きみはずもだち

【あらすじ】
 é€€å±ˆãªå€§å­Šç”Ÿã®ç¯€åŒ˜ã¯ã€å…¥å­Šè€…オリ゚ンテヌションで二぀幎䞊の同玚生、宗に出䌚う。぀るむ盞手のいない者同士なんずなく共に過ごすうち、次第にほどけおゆく宗の衚情やしぐさに、節匘は自分が感じたこずのない、埗䜓のしれない感情に䟵食されおいく。

 2022幎冬。極東の囜が戊争を開始し、䞖界のニュヌスを薄暗く塗り替え続けおいるころ、江藀麻矎もたた、灰色のコンクリヌトの壁に囲たれた廊䞋を、固いパンプスの螵の音を響かせながら歩いおいた。これから䟝頌人ずの接芋を行う。

 事前に受け取った被疑者の資料を頭の䞭で繰りながら、江藀は歩を進める。倧孊の同期生を殺害したのだずいう。

 江藀にずっお殺人事件の被疑者の匁護はこれが初めおで、知らず知らずのうちに呌吞が浅くなる。さほど凶悪な事件ではない。口論になった末のカッずなっおの殺害である。事務所の䞊叞は「被疑者の刑の枛軜が最優先だが、たあ、そう珍しい事件でもないから。」ず眉を䞊げ、少し間延びした口調で江藀を送り出した。

 今回の事件の争点は「蚈画的な犯行であったか吊か」「明確な殺害の意志があったか吊か」であろう。被疑者の経歎を確認するに、いたっお普通の善良な孊生に思えるが、殺害された被害者の経歎に少々難があった。明らかにすべきは、殺害の理由がその被害者の経歎に関連しおいるかどうかである。

 江藀は必芁事項をざっず頭の䞭でおさらいし終えるず、ちょうど接芋宀の扉の前に到着した。簡玠な癜い扉の正面に立ち、䞀぀深呌吞をしお心を萜ち着ける。

 江藀がこれから察面するのは、殺人犯である前に人である。どんなに些现な事柄であっおも、芋萜ずすこずがあっおはならない。

 江藀は軜くノックをし、静かに扉を開けた。

 郚屋は広めに䜜られおいるはずだが、窓のない薄いグレヌの壁が空間を狭く圧迫しおいる。郚屋の䞭倮で仕切られたアクリル板の奥には、既に被疑者が座っおいた。

 「今回匁護を担圓いたしたす、江藀麻矎ず申したす。これから刑の確定たで、協力しお枛刑に努めおいきたす。よろしくお願いしたす」

 䞀瀌するず、アクリル板越しの被疑者も習っお䌚釈をした。顔を䞊げるも、目線はアクリル板ずテヌブルの぀なぎ目を圷埚っおいる。

 倱瀌したす、ず断っおパむプ怅子に腰かけ、被疑者ず察面する。

 黒髪の短髪で、眉が倪く粟悍な顔立ちに芋える。平均よりはやや倧柄に芋え、そういえば高校たでは柔道郚だったか、ず江藀は思い返す。

 倧孊2回生ず聞いおいたが、県孔が萜ちくがみ、目はう぀ろで、やや肌が也燥しおいお、実幎霢よりは老けお芋えた。 殺害を埌悔しおいるのかも、ず江藀は考えた。裁刀官に被疑者の埌悔や反省を前面にアピヌルできれば、曎生の䜙地ありず刀断される可胜性が䞊がり、枛刑が狙える。江藀は音にならないよう、现心の泚意を払いながら、詰めおいた息をゆっくりず吐きだした。

「よろしくお願いしたす」

被疑者がワンテンポ遅れお、江藀に蚀葉を返した。目線は䞋を向いたたた、声は掠れおいお芇気がない。

「ええ、よろしくお願いしたす」

䌚話をしおくれる気はありそう。江藀は少しだけ肩の力を抜いた。

「食事は摂れおいたすか。睡眠も」

軜いアむスブレヌクをしようず、軜い話題を振っおみる。被疑者が少しだけ芖線を䞊げ、江藀の顔を捉えた。

「 たあ、はい。」

すぐに芖線が䞋がり、今床は江藀の襟元の向こう偎を芋぀めおいる。

 あたり䌚話が匟たなさそうなので、江藀は切り替えお、さっそく事件の抂芁を尋ねおみるこずにした。

「ヌヌではさっそくですが。たず、被害者ず出䌚ったずきのこずを聞かせおください。譊察にもお話しされたずは思いたすが、もう䞀床私にも教えおください。芚えおいるこずは、些现なこずでも構いたせん。状況や、その時感じたこずをできるだけ詳しく話しおください」

なるべく穏やかに聞こえるように、被疑者に話しかける。

 被疑者は床を這うような声で静かに話し始めた。

「 あい぀ず出䌚ったのは、倧孊の入孊者オリ゚ンテヌションでした。垭が隣になったんです。それが初察面でした」



 倧孊の正門からキャンパスに到着するたでの道沿いに、桜の朚が䜕本か怍わっおいるのを芋た。枩暖化の圱響か、四月も初旬だずいうのに花はすべお散り、葉桜になっおいる。散った花匁は綺麗に枅掃され、桜の花の痕跡はどこにもなかった。

 本田節匘は、二駅離れた実家から䞀番近い公立の倧孊、ずいう条件でS城倧孊に入孊した。偏差倀50そこそこのこの倧孊は、比范的ゆるい雰囲気で、掚薊入詊やAO入詊で運よく朜り蟌めたであろう孊生や、もっずランク䞊䜍の囜立倧を狙っお前期で倱敗、埌期で2ランク萜ずしお入孊金や授業料の䜎い地元垂営倧に確実に滑り蟌んだ運の悪い孊生たで様々だ。

 早々に同じ出身高校同士で぀るんでいる同期生を暪目に、節匘は䞀人でキャンパス内で䞀番倧きな講堂のある䞀号通に向かう。同じくS城倧を志望しおいた高校時代の友人、加藀祐暹は前期で䞍合栌、滑り止めの地元私倧に入孊した。加藀はオカルトや郜垂䌝説、怜玢しおはいけない蚀葉などおよそ明るいずは蚀えない趣味を持っおいたが、人間的には明るく、付き合いやすい人柄だった。S城倧ず祐暹の入孊した私倧ではかなり距離があり、空きコマにどこかの店で萜ち合うか、ずいう提案をしおも、実行は到底䞍可胜であった。

 䞀号通の105号宀に向かうず、既に同孊郚の入孊者たちでごった返しおいた。入孊者オリ゚ンテヌションの指導担圓の教官が前から詰めお座るよう促しおいる。しかし座垭は自由なので、節匘は教宀に入っおすぐ、巊の列の䞀番埌ろの端の垭に座った。

 倧きな講堂の座垭はみるみる埋たっおいき、ほが満垭になったずき、誰かが節匘の肩を叩いた。

 「ごめん、䞀぀ずれおもらっおいい」

 講堂の座垭ず机は、暪長の机に怅子五぀が暪䞀列に固定されおおり、怅子の埌ろをよけお真ん䞭の空き垭に座るこずは䞍可胜だ。節匘はすぐにテヌブルの䞊の荷物をずらし、自分も右隣の怅子に䜓を移した。

 「ありがずう」

 節匘の肩を叩いた青幎は少し埮笑み、節匘が空けた怅子に腰かけ、肩にかけおいたトヌトバッグを床におろしおから、手垳ず筆蚘具の入った筆入れを取り出し、机の䞊に眮いた。

 倧孊デビュヌを期に脱色しお浮きたくった掟手な髪色をした孊生も倚い䞭、なんずなく自然䜓で萜ち着いた印象の青幎は、自分よりもかなり倧人に芋えた。

 「なんか珍しい」

 青幎が苊笑しながら節匘に問いかけおきた。そこで初めお、節匘は自分が青幎をじっず芋぀めおいたこずに気づいた。

 「いや、ごめん。ちゃんず手垳ずか持っおんだなず思っお」

 党く思っおいないこずを取り繕うように蚀う。しかし、蚀い蚳ずしお咄嗟に出した蚀葉にしおは適圓だったず節匘は自画自賛した。自分はこれたで手垳など持ったこずがない。スケゞュヌルはスマホのカレンダヌアプリに入れるし、自䞻的に日蚘も曞いたこずがない。

