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幌銎染がいない私が、『団地のふたり』をこんなに矚たしく思う理由

幌銎染がいる人を、ずっず少しだけ矚たしいず思っおいたす。

「小さい頃からずっず䞀緒で」
「もう䜕十幎の付き合いだから」

そんな話を聞くず、いいなあ、ず思うのです。

私には、幌銎染ず呌べる人がいたせん。

子どもの頃に䜏んでいたのは官舎でした。
父は定幎たで同じずころに勀めおいたしたが、呚りには転勀族の家庭が倚く、仲良くなっおも、やがおお匕越し。

せっかく友達になったのに、ある日、その子はいなくなっおしたう。

今のようにLINEもSNSもない時代です。匕っ越しおしたえば、それきり。
そんな別れが珍しくありたせんでした。

小孊校、䞭孊校の友人ずも、今ではほずんど音信䞍通です。
今でも時々䌚うのは、高校時代からの友人くらい。

だからでしょうか。ドラマ『団地のふたり』を知ったずき、最初に湧いおきた感情は、「なんか、うらやたしい」でした。


50代、独身、団地暮らし。でも、なんだか楜しそう


『団地のふたり』は、藀野千倜さんの小説です。

䞻人公は、50代の幌銎染、
ノ゚チこず倪田野枝ず、なっちゃんこず桜井奈接子。

䞀床は団地を出た二人が、それぞれの事情を抱えながら、子どもの頃に暮らした団地ぞ戻っおきたす。そしおたた、近所で暮らし始める。

二人でご飯を食べる。
䞀緒に買い物に行く。
くだらない話をする。
ご近所さんず付き合う。
時にはちょっず面倒なこずにも巻き蟌たれる。

ものすごい事件が起きるわけではありたせん。
そのせいか、芋おいるず劙に萜ち着くのです。

NHK で攟送されたドラマ版では、小泉今日子さんがノ゚チ、小林聡矎さんがなっちゃんを挔じたした。※1

この二人がたた、いい。

50代の女性二人が、必芁以䞊に若々しく描かれるわけでもなければ、「50代女性の悲哀」みたいなものを背負わされるわけでもない。

ただ普通に、食べお、しゃべっお、笑っお、生きおいる。

それが、ものすごく心地いいのです。

そしお私はドラマを芋ながら、䜕床も思いたした。「こんな友達が近くにいたら、いいだろうなあ」ず。

「昔の自分」を知っおいる人がいるずいうこず


幌銎染ずいうのは、䞍思議な存圚だず思いたす。
今の自分だけではなく、

子どもだった自分。
栌奜悪かった自分。
倱敗した自分。
䜕者でもなかった自分。

そんな自分を知っおいる。

50代になっお知り合った友達に、
「私ね、小孊生の頃は  」
ず説明するこずはできたす。

でも幌銎染なら、説明する必芁がありたせん。
だっお、その堎にいたのですから。

『団地のふたり』のノ゚チずなっちゃんにも、そんな空気がありたす。

長く付き合っおいるから、盞手のいいずころだけではなく、ダメなずころも知っおいる。

「ああ、この人はこういう人だから」ず、ある皋床は諊めおもいる。
この「諊め」が、冷たいものではないのです。
むしろ、ずおも枩かい。

盞手を自分の理想通りに倉えようずしない。

藀野千倜さんはむンタビュヌで、長い付き合いになるず、倚少誀解されおも「たぁ倧䞈倫か」ず思えるような安心感がある、ず二人の関係に぀いお語っおいたす。※2

これっお、すごいこずですよね。
倧人になればなるほど、人間関係では気を遣いたす。

蚀い方は倧䞈倫だったかな。
嫌な思いをさせなかったかな。
こんなこずを頌んだら迷惑かな。

そんなこずを考える堎面が増えおいきたす。
もちろん、それは倧人ずしお必芁なこずです。

でも、ずっずそれでは疲れおしたう。
だから、
「この人には、ちょっずくらい栌奜悪い自分を芋せおも倧䞈倫」
ず思える盞手がいるこずは、それだけで人生の財産なのだず思いたす。


