲羽山ハイランド」というテーマパークへ。
下の子たちは年齢制限や身長制限で乗れないアトラクションも多かったのですが、このテーマパークはブラジルをテーマにしていて、ブラジルのダンスやカポエイラなど、日本ではなかなか触れることのできない文化を体験させてもらえました。
アトラクションだけではなく、異文化に触れられたことが嬉しかったようで、子どもたちは満足そうな表情。
そして高台からは瀬戸内海と瀬戸大橋が一望でき、その景色にも心が洗われました。

そんな旅の途中で、ふと祖母のことを思い出しました。
幼い頃、祖母はよく昔話を聞かせてくれました。
桃太郎、浦島太郎、金太郎。
そしてイザナギ、イザナミ、アマテラス、スサノオ、ツクヨミ、因幡の白兎、出雲の国譲り、神武東征など、日本神話もたくさん語ってくれました。
夜、月がきれいに見える日は散歩に連れて行ってくれて、月の拝み方まで教えてくれました。
帰り道、祖母は真剣な表情でこんな話をしてくれたことがあります。
「いつも話している昔話は、本当にあったことも含まれているんだよ。」
「神様も、動物も、鬼も、実は人間なんだよ。」
「意味があるから、そういう話として語り継がれているんだ。」
幼かった私は、その言葉をそのまま信じました。
学校で友達に話しても、「そんなわけないじゃん」と笑われてしまい、少し寂しい思いをしたこともあります😂
それでも祖母は、
「神社へ行けば、ちゃんと意味が書かれているんだよ。」
と教えてくれました。
もしかしたら、私が神社巡りを趣味にした原点は、この祖母の一言だったのかもしれません。
神話や童話をただのおとぎ話として読むのではなく、「なぜこんな物語になったのだろう」「本当は何を伝えたかったのだろう」と考える癖が自然と身につきました。
そして気付けば、その考え方は神話だけではなく、仕事や子育てにも生きています。
子どもが泣くことにも、怒ることにも、困った行動にも、その子なりの意味がある。
そう思って向き合うことで、見えてくるものがあります。
祖母が私にくれたのは、物語りそのものではなく、「目に見える出来事の奥にある意味を考える視点」だったのかもしれません。
そして今、私は岡山県にいます。
ここには、桃太郎伝説の原型ともいわれる物語が伝わる吉備津神社があります。
幼い頃、祖母から聞いた物語。
その舞台を、今度は自分の目で歩いてみようと思います。
明日は、ずっと楽しみにしていた神社巡り。
祖母が教えてくれた事を子供達にも教えています。明日父の事をちょっと胡散臭く見ていた子ども達をあっと言わせちゃる😤
あと、置いてきてしまった畑の夏野菜ちゃん達ちょっと心配☺️