 青幎は「ええ」ずたた笑った。目が现たるず涙袋が浮き䞊がる。自然䜓でも芋臭く芋えないのは、党䜓的に色玠が薄いのず、なんのこずはない、ただ単玔に容姿が敎っおいるからだった。あ、こい぀むケメンおや぀だ、なるほど、ず節匘が勝手に玍埗しおいるず、青幎は青幎で勝手に玍埗したように蚀った。

「ああ、確かに。メモはスマホでする人も倚いよね」

 青幎が手垳の新しいペヌゞを開きながら蚀う。窓から入る日光に照らされお、青幎の指にうっすらず産毛が生えおいるのが芋えた。ふうん、むケメンでも指に毛、生えんだな。節匘は䞀人で感心した。

「ずっずメモは玙にしおたから、こっちのほうが慣れおるっおだけ」

 節匘が青幎の指毛に泚目しおいる間にも、青幎は穏やかな声で話し続けおいる。確かに、皆この短い空き時間にもスマホを匄っおいるずいうのに、隣の青幎は手垳の新しいペヌゞに、黒いペンで「入孊者オリ゚ンテヌション」ず曞き぀けおいた。その文字も、曞写のお手本のように矎しいずいうわけではないが、ある䞀定の芏則にお圢䜜られおいるのが芋お取れる。読みやすい字だな、ず節匘は思った。

 「孊科どこ」

 青幎は節匘に尋ねた。手垳に曞き぀けるこずがなくなっお手持無沙汰になったのだろうな、ず節匘は思った。

「物理」

「え、俺も」

ややぶっきらがうな節匘の返答に察し、青幎は若干嬉しそうに蚀葉を重ねた。

「名前なんお蚀うの」

笑みを浮かべたたた青幎が節匘に尋ねる。

「本田節匘」

「節匘、俺は内田宗」

節匘は青幎をなんず呌ぶか䞀瞬悩んだが、盞手は自分を䞋の名前で呌ぶこずにしたようだったので、自分もそれに倣っお同じく䞋の名前で呌ぶこずにした。

「宗か、じゃあ、これから四幎間よろしく」

「うん、よろしく。俺、倧孊に知り合いいないから、最初に同じ孊科の人に䌚えおよかった」

宗は机に肘を぀き、少し姿勢を厩しながら蚀った。ずっず笑顔だな、ず節匘は思った。

「他県から」

「うん、あず俺珟圹生より二぀幎䞊だから 」

「えっ」

䜕気なく明かされた新情報に節匘はたじろぐ。

 高校たで柔道郚だった節匘は、䞊䞋関係順守の䞖界で生きおきた。䞀぀でも幎が䞊なら圧倒的匷者である。節匘は条件反射で背筋を䌞ばした。

「えヌっず、敬語䜿ったほうがいいっすかね 」

「いやいや、同じ䞀幎生だから、そんなのいいよ。むしろ気を遣われたくない」

「あ、そう 。じゃあ普通にするわ」

宗が少し困り顔だったので、節匘も切り替えるこずにした。浪人だっおゎロゎロいるのだ。むしろ幎䞊だず早めに教えおおいおくれおよかった。気たずいからず隠されお、あずから発芚するほうがいろいろずよくないこずになりそうだ。

「浪人しおたのか」

 そのたた䌚話を終えるのも䜕か倉な気がしお、䜕気なく聞いおみる。さすがに、2幎も浪人しおやっず、それも他県からわざわざ孊びに来るような倧孊ではない。

 宗は事も無げに蚀った。

「高校に既に遅れお入っおるんだよね。通信制だったんだけど。いろいろあっお」

 『いろいろ』に぀いお、節匘は觊れないこずにした。珟圚の宗ず自分の距離感で掘り進める話題ではないず思った。

「ふうん、なんか倧倉だな」

 ここたで喋ったずころで、マむクのハりリングが講堂内に響き枡り、次いで教官が「はい、では入孊者オリ゚ンテヌションを始めたす―」ず講話を始めたずころで䌚話は終了した。

 䌚話が終わっおよかった、ず節匘は内心で安堵し、講堂内の静かなざわめきに玛れ蟌たせお、小さく息を぀いた。

 それから、他に連れ立぀盞手もいなかった節匘ず宗は、自然ず2人で行動するようになった。教宀で互いを芋掛ければなんずなく隣に座り、時間が合えば流れで䞀緒に昌食をずった。敊匘は週に䞀床、掻動ずは名ばかりの集䌚をしおいる柔道サヌクルに所属し、宗はサヌクルには入らなかった。

「サヌクル、気に入るのなかったのかよ」

 孊食の倧盛りのき぀ねうどんを勢いよく啜りながら、敊匘は蚪ねた。

「先茩ず繋がり䜜った方が過去問ずか楜だっおよ。必修はいいけど、遞択は俺ず違うの取っおたろう」

 宗はカレヌを咀嚌しながら、スプヌンで皿の端の犏神挬けを匄っおいる。

「銬鹿にしおるだろ。節匘以倖にも友達くらいいるよ」

宗は汗をかいた半透明のプラスチックのコップをあおり、半分ほどたで枛っおいた氎を飲み干した。ガツ、ずコップを倧袈裟な動きで孊食のテヌブルに打ち付けお、宗はムッずした衚情を䜜っお蚀った。

 実際、宗はサヌクルに所属しおいないのに、友達関係には困っおいないように芋えた。人圓たりが良く、枅朔感があり、授業の前埌や昌䌑みなど、よく他の孊生ず軜い雑談をしおいるのを芋かける。

「今、実隓は青朚さんずペアだから倧䞈倫だよ」

衚情の割にさほど䞍機嫌でない声色で宗は蚀った。青朚矎穂は倧孊祭の実行委員䌚に所属しおおり、入孊早々、各所に散らばる同期や先茩の間に瞬く間にネットワヌクを匵り巡らせた。圌女の呚りはい぀も賑やかだが、やや賑やかすぎるこずもあり、節匘にずっお青朚の印象はあたりいいものではない。

 たあ、圌女が䞀緒なら倧䞈倫か、ず、節匘は油揚げに噛み付いた。うどんの汁ず油揚げにしみこんだ甘い煮汁がじゅわりず溢れお口内を満たした。

「青朚さん、もう実隓のレポヌト持っおるんだよ。S刀定だった先茩のや぀」

「はあヌずりぃ」

「過去問あったほうがいいっお蚀ったのはお前なのに」

宗は苊笑しながらも、しおやったりずいった顔で盆にコップを眮きなおすず立ち䞊がる。

「もう行く」

「うん、青朚さんず実隓の課題䞀緒にやるこずになっおる。お先に」

「あ、そう」

宗は盆を䞡手で持ち䞊げ、怅子を腰で抌しおテヌブルの䞋に抌し蟌むず「じゃ」ず蚀っお返华口に向かっお行った。節匘は返华口に盆を抌し蟌む姿を芋ながらぬるくなった汁をすする。

 狙われおんな、ず節匘は思った。

 節匘が抱いた宗の第䞀印象は、ほかの孊生たちずそうずれたものではなかったらしい。孊生委員䌚が開催した孊科ごずの新歓パヌティヌで、さっそく宗は女の先茩に話しかけられおいたし、男の先茩ですら、盛んに宗を「むケメンだ」ず囃し立おた。隣にいる俺にも、フォロヌず蚀わんばかりに「君も男らしいね」ず声をかけた。

 その時宗を囲む孊生たちの䞭に、青朚もいたのだ。青朚は積極的に宗に話しかけるわけでもなく、色々ず質問に答える宗をじっず䞊目遣いで芋぀め、時折呚りを芋回す宗ず目が合ったずきにすかさずにっこりず笑顔を投げかけおいた。その時、同じ癜々しい挙動の女はほかにも䜕人かいたが、青朚が宗を狙っおいるず知ればそのうち過半数は脱萜するだろう。青朚は女子孊生の䞭でかなり力を持っおいるず、節匘は芋おいた。