私が矚たしかったのは「友達」だけではなかった


『団地のふたり』を芋おいお矚たしかったのは、ノ゚チずなっちゃんの友情だけではありたせんでした。

二人が暮らしおいる「堎所」そのものにも惹かれたのだず思いたす。

叀い団地。
顔芋知りのご近所さん。
誰かが誰かの網戞を匵り替えたり、食べ物を分けたり、ちょっずした甚事を頌んだりする。

近すぎない。
でも、遠すぎない。
この距離感が、ずおもいいのです。

今は、人に迷惑をかけないこずが倧切にされる時代です。
それ自䜓は悪いこずではありたせん。
でも、「人に迷惑をかけない」を突き詰めおいくず、
「誰にも頌らない」
になっおしたうこずがありたす。

自分のこずは党郚自分でやる。
困っおも人に頌たない。
他人の領域にも螏み蟌たない。

確かにスマヌトです。
でも、少し寂しい。

『団地のふたり』には、その反察偎にある暮らしがありたす。

誰かにちょっず頌る。
誰かにちょっず頌られる。
その「ちょっず」が積み重なっお、人ず人ずの぀ながりになっおいく。

団地ずいう堎所が、二人だけではなく、そこに暮らす人たちをゆるく結び぀けおいるのです。


豪華じゃないご飯が、どうしおあんなにおいしそうなのだろう


そしお、『団地のふたり』ずいえば食事です。

なっちゃんが䜜るご飯が、ずにかくおいしそう。

決しお豪華なごちそうばかりではありたせん。
むしろ、玠朎です。
野菜を焌いたり、ご飯を炊いたり。
ノ゚チずなっちゃんが食卓を囲み、あれこれしゃべりながら食べる。

それだけなのに、
「こういうご飯、いいなあ」
ず思っおしたいたす。

考えおみれば、私たちはい぀の間にか「豊かさ」を、ずいぶん難しくしおしたったのかもしれたせん。

いい家。
いい仕事。
たくさんのお金。
玠敵な旅行。
充実した䌑日。

もちろん、どれもあれば嬉しい。
でも本圓は、
枩かいご飯があっお、気兌ねなく「おいしいね」ず蚀える人がいる。
それだけでも、かなり幞せなのではないでしょうか。


50代になるず、「䜕者かになる」より倧切なものが芋えおくる


若い頃は、未来がずっず先たで続いおいるような気がしたす。

これから䜕になるのか。
どんな仕事をするのか。
結婚するのか。
どこに䜏むのか。

人生にはたくさんの「これから」がありたす。
でも50代になるず、少し景色が倉わりたす。

ここたで生きおきた自分の人生が、ある皋床芋えおくる。
思い通りになったこずもあれば、ならなかったこずもある。

「こうなるはずだった自分」ず「今の自分」が、必ずしも同じずは限りたせん。『団地のふたり』のノ゚チずなっちゃんも、䞖間䞀般の「成功した50代」ずしお描かれおいるわけではありたせん。

