キオクシア特許侵害ニュースについて関連知識とともにまとめてみた

2026年7月16日、アメリカのテキサス州であるニュースが飛び出しました。米連邦地裁の陪審が、キオクシアが米衛星通信会社Viasat(ビアサット)の特許を侵害したとして2億2,900万ドルの支払いを命じる評決が下されたのです 1)。
日本円にしてざっくり340億〜370億円。
翌17日の東京市場で、キオクシア株はストップ安となりました 2)。

SNSではこんなツイートが散見されました。

「フラッシュメモリって東芝の発明じゃなかったっけ?」
「儲かり始めた日本企業をアメリカが潰しに来たのでは?」

この件は「出る杭は打たれる」というような案件ではないですが、純粋に権利侵害の判決を争う意図のみで起こった訴訟というわけでもない感じがします。
この記事では、フラッシュメモリの基礎知識から順番に整理してみます。

注)本記事において、文章修正および米国での裁判・特許制度についての校閲にはClaudeを用いました。



そもそもフラッシュメモリ(NAND)とは

そもそもフラッシュメモリは、電気を切ってもデータが消えない記憶装置です。スマホのストレージ、SDカード、パソコンのSSDなどは全てこの”フラッシュメモリ”です。

そして、そのメモリ技術の代表格である「NAND型フラッシュメモリ」を1980年代に発明したのが、東芝の技術者・舛岡富士雄氏です。
その後、東芝の不振によってメモリ事業が分社化されたのが今のキオクシア。つまりキオクシアはNAND生誕の地といえるでしょう。

だからこそ「フラッシュメモリの特許侵害でキオクシアが負けた」と聞くと、「なぜ本家が負けるの?」という強烈な違和感が生まれるわけです。

何が起きたのか

改めて事件の概要です。

訴えたのはViasat。
カリフォルニア州に本社を置く衛星通信の会社です。
Viasatは、衛星向けの誤り訂正システムを設計する過程でフラッシュメモリ技術の改良を開発したと主張し、キオクシアの製品に自社の特許技術と同じ仕組みの誤り訂正技術が含まれているとして訴えていました。キオクシア側は侵害を否定し、そもそも特許が無効だと反論していました 1)。 Docomo

裁判の場所はテキサス州ウェーコ(Waco)の連邦地裁。
これは記事後半で重要になるポイントです。

そして陪審の評決は「侵害あり」。
賠償額は229,025,021ドルで、評決票によればこれは「2026年3月30日までの過去の侵害を補償するランニングロイヤルティ」です 3)。
ランニングロイヤルティというのは、平たく言えば「本来払うべきだったライセンス料の後払い」。罰金や制裁金とは性格が違います。

あ、これも大事な事実ですが、この訴訟は2021年11月に始まったもので、Viasatは同時期に米半導体大手のWestern Digitalに対しても同様の訴訟を起こしています 4)。
訴えられたのは日本企業だけではない、という点は頭に入れておいてください。

争点は「NANDそのもの」ではない

「フラッシュはキオクシア(東芝)の発明では?」という疑問は半分正解といえます。NAND型フラッシュの発明は東芝だし、キオクシアはNANDの構造や製造に関する膨大な特許を今も持っています。

ただ、今回争われたのはNAND本体ではありません。
争点になったのは、米国特許8,615,700号、通称'700特許。
名称は「フラッシュメモリ向け並列エラー検出付き前方誤り訂正」という、誤り訂正(ECC)まわりの制御技術です 5)。 

ECCについて補足。
フラッシュメモリは、書き込みと消去を繰り返すうちに劣化して、データの読み書きでエラーが増えていきます。なので、エラーを自動で見つけて直す「誤り訂正」の仕組みが必須です。

Viasatの特許は、この仕組みの「働かせ方」に関するものです。
データを並列にチェックして、エラーがあった部分だけ訂正係に回してメモリの劣化具合に応じて訂正の強度を変える。
そういう制御の組み合わせが権利化されていました。

ここが特許制度の重要ポイントです。

本体の特許をどれだけ持っていても、周辺の制御手法を他社が先に権利化していれば、そこに引っかかる可能性がある。
雑なたとえですが家を建てた本人でも、玄関ドアの開け方に他人の特許があれば使用料を求められ得る、というイメージです。

なお、この'700特許はキオクシア側も黙って見ていたわけではなく、特許庁側の無効化手続きで争っています。
実際、広い範囲をカバーする請求項1、4、8、15、17、19は別の手続きで無効と判断されて取り消されました。ただ、残った狭い請求項については、2025年12月に連邦巡回控訴裁判所が「無効ではない」との判断を維持しています 6)。
つまり「特許の適用範囲が広すぎる部分は潰したが、狭い生き残りで勝負がついた」という構図です。
このあたりの請求項の攻防は深入りすると長くなるので今回はここまでにします。

「出る杭が打たれた」のか

「AIブームで急成長した日本企業を、アメリカが潰しに来たのでは?」という見方は成り立つのか。

個人的にこういう見解から調べたんですが、
まあ、そんなことは無かったですね。

理由1:時系列が合わない。
Viasatの'700特許は2009年に優先日があり、2013年に成立しています。そして提訴は2021年。
キオクシアがAI・データセンター需要で今のように注目を集めるより前の話です。「最近伸びてきたから狙った」という説明は、順序が逆なんですね。