 あの様子だず、宗が青朚に匷匕に篭絡されるのも時間の問題かもしれない。宗の恋愛事情は知らないが、意思が匷そうな青朚ず、おっずりしおいる宗はなんだかんだ盞性がいいかもしれないず節匘は思った。宗からは「こだわり」のような確固たる意志があたり感じられなかったのだ。

 腹は満ちおいないが、うどんの汁も完党に冷えおしたったし、生協の売店で菓子パンを買っお、孊内の共有スペヌスかどこかで時間を朰すこずにした。

 途䞭柔道サヌクルの先茩に出くわし、倧きな声で名前を呌ばれ、雄たけびのような挚拶に笑いながら軜く返事をするなどし、キャンパス内のサヌクル棟の屋䞊にあるりッドデッキに備え付けられたベンチに腰を掛けた。菓子パンの袋を雑に砎りながら、月のさわやかな颚が頬をなでるのを感じる。日差しは暖かいが、颚はただ冷たい。節匘はパンを倧きな䞀口でかじり、もごもごず口を動かしながら、屋䞊の䞊から景色をがうっず眺める。

 正面は孊内の緑化に倧きく貢献しおいる朚々が、䞊方には青く透き通った空、巊手には砂利の敷き詰められた駐車堎、右手には倧孊の図曞通がある。図曞通を䜕気なく眺めおいるず、ちょうど入り口の自動ドアが開き、仲睊たじい男女が出おきた。

 宗ず青朚だ。 二人は䜕事かを話し合い、笑い合い、時に青朚は宗の腕に控えめに觊れながら、察面しお建぀実隓棟の二号通に入っおいった。

 二人はお䌌合いだ、ず節匘は改めお思った。自分は青朚のように䞻匵の匷い女は奜きではないけど、宗はきっず違うだろう。宗から人の悪口など聞いたこずがなかったし、考えれば考えるほど宗も青朚のこずを気に入っおいるかもしれないず玍埗しおいく。

 宗ずは出䌚っお2ヶ月も経っおいないが、節匘の倧孊生掻に、もはや宗の存圚は必芁䞍可欠だった。青朚ず宗が恋人同士になったら、きっず青朚は宗に四六時䞭べたべたずひっ぀いおいるに違いない。節匘は考えながら、小さくため息を぀いた。菓子パンの最埌の䞀口を咀嚌し切っお飲み蟌み、パン屑が端に寄った袋をくしゃりず握る。

「めんどくせえな」

 呟いた䞀蚀は、宗ずは別に連む人間をたた䞀から芋぀けなくおはならないかもしれないこずぞの焊りず、じわじわず自身の心を䟵食しおいく埗䜓の知れない感情に察しおだ。節匘はその二぀をたるごず芋お芋ぬ振りをしお、重い腰を䞊げベンチから立ち䞊がった。ちょうどその時たた、さっぱりずした5月の颚が吹いた。髪が揺れ、銖を擊り抜ける感觊に節匘は目を閉じる。たるで心にぞばり぀いたもやがかき消されおいくようだった。節匘の脳裏には、その時なぜか日に照らされお透き通った宗のた぀毛ず、少し血管の浮いたたぶたががんやりず浮かんでいた。

 次の日は䞀限から四限たでみっちりず授業が詰たっおいるうえ、翌日の䞀限にレポヌトの提出があった。宗ず節匘は、菓子やら総菜やらを買い蟌んで、宗が䞀人暮らしをしおいるアパヌトで泊たり蟌みでレポヌトを仕䞊げるこずにした。

「買いすぎた」

「どうせ今日寝ないだろ」

「寝ろよ」

笑い合いながら連れだっお鉄補の階段を登る。宗の郚屋は二階建お朚造アパヌトの201号宀だ。

「角郚屋か、いいな」

「節匘は実家だっけ」

「おう」

「じゃあ毎日おいしいごはん食べれるんだ」

「いやあ、うちの母芪そんな料理うたくないからな」

「出おくるだけいいだろ」

鍵穎に鍵を差し蟌みながら宗が蚀う。䌏せられた目元を芋お、昚日、さわやかな颚の䞭で宗のた぀毛が頭に浮かんだこずを思い出した。

「お前、毛の色玠薄いよな。ハヌフかなんか」

唐突に投げかけられた質問に、宗は倚少驚いたようだったが、ガチャリずドアを開けお、節匘を䞭に促した。

「いや、玔日本人だけどね。寒いずこで生たれたからじゃないかな 」

「ぞぇ、そういえば聞いたこずなかったけどどこなの」

「岩手」

「ぞぇ

」靎を脱ぎ、短い廊䞋の巊手にはミニキッチンが備え付けおあり、その向かいにはナニットバスに続く匕き戞があり、埮劙に開いた戞の隙間から、暗闇に掗濯物が干されおいるのが芋えた。さらに進むず突き圓りに居宀に぀ながる扉がある。

 「汚いずころですが 」

テンプレヌトの蚀葉を発しながら宗が居宀のドアを開ける。

「別にきれいじゃん」

節匘は蚀いながら郚屋を芋回した。八畳ほどの居宀は、正面にくすんだ青色のカヌテンがあり、向かっお右にはノヌトパ゜コンが乗ったデスクずオフィスチェア、巊にはきちんず敎えられたベッドが据えられおいる。䞭倮には正方圢の黒いロヌテヌブルがあった。党䜓的にものが少ないが、デスクのわきの本棚には、節匘が小孊生の頃に攟送されおいたヒヌロヌのフィギュアが食られおいる。

「お、゚ンラむガヌじゃん。奜きなの」

郚屋を芋回しながら、節匘はひずたず床にスヌパヌの袋を眮いた。宗はデスクの暪のフックに背負っおいたバックパックをかけながら蚀った。

「知り合いが奜きで、テレビでやっおた時にもらったんだよね」

「ぞえ」

゚ンラむガヌが攟送されおいたのは7幎前だ。節匘はその頃小孊5幎生で、二぀幎䞊の宗は䞭孊䞀幎生ずいうこずになる。

「䞖代っおわけでもなさそうなのに」

節匘がぜ぀りず蚀うず、宗は笑いながら蚀った。

「俺は䞖代じゃないけどね、その子は奜きだったから」

ふい、ず゚ンラむガヌのフィギュアを目にいれた宗の顔が、今たでに芋たこずがないほど優しい県差しだったような気がしお、節匘は぀いじっず芋぀めおしたった。

「 なに」

 節匘の芖線に気づいた宗は少し気たずそうに笑う。

 芋぀めたのは自分だずいうのに、節匘も気たずくなっお也いた笑い声を挏らした。

「いや、あヌ」

 頭の䞭で右埀巊埀しながら蚀葉を探す。別にやたしいこずをしたわけではないのに、なぜか蚀い蚳を探した。

「あヌ 。 お前、顔綺麗だよな」

蚀った途端、宗は驚いたように目を芋開いた。たっぷり3秒沈黙した埌、少し目を䌏せお芖線を暪に逞らし、肩をすくめながら「ふうん」ず小さく぀ぶやいた。宗はそのたたベッドフレヌムを背もたれにしお床に腰を䞋ろし、節匘に「たあ、座っお」ず声をかけた。

 据わりが悪い気分になりながらも、テヌブルに察しお盎角になるように節匘も床に腰を䞋ろす。クッションもラグもないので床に盎だ。倏だずいうのにフロヌリングの床がひんやりず感じられお、節匘はたたもや萜ち着かない気持ちになった。

 手持無沙汰なので、スヌパヌで買っおきたスナック菓子を䞀぀取り出し、「これ、開けるな」ず䞀応家䞻に断っお封を切る。自分たちが座るテヌブルの蟺ずは察角偎にその菓子の袋を眮いた。䞀぀だけ぀たんで口に攟り蟌み、自分のバックパックから課題のプリントず授業のレゞュメの入ったクリアファむル を取り出す。バックパックの䞭ではなぜかペンケヌスのファスナヌが開いおいお、ペンや消しゎムがほかの荷物ず混じっお散乱しおいた。

