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岩出とんかつ未解決事件―サキティ少女の事件簿#8

2026.03.08

和歌山県岩出市。
若もの広場で、
一件の未解決事件が新たな局面を迎えた。

――

体温が上昇しているのは、
春の陽気のせいだけではないだろう。

2年前、
私はこのスタート地点に立っていた。

すっかり脚に馴染んだシューズ。
赤と青のコントラストを、
目を逸らすことなく
じっと見つめていた。

岩出マラソン15kmの部。
過去2回の挑戦では、
立ちはだかる激坂の前に
為す術がなく完敗してきた。

でも今年は、違う。
3回目の挑戦。
今度こそは、違う。

少なくとも歩かず、完走を。

いや、目指すは表彰台。

そして……。

見つけた。

とんかつ屋のTシャツ。

私の永遠のライバルだ。

その背中を真っ直ぐ見据え、
スタートの号砲が、
鳴り響いた。

この日のために編み出した、
アオサギ戦法。
静かなハンターのように、
まずは狙った獲物を冷静に観察する。
そして、
時が来るまで待ち、

――狩る。

ダチョウからガチョウへ。
そして、
ガチョウからアオサギへ。

スタートはややオーバーペース。
危うく群れに巻き込まれそうになるが、
理性で抑える。
すっかり相棒となった
ランニングウォッチも、
納得したように頷く。

5:30/km。
3km地点でも、
オレンジ色のTシャツを
視界に捉えたまま耐え続ける。

6:40/km。
5km地点、最大の上り坂。
Tシャツを見失うが、
ここで焦っては彼の思う壺。
葱を背負った鴨になるわけにはいかない。

5:40/km。
9kmからは、
再びペースアップ。

そして、
勝負の12km地点。
エイドのイチゴを
口から溢れんばかりに頬張りながら、
ペリカンのような形相で――
5:20/km。
5:10/km。
ラストスパートをかけていく。

結果は……


やはり、完敗だった。

恐らく、
数分の差は付けられていただろう。
いつしか、
目標にしていた背中も見えなくなっていた。

しかし、
不思議と満足そうなランニングウォッチと
自分の姿があった。

結果は1:24:36。
年代別、4位。
惜しくも表彰「台」は逃したが、
表彰「状」を手にした。

そして、激坂。
いや、爆坂を歩かずに完走できたこと。

2年前の自分と、
去年の自分との約束を守れたこと。
追っていたのは、
とんかつ屋の背中だけではなかったのだろう。

とんかつ屋は逃したものの、
それが1番の収穫だった。

ゴール後、
とんかつ屋の姿を見かけた。

ライバルにエールを送るため、
敬意を表すため、
勇気を出して話しかける。

いつも負けてしまって悔しいです。
でも今度、
お店に豚カツを食べに行きます。

少し照れくさく笑いながら、
そんな言葉を交わした。
だが、
その返答は
意外なものだった。

「僕、とんかつ屋じゃないんです。」

一瞬、思考が止まった。
 
トレードマークのとんかつ屋のTシャツ。
てっきり、
店主か店員と思っていた。
せめて、
毎日豚カツで験担ぎをしている、
そう言って欲しかった。
100歩譲ってチキンカツでも、
ハムカツでも良かった。

そんな願いも虚しく、彼はこう続けた。

「このお店が好きな、ただのファンです。」
「このTシャツも自作です。」

ただの豚カツファンに、
私は今回も、
負けてしまったのか。

……お疲れ様でした。
そう力なく笑い、
手荷物に仕込んでいた缶ビールを開ける。
ビールのぬるさは、
気温のせいだけではないはずだ。

来年は、
手荷物にクーラーボックスを預けよう。

そして来年こそは、
彼に勝ってみせる。

今年は完敗したが、
それでも彼は、
私にとって永遠のライバルであり、
永遠のとんかつ屋だ。

そう誓いながら、
滲むとんかつ屋の背中に、
ぬるくなったビールで
乾杯した。

……

来年、
からあげ屋になっていないことだけを
心から祈りながら。

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