理由2:訴えられたのは日本企業だけではない。
先ほど触れた通り、Viasatは米国企業のWestern Digitalも同時に提訴しています。日本企業狙い撃ちのシナリオとは合いません。

理由3:これは政府の行動ではない。
輸出規制でも関税でも司法省の訴追でもなく、民間企業同士の特許民事訴訟です。米政府が関与したことを示す材料は、公開記録上見当たりません。

さらに言えば、Viasatは「何も開発していないのに特許だけ買い集めて訴える会社」(いわゆるパテントトロール)とも違います。
問題の特許は、Viasat自身の技術者が出願した自社発明です。衛星通信では電波状況が悪い中でデータを正しく届けるために誤り訂正技術が生命線で、その延長でフラッシュメモリ向けの改良を権利化した、という筋道自体は不自然ではありません。

というわけで、「米帝仕草」という見方は、事実関係としてはほぼ支えがない偏見だった、という感じでした。

モヤッと感には理由がある

じゃあ全部スッキリ納得できる話なのか?というと、そうでもありません。この事件には、米国特許訴訟特有の「いやらしさ」が確かに存在します。

その1:裁判地の選択がかなり戦術的。
Viasatが訴えを起こしたテキサス州西部地区のWaco支部は、当時、特許訴訟の世界で有名な場所でした。
この支部に特許訴訟を起こすと、事実上、特許事件を積極的に受け入れることで知られる特定の判事に事件が集中する仕組みだったのです。「原告が判事を実質的に選べる」状態は問題視され、2022年7月25日、同地区の首席判事はWacoに提起される特許事件を地区内の12人の判事へ無作為に割り振る命令を出しました 7)。
今回の訴訟は制度変更前の2021年提訴。原告側に好まれる裁判地を狙った「フォーラム・ショッピング」の意図があった可能性は否定出来ません。

その2:独自開発でも侵害になる。
米国の特許制度では、相手の特許を見て真似したかどうかは、基本的な侵害の成立に関係ありません。
キオクシアがViasatの特許を知らず、東芝時代から自力で似た制御方法にたどり着いていたとしても、特許の条件に当てはまれば原則アウトです。「実際に量産して市場を作った会社より、先に文章で権利範囲を押さえた会社が強い」——この先手必勝感に釈然としないのは、技術者でなくても当然だと思います。

その3:狭い特許でも、掛け算で巨額になる。
今回の340億円という数字は、Viasatの発明単体がそれだけの価値を持つという話ではなく、仮想的なライセンス料を大量に売れたキオクシア製品全体に掛け算して積み上げた結果です。
製品価値のごく一部にしか関わらない技術から巨額のロイヤルティが算出される構造は、米国の特許損害論で昔から議論されている論点で、控訴するならここが主戦場になる可能性が高いと考えます。

まとめ

キオクシアが敗れたのは、NAND本体の特許ではなく、誤り訂正という周辺技術の特許でした。「米帝の狙い撃ち」という見方は、時系列・提訴対象・訴訟の性質のどれを見ても支えが弱い偏見。
一方で、裁判地の戦術的な選択や、独自開発でも侵害になる制度設計、巨額に膨らむロイヤルティ算定など、米国特許訴訟らしい”いやらしさ”は実在します。

評決はまだ一審段階で、キオクシアには控訴の道が残されています。侵害認定そのものに加えて、損害額の算定方法がどう争われるかが今後の見どころです。

なお、本記事の金額・為替・裁判の状況はすべて執筆時点(2026年7月17日)の情報です。続報があれば公式発表や報道をご確認ください。

参照一覧

  1. ロイター「米陪審、キオクシアに2億ドル超賠償評決 フラッシュメモリー特許侵害で」(2026年7月16日)
    https://news.yahoo.co.jp/articles/29b2b63156d20c49dcf22799b445338ad70c3d5b

  2. トレーダーズ・ウェブ「キオクシア-ストップ安 米陪審が同社に2億ドル超賠償評決」(2026年7月17日)
    https://finance.yahoo.co.jp/news/detail/b5b1887ca798bdf867586c269ce3ee4d4b05647d

  3. Bloomberg Law "Kioxia Owes $229 Million After Jury Finds Patent Infringement"(2026年7月16日)
    https://news.bloomberglaw.com/ip-law/kioxia-owes-229-million-after-jury-finds-patent-infringement

  4. Viasat, Inc. v. Kioxia 訴状(米テキサス州西部地区連邦地裁、2021年11月)
    https://fingfx.thomsonreuters.com/gfx/legaldocs/akvezmdoypr/IP%20PATENTS%20VIASAT%20kioxia.pdf

  5. Law360 事件情報(U.S. Patent No. 8,615,700 "Forward error correction with parallel error detection for flash memories")
    https://www.law360.com/articles/2285837

  6. 連邦巡回控訴裁判所 Kioxia Corporation v. Viasat, Inc. 判決(2025年12月19日)
    https://business.cch.com/ipld/KioxaviasatFedCir20251219.pdf

  7. Wilson Sonsini "Western District of Texas Issues New Order Regarding Judicial Assignment of Patent Cases"(2022年7月)
    https://www.wsgr.com/en/insights/western-district-of-texas-issues-new-order-regarding-judicial-assignment-of-patent-cases.html

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