「俺の」

節匘がバックパックの䞭の筆蚘具を拟い集めおいるず、宗が唐突に蚀葉を発した。節匘のほうは芋ず、ただ正面にある本棚のほうを向いおいる。

「俺の顔、綺麗っお思うんだ」

宗の衚情は倉わらない。節匘は、宗の独癜じみた呟きに、「蚀っおはいけないこずを蚀った」ず思った。

「 なんかたずかった」

恐る恐る問いかける。少しだけ䜓を瞮めお、宗の顔を䞊目遣いに䌺った。

 節匘のその様子を芋お、宗は笑った。

「いや あのフィギュアくれた子も、同じこず蚀っおたんだよね。だからちょっず懐かしくなった」

宗は改めお節匘ず目を合わせお、にっ、ずほほ笑むず、自分もデスクの暪にかけたリュックを持っお、筆蚘具ずレゞュメを取り出し、テヌブルに眮いた。節匘は肩の力を抜き、「なんだよ」ず声を䞊げた。

「地雷螏んだかず思った」

深いため息ずずもに蚀うず、宗はたすたす笑った。

「嬉しいよ、普通に」

「じゃあ普通に嬉しそうな顔しおくれ」

「ごめんごめん」

二人は笑い合い、「じゃあ、やるか」ず節匘が蚀った。それから二時間半かけお、宗が課題のレポヌトを半分ほど仕䞊げた。節匘はただ自分たちの実隓結果ず参考文献を芋比べおいる。スヌパヌの癜い袋の䞭にはただスナック菓子が詰たっおいる。

 時刻は21時を回り、窓の倖には星々が茝いおいた。

 節匘は炭酞の抜け始めたサむダヌをボトルごずあおり、スパヌクしそうな脳を冷やした。

「䞀旊䌑憩するかあ」

宗は時蚈を芋お蚀った。

「合わないんだよなぁ、実隓の数字が。誀差のレベルじゃないんだよ、これはたずい」

「ペアの人は」

「あっちも進んでないっぜい。今同じ実隓だったダツあたっおみおるっお。確か暪尟ず桜井は同じ実隓だったず思うけど、あい぀らは期埅できねえもん」

暪尟ず桜井は気のいい人間だが、勉孊においおは芁領が悪い䞊に授業䞭も真面目ずは蚀えない。実隓のレポヌトを銖尟よく進めおいるずは到底思えなかった。「あヌ 」ず宗は苊笑するず、ズボンのポケットからスマヌトホンを取り出した。画面を芋るず、メッセヌゞの通知があった。

「青朚も今レポヌトやっおんの」

「そうそう」

節匘の問いに答えながら、宗は巊手の芪指ですいすいず返信を入力する。片肘を぀いお右手で口元を芆っおいるため、衚情を䌺い知るこずはできない。

「レポヌト詰たっちゃったっぜい」

宗は匕っ切り無しに震えるスマヌトホンに察応しながら節匘に蚀った。

 節匘は自分のレポヌトを暪目に芋ながら、新しいスナック菓子を袋から取り出しお開けた。

「ペアだし、青朚ずお前でレポヌトやったほうが効率よかったよな」

空気を含んだパフ状のスナック菓子を口に攟り蟌み、もぐもぐず租借しながら䜕でもない事のように蚀う。しかし節匘は、「これから青朚がここに来るかも」ず内心気が気ではなかった。青朚がここに来たら、自分の居堎所がなくなっおしたうように感じた。

「たあ、そうかもね」

宗ず青朚のメッセヌゞのやり取りは続いおいるようだ。宗は、いろいろずメモをしおある自分のレゞュメの写真を撮り、青朚ぞ送ったようだった。

 節匘は急に居心地の悪さを感じお、自分もバックパックの偎面のポケットからスマヌトホンを取り出し、ロック画面を芋る。案の定、同じ実隓テヌマの暪尟から、実隓レポヌトを写させおほしい旚のメッセヌゞが届いおいた。

 はあ、ずため息を぀く。「ただ1/3皋床しか進んでいない」ず返事をした。即座に既読が぀き、間髪入れずに泣き顔の絵文字が送られおきた。

 「続きやるかあ」

宗がスマヌトホンを䌏せおテヌブルの䞊に眮いお、シャヌプペンシルを取った。

「青朚は」

「わかんないっお蚀っおたずころ画像送ったし倧䞈倫」

宗が蚀う間に、たた宗のスマヌトホンが震えた。宗はスマヌトホンをひっくり返しおテヌブルに眮いたたた、人差し指で返信を入力した。指が液晶の䞊を䜕埀埩か滑るず、たた宗はスマヌトホンを裏返しに眮いた。

「いいのか」

「うん」

「青朚、なんお」

「サヌクルの人ずファミレスで課題やっおるから来ないかっお」

宗がスナック菓子の袋に巊手を突っ蟌み、䞀぀だけ手に取るず、雑に口に攟り蟌んだ。咀嚌しながら、そのたたここでレポヌトの続きに取り組むこずにしたようだった。

「行かないのか行けばいいじゃん」

節匘は心にもないこずを蚀った。口元に少し笑みを浮かべながら、䜕でもない事のように、努めお冷静に蚀った。 宗はこちらを暪目で芋ながら少し目を现めた。

「節匘が行くなら行く」

「はぁ」

節匘は少しだけ目を開いお驚いたふりをした。実際に驚いおはいたが、その他にある別の感情を気取られないように倧げさに衚情を䜜った。

「なんでだよ、俺別のテヌマだから圹に立たないっお」

「そうじゃなくお」

宗は節匘の䞻匵をしっかりず聞き終わった埌、節匘に比べ心持ち静かに蚀った。

「俺、節匘がいないならやだ。楜しくない」

「楜しくないっお 」

レポヌトに楜しいもくそもあるかよ、ず、がそがそず半ば説教じみた蚀葉を吐きながら、節匘は内心自分の気持ちが激しく高揚するのを感じおいた。自分をじっず芋぀める芖線の䞭心にある、瞳の淵がい぀もより鮮明に芋えた。グレヌがかった光圩ず、癜目の境目は、たるで氎圩絵の具のグラデヌションのようににじんでいる。二぀も幎䞊の癖に、子䟛のようなこずを蚀う。俺がいないず楜しくない。俺がいないなら行かない。宗の蚀った蚀葉が頭の䞭で反響する。だっお、お前ず青朚は仲がよさそうに歩いおいたじゃないか。腕を控えめに觊られたりしお、たんざらでもなさそうだった。行けよ、青朚はきっずお前をそういう぀もりで呌んだんだ。

「節匘、別に行きたくないだろ。青朚さんのずこ」

「いや、そんなこずはないけど」

えず、今床は宗が少し驚いた顔をした。

「青朚さんのこず苊手だず思っおた」

「え」

「違った」

「いや 」

少し間を開けお、いや、違わない、ず節匘は぀ぶやいた。節匘は、自分の䞭のよくわからない感情に翻匄されおいた。節匘は、宗を他人の行動に感情を巊右されない人間だず思っおいた。ただ出䌚っお二か月匱だが、芋かけは優しくおっずりしおいお、誰のこずも䞍快にさせない柔らかな印象だが、しかし「それはそれ、これはこれ」ずいう自分の意志がはっきりしおいるように芋えた。その、「それはそれ、これはこれ」の「これ」の郚分に自分自身が入っおいるのだず知っお、節匘の䜓枩は急激に䞊昇した。

 宗は他人ずの心の距離がある。これたで節匘が感じおいたこずだ。行動は共にするこずが倚いけれど、それはその時々にたたたた近くにいたからであっお、特別自分でなければならない理由はなかったはずだ。そう節匘は思っおいた。

 「ほらね」

宗は心底おかしそうに笑った。錻の付け根にしわの寄った、少しいび぀な笑い方だ。い぀もの綺麗なだけではない、悪戯っぜい笑みだった。

 節匘がいないず楜しくない、ただそれだけの蚀葉になぜこんなにも心が乱されたのかがわからなくお、節匘はただ「うん」ずだけ蚀った。

 レポヌトは結局、朝の4時たでかかった。



 それからずいうものの、宗は䜕かに぀けお節匘の埌を぀いおくるようになった。節匘には宗以倖に特別芪しいず思える友人もいなかったので、特に支障はなかった。柔道サヌクルの郚宀に宗が来お、先茩たちずの雑談に混ざったこずがあった。先茩たちは、自分たちに比べおひょろっずした、線の现い宗を芋るなり、ここには䌌合わないなず蚀っお笑った。宗ず節匘も、それに぀られお笑った。先茩たちは宗のこずを気に入ったようだった。宗も、話しやすい先茩だねず蚀った。孊校が終わった埌に二人でラヌメンを食べに行ったりした。もう少し暑くなったら海に行こうずか、倏䌑みに自転車で、少し長い時間をかけお旅行をしないか、ずいう話もした。そのすべおに、宗は笑っお答えた。節匘ず二人きりの時だけ、あの錻の付け根に皎の寄る、子䟛のような倉な笑顔を芋せるこずもあった。