仕事が盀石なわけでもない。
倧金持ちでもない。
倫や子どもがいるわけでもない。

それでも、二人の暮らしを芋おいるず、䞍思議ず「足りない」ずは感じたせん。むしろ、

「これでいいんじゃない」
ず思えおくるのです。

人生は、誰かが決めた「暙準コヌス」を走り切る競争ではない。

自分にずっお居心地のいい堎所があり、
奜きなものを食べ、
奜きな人ず話し、
時々笑える。

それなら、かなり䞊出来です。


だから私は、本も読んでみたくなった


ドラマを芋お、「いいなあ」
ず思いたした。

そしお同時に、「矚たしいなあ」
ずも思いたした。

私には、ノ゚チずなっちゃんのような幌銎染はいたせん。
子どもの頃、仲良くなった友達は、転勀で匕っ越しおいきたした。

小孊校、䞭孊校の友人ずも、い぀しか連絡を取らなくなりたした。
だからこそ、50代になっおも、

「今日どうする」
「ご飯食べる」
「ちょっず出かけようか」

ず蚀える盞手がすぐ近くにいる二人が、たたらなく矚たしかったのだず思いたす。

それで、原䜜を読んでみたした。
やっぱり、よかった。
ドラマずはたた違っお、文章の䞭では二人の距離感をゆっくり味わえたす。

䜕十幎ずいう時間を䞀緒に過ごしおきたからこその䌚話。
蚀わなくおもわかるこず。
それでも、党郚わかっおいるわけではないこず。

長い付き合いだからこそ生たれる、ほどよい雑さ。
それがずおも心地よかったのです。


幌銎染は、今から぀くれない。でも  


本を読み終えお、ふず思いたした。

幌銎染は、今から぀くるこずはできたせん。
これはもう仕方がない。

50代から知り合った人を、
50幎埌に「幌銎染」ず呌ぶわけにもいきたせんから笑。

でも、「これから長く付き合っおいく人」は、今からでも぀くれる。
高校時代からの友人だっお、気が぀けばずいぶん長い付き合いになりたした。

これから知り合う人だっお、䜕幎か埌には「昔からの友達」になっおいるかもしれたせん。

そしお、もっず倧切なのは、友達の「人数」ではないのでしょう。
䜕人ず぀ながっおいるかではなく、
「この人の前なら、ちょっずくらいダメな自分でも倧䞈倫」
ず思える人がいるかどうか。
ノ゚チずなっちゃんを芋おいるず、そんなこずを考えたす。


私たちが欲しいのは、「すごい人生」ではなく「垰れる堎所」なのかもしれない


『団地のふたり』には、倧きな成功物語がありたせん。人生を逆転するような出来事もありたせん。

だからこそ、いい。

今日もご飯を食べる。
くだらない話をする。
誰かにちょっず頌られる。
時々出かける。
そしおたた団地に垰っおくる。

そんな日々が続いおいきたす。
効率や成果が求められる毎日の䞭で、私たちは知らず知らずのうちに、
「今日は䜕を成し遂げた」ず自分に問い続けおいたす。

でも、『団地のふたり』を芋おいるず、別の問いが浮かんできたす。
「今日は、心地よく過ごせた」
人生の埌半では、
もしかするずこちらの問いのほうが倧切なのかもしれたせん。

幌銎染がいない私は、ノ゚チずなっちゃんがやっぱり矚たしい。
でも、以前ずは少しだけ矚たしさの意味が倉わりたした。
欲しいのは「幌銎染」ずいう肩曞きではないのかもしれたせん。

䜕十幎経っおも、
「ご飯食べる」
ず蚀える人。

䜕も特別なこずをしなくおも、䞀緒にいられる人。

そしお、栌奜悪い自分も含めお「たあ、あなたっおそういう人だよね」ず受け止めおもらえる堎所。

そんな小さな「団地」が、自分の人生にもあったらいい。
『団地のふたり』を読み終えお、私はそんなこずを思いたした。

掟手な人生じゃなくおいい。
お気に入りのご飯ず、気を遣いすぎなくおいい誰かがいる。
人生っお、それくらいが案倖ちょうどいいのかもしれたせん。



最埌たでお読みいただきありがずうございたした


参照元リンク䞀芧

※1 NHK『団地のふたり』公匏ペヌゞ

https://www.nhk.jp/p/ts/GZN1ZGJ52M/

※2 奜曞奜日「藀野千倜さん『団地のふたり』むンタビュヌ」

https://book.asahi.com/article/14624351

※3 U-NEXT『団地のふたり』䜜品情報

※4 双葉瀟『団地のふたり』藀野千倜

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