 節匘は、䜕でもない颚を装っおいた。しかし、自分より少しだけ背の高く、女性に奜かれる颚貌の、二歳幎䞊の宗が、自分に懐いお笑顔で埌ろを぀いおくるのに、ずお぀もない優越感を感じおいた。

 䞀床、青朚が授業終わりに宗を倧孊祭の実行委員䌚に誘っおいる珟堎に遭遇した。宗は「ありがずう。でも忙しくお、時間がないんだ」ず蚀っお、その誘いを断っおいた。

 宗は別に忙しくない。俺ず遊んでるだけだ、ず節匘は内心ほくそ笑んだ。孊内でも人気者の青朚の誘いよりも、自分ずの遊びの時間を優先したこずに節匘は狂喜乱舞した。青朚は「そう、じゃあ今床、飲み䌚だけでも来ない䞀幎生だけでやるし、委員䌚の倖の人も来るから、宗くんも楜しいず思うよ」ず食い䞋がった。宗は「バむトのシフトがただわからないから、行けたら」ずうやむやにした。

 少し離れたずころから芋おいた節匘ず、宗の芖線がぶ぀かる。宗が笑った。

 「じゃあ、たた」

 そう青朚に告げるず、宗は小走りで節匘のもずぞ駆け寄った。

「芋おたなら声かけおよ」

「邪魔かず思っお」

「いや、邪魔しおくれたほうがありがたかった」

宗が小声で蚀った。青朚は少しだけこちらを芋お、い぀もの仲間ず逆方向ぞ連れだっお歩いお行った。

「節匘飲み䌚興味ある」

「ない。誘われおたろ、行っおくれば」

「行かない」

もはや行かないのをわかっおいるのに、節匘はわざず宗に促しお、案の定吊定され、勝手に満足した。二人はその足で食堂に向かう。䞉限は空きコマで、四限は出垭で点数が六割もらえるので、授業に出さえすればそれだけで単䜍がもらえる単元だ。

 食堂で節匘はカツカレヌを、宗は生姜焌き定食を、それぞれ盆に料理を取っお、空いおいる垭に座った。

「ごめん、ちょっずトむレ。先食べおお」

宗が立ち䞊がったので、節匘は「おヌ」ずだけ返事をしお、銀色のスプヌンをカレヌず癜米の境目に突っ蟌んだ。倧きくすくっおばくりず口の䞭に入れる。食堂のカレヌは、垂販のルゥにスパむスを远加で入れおいるのか、安っぜい甘みの埌に劙に本栌的な蟛みが远っおくる。咀嚌しながら、ザクザクの衣をたずったトンカツの䞀切れを、スプヌンのぞりを抌し付けお、力任せに半分に断ち切った。癜米ずカレヌの䞊に分割したカツをセットし、スプヌンで䞀緒にすくいあげおたたばくりず食らおうずした時、斜め前から声をかけられた。

「お疲れ」

口を閉じお声のしたほうに芖線を向けるず、青朚だった。

「お疲れ」

返事をしお、たたカレヌに向き盎る。スプヌンに盛った山の頂点に茉ったカツがバランスを厩しかけおいたので、急いで食らい぀いた。咀嚌しおいるず、青朚が宗の眮いお行った盆の暪の垭に座った。

「本田くん、宗くんず仲いいよね」

「あヌ、うん」

青朚は節匘がカレヌラむスをもぐもぐず咀嚌するのを芋ながら続けた。

「倧孊祭の実行委員䞻催の、䞀幎生飲み䌚があるんだけど」

「ぞえ」

「よかったら来ない䞀幎生は無料で食べ飲み攟題、二幎生以䞊の先茩が党郚奢っおくれるんだけど」

「楜しそうだな」

節匘が蚀うず、それに目を茝かせお、声を高くしお蚀った。

「来週の金曜の倜だよ。暇」

青朚は笑顔で銖をこずりず傟けた。

 人奜きのしそうな、可愛らしい笑顔だなず節匘は思った。ずびぬけお矎人ずいうわけではないけれど、きちんず身なりに気を䜿っおいたり、控えめに化粧をしおいたり、たたに呚りが芋えなくなるほどににぎやかになるのは玉に瑕だが、圌女を奜きになる男はきっず倚いだろう。

 圌女はきっず、宗本人にアプロヌチをしお自分の思いを実らせるのが難しいず螏んで、呚りから固めようず思ったのだ。その刀断は倚分正しい。策士だ、ず節匘は感心した。

 しかし、それはその呚りの人間が圌女に奜意的な感情を持っおいお初めお成立する䜜戊である。節匘は青朚のような、悪く蚀っおしたえばうるさい女は奜きではなかった。䜜戊は玠晎らしい。だが盞手が悪かった。䞇が䞀宗がお前を奜きになっお、めでたくお付き合いを始めるこずになっおも、お前は絶察宗を束瞛しお、自分を䜕より第䞀優先にしおもらわないず気に食わないんだろう。倧孊祭の実行委員䌚に誘っおおいお、それで宗が委員䌚のほかの女が宗ず仲良くしようもんなら、「なんで私以倖の女の子ず楜しそうにするわけ」ず理䞍尜に詰問するのだ。したいには「友達ず私どっちが倧事なの」ず問うのだろう。冗談じゃない、ず節匘は思った。倏䌑みに俺たちは自転車に乗っお貧乏旅をする。長いこず自転車に乗るから連絡も取れない。お前にそれが耐えられるか宗が青朚の誘いを断っお節匘のもずに駆け寄るずき、その埌ろ姿を恚めしそうに眺めるのを節匘は芋おいた。あの目はそうだ、お前は絶察そういうや぀だ。

 節匘は、このほが偏芋で凝り固たった考えを根拠に、よし、橋枡しは絶察にしない、ずこの瞬間に決めた。

「バむト」

「えヌっ」

青朚はあからさたにがっかりした声を䞊げた。「そっかあ 」ず青朚はうなだれた。

「ごめんな」

宗を連れおいけなくお、ず内心で告げた。いやいや、党然。たた誘うね、ず青朚は蚀っお、立ち䞊がった。

「じゃあね」

青朚は軜く手を振っお、食堂に入っおくる人混みに逆らっお去っおいった。時間にしお䞉分ほどだっただろうか。さらに二分ほど経っお、宗が垰っおきた。

「なんかめちゃくちゃ混んでた」

「おう、おかえり。今青朚が来おたよ」

「青朚さん」

節匘ず察面しお座り、少し冷えた生姜焌きに箞を぀ける。

「飲み䌚誘いに来おた」

「節匘のずころにも」

宗は苊笑した。笑いながら、「行く」ず節匘に向かっお蚀った。

「行かん」

「ふうん」

さしお驚かず、宗は癜米を口に入れる。

 笑う宗を芋ながら、いいのかな、ず節匘は思った。宗はただサヌクルに入っおいなくお、再来月には倏䌑みが来る。きっずどのサヌクルも、倏䌑みに合宿だの旅行だのをしお、より芪睊を深め合うのだろう。察しお自分たちは、二人きりで貧乏旅行をしようなどず蚈画しおいる。お互いがお互いに偏りすぎおいる気がした。

 しかし、それでもいいかず節匘は思った。 宗のあのくしゃりず歪んだ、自分だけに芋せる倉な笑顔をたた芋たいず思った。



 倏䌑みの䞉日目から、倧䜓二週間かけお関東を自転車で旅をするこずにした。フェリヌで䞀晩かけお暪須賀に移動し、積んだ自転車で䞀週間、安宿に泊たりながら移動する。行き圓たりばったりで、地図を芋ながら郜床目的地を決めるこずにした。八日目からは、違う道を通っお䞀週間かけお暪須賀のフェリヌ乗り堎に戻る。このために、二人ずも䞭叀のロヌドバむクを買った。宗は籠の぀いたママチャリで今回の旅に挑もうずしおいたが、昔挫画で読んだ知識をもずに節匘が止め、節匘は土朚䜜業の日雇い、宗は圚宅で校正のバむトをしお旅行ずロヌドバむクの資金を貯めた。

「既に焌けおるな」

 宗が節匘の土方焌けを笑った。Tシャツの袖を少しめくるず、色の境目がくっきりず衚れおいる。

「お前も二週間でこうなるんだよ」

笑っお、二人は暪須賀のフェリヌポヌトに降り立぀ず、海沿いに自転車を走らせ、矎術通ぞ向かった。ガラス匵りの矎術通の䞭の絵画や圫刻を䞀通り芋お、敷地から䞀望できる東京湟をゆっくりず眺める。朮颚に吹かれお色玠の薄い宗の髪の毛先が宙に流れ、そこが日に照らされお、より透けるような色になった。

「暑い」

遮るものが䜕もない屋倖で、雲䞀぀ない晎倩だ。さわやかな景色ずは裏腹に、八月の倪陜は二人の肌をじりじりず焌いた。

「お前、日焌けしたら皮剥けるタむプ」

「いや、赀くなっお、痛くなっお、䜕日かしたら元の色に戻る」

「やばいじゃん、日焌け止めは」

「この倏は焌きたいんだよ」

「焌けないんだろ」

宗の錻の頭が、既に赀みを垯びおいるのがわかった。コンビニに寄っお、日焌け止めを調達しお塗らせようず節匘は決意した。

「さすがに焌きたい」

宗は蚀うず、ほら、ず蚀いながら自分の腕ず節匘の腕を䞊べた。節匘は宗の意図を汲んで、芋やすいように自分の腕を前に掲げたが、その瞬間ギョッずしお、笑った。

「すげえ 食パンみおえ」

食パンのふかふかの内偎の郚分ず、固い耳の郚分のような色の違いに、節匘は思わず噎き出した。

「本圓に焌けねんだな」

「ね。だから倚少はこの二週間で焌きたい」

「そうか 」

じゃあ日焌け止めはなしか、ず、䞍服そうな宗の顔を芋お節匘は考え盎した。

 結局、その日の倜から宗の肌はどんどん赀みを垯びおいっお、真っ暗になるころには腕や顔が真っ赀になった。特に銖の埌ろや腕の倖偎は自転車に乗っおいる間垞に日に晒される䞊に、宗は肩の䜍眮たでTシャツをたくっおいお、かなりひどい状態だった。

「痛い」

「そりゃそうだろ」

二人はこの日ビゞネスホテルのツむンルヌムを取っお、ナニットバスの冷たい氎を溜めた济槜に、「痛い」しか蚀わなくなった宗を服を剥いお攟り蟌んだ。氎圧に肌を抌されお「うわあ」ず宗が叫んだが、10秒ほどじっずしおいるず埐々に䜓の力が抜けおいくのが芋お取れた。

「調べたらアロ゚のゞェルがいいらしいから、ひずっ走り買っおくる」

「わかった、ありがずう 」

ばしゃ、ず手ですくった氎を顔にかけながら宗が蚀った。顔も頬や錻が赀くなり、やけどのようになっおいる。薄く目を開けお節匘のほうを芋ながら、宗はぞぞ、ず力なく笑った。

 その顔を芋おいるずなんだかたたらなくなっお、節匘は宗の濡れた頭をぐしゃぐしゃず撫でたわした。

 いた、いたた、ず蚀いながら、ばしゃばしゃず济槜の氎を揺らし、宗が声を䞊げお笑う。節匘は、い぀もは萜ち着いおすたした顔をしおいる幎䞊の同玚生が、玠っ裞で、自分の手に反応しお無邪気に笑っおいる様子に高揚した。

「アロ゚、頭皮にも効くかな」

宗が頭を塗れた手で抌さえながら蚀った。

「べたべたになるから、頭はずりあえず氎で冷やせ」

うん、ず蚀うや吊や、宗は䜓を䞞めお頭ごず氎面に顔を突っ蟌んだ。そのたた、氎面から右手を出しお、節匘の方向に向かっおふりふりず手のひらを振った。

 その様子に少し笑っおから、節匘はスマヌトホンで近くの量販店を怜玢し、ロヌドバむクで買い物に向かった。 䞉十分埌に節匘が垰っおくるず、宗は服を着お、ベッドにう぀ぶせに暪たわっおいた。

「おかえり」

「ただいた」

節匘は、二台のベッドの䞭倮に備え付けられたサむドテヌブルに、買った品物を䞊べる。

「なんかアロ゚ゞェル、思ったより安かった。それずコンビニで氷買っおきたから、これで冷やすぞ」

「うん、ありがずう」

それから、ず節匘はオレンゞ色のパッケヌゞの箱を続けお眮いた。

「これ、サンオむルな。これがあるず赀くならずに焌けるらしい」

「えぇやったぁ」

宗は飛び起き、サむドテヌブルに眮かれたサンオむルをひったくった。しげしげず成分衚や䜿い方を読み蟌む宗から、節匘がサンオむルを取り䞊げ、代わりにアロ゚ゞェルを枡した。

「あっ」

「たずはやけど治しおからな」

宗はそうだね、ず頷くず、アロ゚ゞェルのポットの蓋を開けおゞェルを指ですくい、腕党䜓に塗り付けた。

「ひんやりしおる、効きそう」

「よかったな」

もう片方の腕にも同じように塗り付けたあず、䞡手に残ったゞェルを銖の埌ろにも塗った。たたポットから、同じようにゞェルをすくうず、䞡手で顔党䜓に塗り付けた。

「倚すぎたかな、これ」

その声に、節匘は芖線を萜ずしおいたスマヌトホンから顔を䞊げるず、透明なゞェルで顔をべたべたにしお、前髪を額に䜕本か匵り付けた宗が無衚情でこちらを芋぀めおいた。その衚情が、すべおの感情が抜け萜ちたようなのに、顔は錻や頬が赀くなっおいおベタベタなのが間抜けで、思わず声を出しお笑った。

「合っおる」

「絶察違うははは」

化粧品だから倚少は浞透するだろうが、それにしたっお、錻のキワや顔の凹凞に氎たたりのように透明なゞェルが溜たっおいる。節匘はベッドの足偎にある簡玠なデスクの䞊のケヌスからティッシュを二、䞉枚取り、赀くなっおいる郚分をよけお、宗の顔の䜙分なゞェルを拭いおやった。その間、宗が口を閉じたたた、ふ、ふ、ず錻だけで笑うものだから、薄いティッシュの端が錻息で揺れた。

 あらかた拭いおやっお、ティッシュを顔から離したずき、ふず、宗の唇の皮がむけおいるのが目に入った。䜕も考えず、口の暪の浞透しかけおいるゞェルを指で拭っお、目の前の宗の唇をその指でなぞった。宗は節匘の指を远うように目線を䞋げお、次いで、い぀もず違い、自分の顔より䞊にある節匘の顔を芋た。

「よしできた」

節匘は宗の唇から指を離しお、持っおいたティッシュの也いた面で自分の指に぀いたゞェルをぬぐった。

「汗、気持ち悪いから、颚呂に入っおくる。そしたらどっか、近くの店に倕飯食いに行こう」

「わかった。調べずくよ」

おう、ず返事をしお、節匘は济宀に向かった。 济宀に行くず、氎は党郚抜かれおいお、济槜内は軜く拭き䞊げられおいるようだった。節匘は服を脱いで济槜の䞭に入り、カヌテンを閉めお、シャワヌのコックをひねった。最初に冷たい氎が出お、ほどなくしお埐々に枩床が䞊がっおいく。

 節匘は埌悔しおいた。それず同時に、意倖にも现かいこずを気にしない質らしい宗に感謝した。

「キモすぎんだろ」

小声で぀ぶやいた。ティッシュで拭っおやるたでは、倚少距離は近いかもしれないが、ない話ではない。唇に觊れるのはやりすぎだ。しかも、倧の男が二人、芋぀め合っお。 節匘は固く目を぀むっお、先ほどのこずはもう考えないこずにした。ざっず頭ず䜓を備え付けのシャンプヌずボディヌ゜ヌプで掗い、アメニティのタオルで䜓を拭いお、Tシャツは倉えお、ズボンは先ほど脱いだものをたた着た。

 济宀から出お、居宀に向かうず、宗がパッず顔を䞊げた。

「やっぱり海が近いから、海鮮がうたいみたいだよ。歩いお五分のずころに居酒屋があるから、今日はそこで食べよう

」あっち、ず居酒屋の方角らしき方向を宗が指さす。

 こんなにはしゃぐ奎だったか、ず節匘は思った。倧孊にいるずきはもう少し萜ち着いおいお、他の人間の話を静かにうんうんず聞いおやり、い぀も薄く埮笑んでいた。旅はただ初日だずいうのに、既に宗の新しい面が次々に発掘されおいる。そのたびに、節匘の胞は今たでに感じたこずのない、䞍快ずも蚀えない、どちらかず蚀えば快感ずすら蚀えるような違和感で埋め尜くされおいた。 䜕も蚀わなくなった節匘を芋お、宗は䞍思議そうに蚀う。

「魚はあんたり奜きじゃないちょっず歩くけど、焌き肉屋もあるよ」

ここ、ず蚀いながらスマヌトホンをトットッず音を立おおタップしお、口コミサむトを衚瀺させお節匘の目の前に画面を向ける。

 「 いや」

節匘は宗をじっず芋぀めたたた、溜息ずずもに声を出した。

「海鮮行こう。俺、海鮮奜きだよ」

蚀いながら立ち䞊がるず、宗は笑顔になっお、「よかった、行こう」ず蚀った。

 旅の移動はすべお自転車で、䞀日に二十キロから五十キロ移動した。途䞭芳光地に立ち寄っお割高な食べ物を食べ歩きしたり、明らかにデヌトスポットであろう堎所にTシャツに短パンのよれよれの男二人で入り蟌み、意倖にも楜しいず蚀い合ったりした。

 宗の日焌けは二日ほどで完治し、服から出おいる郚分にサンオむルを塗っお、その埌少し考えお「䞊裞で自転車乗っおもいい」などず蚀うものだから、「それやるなら癟メヌトル離れろ」ず節匘が返しおご砎算になった。その代わり、少し自転車を挕いで人でごった返す海氎济堎に立ち寄り、レゞャヌシヌトの䞊に海パンで寝そべった宗にサンオむルを塗っおやっお䞀日䞭肌を焌いた。節匘は始めの䞉十分ほど隣に寝そべっおいたが、早々に飜きお䞀人で海で泳いだ。たたに戻っおきお、魚の干物のように宗をひっくり返す。途䞭海の家で買った具の少ない焌きそばずカレヌを二人でそれぞれ食べお、たた離れおそれぞれに過ごす。

 四回目に宗をひっくり返そうず、節匘が海から䞊がったずき、宗が若い女性二人に話しかけられおいるのが芋えた。なんずなく立ち去ろうず思ったが、宗に芋぀かるほうが早く、手を振られた。

 仕方がないので砂浜を螏みしめお近づいおいくず、女性たちが「あの子」「ぞえ、かっこいいね」「怒られちゃうもう行こっか」ず口々に蚀いながら、女性たちは宗に向かっお手を振り、節匘に向かっお軜い䌚釈をしお、きゃはきゃはず笑いながら小走りで去っおいった。

 膝を䞉角に折り曲げお座る宗のもずぞ節匘がたどり぀いた。

「逆ナンか」

「うん」

「それにしちゃ、すぐはけおったな」

「あの人たちには申し蚳ないけど、そんな気分じゃなかったからよかった」

これ、あの人たちがくれたよ、ず宗が節匘にラムネを手枡した。節匘はラムネ瓶に焌きそばを食べた埌の割りばしを突っ蟌んでビヌ玉を萜ずし、噎き出す炭酞を口で受け止めた。

「なんお蚀ったんだ」

炭酞が萜ち着いたのを芋蚈らっお口を離し、宗に問いかけた。宗は節匘のほうをじっず芋お、あの、錻に皎の寄った倉な笑顔を芋せた。

「圌氏ず来おるっお蚀った」

ラムネに口を぀けかけおいた節匘は驚愕しお目を芋開き、自分の分のラムネを、節匘の真䌌をしお匷匕に開けお炭酞を噎きこがしお手をべたべたにしおいる宗を芋やった。

「だから俺たち、今ゲむカップルだよ」

むヒヒ、ずでも声を䞊げそうな顔で宗が蚀った。

「お前なあ 」

呆れた颚を装いながらも、節匘の内心では感情があちらこちらぞ暎れおいた。ごたかすためにラムネを䞀気に飲み干す。もうここたでくるず、節匘はその感情の正䜓が䜕なのか、いい加枛理解しおいた。そしお、たさかこい぀は俺の気持ちを俺より先にわかっおいお、からかっおいるんじゃないだろうな、ずいう疑念も沞いた。

 節匘は、自分が宗に恋をしたこずを自芚した。節匘はそれを自芚する前から、もはや宗に察しおの客芳的芖点は皆無で、宗のあの、悪戯が成功したずきの倉な笑顔も、たたに芋せる幎䞊ずは思えないガキっぜさも、あの日ホテルで芋たただらに赀くなった肌も、すべお無意識に蚘憶に焌き付けおは、寝る前や自転車を挕いでいるずき、䞀人で颚呂に入っおいるずきに無意識に反芻し、宗が自分に向けた奜意的な芖線や䌚話を、脳内で䜕床も繰り返し再生しおいた。そしお今、宗が䜕かアクションを起こしたずきに、オヌトマチックに起こる反応ずもいえる自分の心の動きの原因が䜕だったのかに気づき、玍埗した。 同時に少しの絶望があった。自分が男を奜きになったこずぞの戞惑いがあった。

 節匘が宗の邪気のない笑顔を芋お思ったこずは、この恋を成就させるのは早々に諊めようずいうこずだった。むしろこの気持ちを抱えたたた、ずっず友達でい続けるこずのメリットばかりを考えた。男同士の友情はきっず匷いだろう。こうしお二人で旅をするくらいなのだから、きっず倧孊を卒業しおからも連絡を取り合っお、たたに飲みに行くくらいはするかもしれない。その間に宗が他に女を䜜り、別れおも、萜ち蟌むかもしれない宗の話を聞いおやっお、気にするなよ、女なんおお前ならより取り芋取りだず笑っおやるのだ。友情に、恋情ほどはっきりずした切れ目が存圚するずは思えなかった。長いこず離れ離れになったずしおも、関係が断絶さえしなければ、宗が節匘の存圚など忘れおしたっおも、ある日ひょっこり「元気か」ず連絡をよこせばいい。そこから昔の友人だず懐かしみ合いながら、たた関係を再開させればいい。 節匘はただ、宗ずこれからもできるだけ䞀緒に居お、話したり、宗が笑っおいるのを眺めおいたいず思った。それ以䞊をはなから諊めた。

「ごめん、冗談だよ」

呆れた物蚀いから無蚀になった節匘を芋お、宗が困ったように苊笑した。

「いや、違う。勿䜓ないこずしやがんなっおな」

「はは、ワンチャン狙っおた」

咄嗟にごたかしお、倱蚀だったかもしれないず少し焊ったが、宗が節匘の発蚀を気にした様子はなかった。

「焌けた」

宗がサンオむルで少し滑らかに光る腕を節匘のもずに差し出す。節匘が自分の腕を宗の腕ず平行に差し出しお䞊べた。

「2分焌いたトヌストっお感じだな」

「よし」

宗は焌けづらい肌質ながら、連日カンカン照りの倪陜の䞋自転車を挕ぎたくったおかげで初日のような生癜さはなくなっお、健康的な肌色になった。普段はTシャツの䞋に隠れおいる胎䜓も、䞀日念入りに焌いたおかげで、腕ほどではないがうっすらず肌の色が濃くなっおいた。

 時刻はもう倜だが、ただ日が完党に萜ちず、空はオレンゞず薄玫のグラデヌションを描いおいる。

「せっかくだし海、入ろうかな」

「競争するか自由圢で」

「無理、俺泳げない」

 そういえば宗は北囜出身だった。息継ぎができないのか浮かぶのはず次々質問を投げるず、宗はすべおに銖を暪に振った。

「浮きたい」

宗が真剣な顔で蚀ったのに節匘が思わず笑っお、じゃあ浮けるようになるか、ず蚀った。

 二人は䞊んで、日の沈みかけおいる海に向かった。倪陜光を遮るものが䜕もなくお、思わず目を现める。この時間になるず、家族連れが撀収し、人の波も萜ち着いおいた。

 ざぶざぶず海を進み、海面がみぞおちくらいの高さの深さたでくるず、宗は怯えの䞭に興奮が混ざったような顔をした。

「仰向けに浮くや぀がやりたいんだよ。映画でよく芋るや぀」

宗は䞡手を広げお蚀った。

「じゃあ、たずは俺が䞋に手を入れお支えずいおやるから、ずにかく䜓をたっすぐにしろ。ぞっぎり腰になるな」

「わかった」

節匘が宗の偎面に立ち、宗の肩を抌す。宗は節匘に導かれるたたに䞡腕を広げたたた埌ろ向きに倒れた。節匘は、宗の腰の䞋に手を入れ、氎面䞋たで持ち䞊げた。うわ、ず宗が小さく声を䞊げる。足が完党に地面から離れたのを芋お、節匘は頭の䞋にもう片方の手を入れた。

「顎を匕くな。頭は埌ろに䞋げる感じで、䜓の力を抜くずうたいこず浮ける」

蚀われるたた、宗が無蚀のたた䜓制を敎える。動きが止たったのを芋お、離すぞ、ず声をかけお節匘が手を離す。ず、同時に宗の腰が折れお海に沈んでいった。

 勢いよく宗が氎面に飛び出しおきお、海氎でびたびたになった髪をかき䞊げ、顔を手で拭った。

「難しい」

「すぐ慣れるよ」

「もう䞀回」

宗が今床は自分で埌ろに倒れおいく。節匘はすかさず先ほどず同じように頭ず腰の䞋に手を入れお支えた。宗が「いいよ」ず蚀っお、節匘が手を離し、宗はたた沈んだ。それをあず䞉回繰り返した。

 五床沈んで、六床目の挑戊で、宗は海面に浮かんだ。

「あ、やった」

 宗は䜓に力が入らないように静かに呟いた。ちょうど日が沈み切る盎前のこずだった。

 わずかに残った倪陜の光が氎面を蟿っお宗の瞳を照らす。氎の䞭でふわふわず浮かぶ宗の髪たで倪陜の光が筋になっお届いおいた。髪が氎に流されお揺れるたび、わずかに色を倉え、ぷかぷかず浮かぶ宗の、氎に぀かった顔や䜓を薄く芆っおいる産毛が金色に茝くのが芋えた。

 矎術通で芞術䜜品でも芋おいるようだ、ず節匘は思ったが、それはさすがに恥ずかしいず、即座に自分の考えを华䞋した。氎䞭からもその姿を芋おみたくなっお静かに朜っおみたが、その瞬間宗が倧きな泡を立おながら沈んできたので、節匘は宗ず同時に氎面に顔を出した。

「今、なんかしようずした」

宗が節匘に向かっお蚀うので、「ただ芋おたかっただけだ」ず匁解しようずしたが、それはそれでどうなんだず思い盎し、ただ笑っおごたかした。

 日が沈んだ埌、宗ず節匘は二人で海に浮かんでいた。宗はかなり䞊達し、氎面に浮いたたた話ができるようになっおいた。

「ここらぞんで折り返すか」

 既に旅を始めお䞃日が経っおいた。予定よりも移動した距離は短かったが、節匘はこの旅にかなり満足しおいた。

「もう半分たったのかあ」

力の抜けた声で宗が返す。氎の流れの音が耳に盎接入り蟌んできお、遠くでBBQを楜しむ集団の声がかなりうすたっお聞こえた。

 穏やかな波に揺られ、二人はゆらゆらず揺れた。 節匘は、宗の手に觊れたいず思った。ラッコは流されないために手を぀なぐらしいずかなんずか、わけのわからないこずを蚀っお、手を぀ないでしたおうかず思った。ふざけお、なんだよ嫌なのかよ、俺たち今ゲむのカップルなんだろ、ず笑いながら。

「そろそろ䞊がるか」

「そうだね」

蚀っお、節匘は宗が地に足を぀けお立ち䞊がっお、浜のほうぞ向かい始めるのを芋おから、自分は海の䞭に少しだけ沈んで、暗い海の䞭にわずかに芋える滲んだ宗の埌ろ姿を少しだけ芋おから、地に足を぀けお、砂を螏みしめお、宗の埌をゆっくり远った。 節匘は、この旅が氞遠に続けばいいのにず思った。

 行きは比范的海沿いを通ったので、垰りは内陞を巡るこずにした。自然公園や小さな動物園、有名な店ではなく地域に根差した食堂で食事をずった。たたにスマヌトホンで景色の写真を撮る぀いでに、お互いの写真も撮った。途䞭節匘の自転車のチェヌンが倖れお四苊八苊しおいるず、意倖にも宗が噚甚に盎しお芋せた。二人で手に黒いオむルの汚れを付けお、取り切れず、そのたた自転車のハンドルを黒くした。倜には、寝静たったころを芋蚈らっお、節匘は寝返りを打っお宗のほうを向いお、䜕分か宗の寝顔を眺めおいた。 昌ず倜を繰り返し、旅は終わった。



 旅から垰っおきおも、宗は実家ぞは垰らないようだった。故郷から遠く離れお䞋宿しおいる近蟺を散策するのだずいう。 節匘は、高校時代からの友人である加藀に久々に䌚うこずにした。堎所は実家近くのファミレスで、ここは高校時代にドリンクバヌで䜕時間も粘っお、他愛もない話をした堎所だ。 先に぀いた節匘は四人掛けの垭に腰かけ、加藀を埅った。十分ほど埅っお加藀はやっおきた。髪が茶髪になり、県鏡はコンタクトになっお、少し垢ぬけおいた。

 「おう、久しぶり」

「あっちゃん元気だったか」

めちゃくちゃ焌けおるなず蚀いながら加藀は察面の座垭に座り、立おおあったメニュヌを手に取りテヌブルの䞊に広げた。もうなんか頌んでるず蚀いながら加藀は真っ先にデザヌトのペヌゞを開いた。高校時代から、加藀は癜玉の乗ったキャラメルパフェを毎回食べおいた。色ずりどりの甘味が広がるペヌゞを䞀通り眺めおから、やっぱり加藀はキャラメル癜玉パフェを指さした。

「お前は」

「俺ハンバヌグプレヌト」

「おっけヌ」

手慣れた様子で加藀が店員の呌び出しボタンを抌し、キャラメル癜玉パフェずハンバヌグプレヌトのセットを頌んだ埌、い぀出したのか、流れるようにドリンクバヌのクヌポンを二枚、店員に差し出した。

「倧孊どう圌女できた」

加藀はうきうきの衚情でテヌブルに肘を぀いお少し前に身を乗り出した。

「いや、できおない」

「俺、できたんだよ぀いに」

加藀は恋倚き男だったが、高校時代は終ぞ良瞁には恵たれなかった。倧孊に入り、髪を染めお県鏡をはずし、倚少芋た目が良くなったのが功を奏したらしい。もずもず加藀は明るくいいや぀だ、ず節匘はうなづいた。

「それでそんなに機嫌がよかったんだな」

「そうなんだよちっちゃくっおさあ、可愛いんだよ」

写真芋るず、加藀は頌んでもいないのにスマヌトホンの画面を節匘に芋せる。ロック画面には付き合っお間もない圌女ずのツヌショットが映し出されおいた。

「ふっ、お前、めちゃくちゃ顔にやけおるな」

「そりゃにやけもするっお」

りフフず声を出しお笑いながら、加藀は圌女ずのなれそめを話し始めた。加藀は倧孊に入孊し、意気揚々ずサヌクル勧誘の人混みに突入し、掟手なスポヌツ系やアヌティスティックな文科系がひしめく䞭、端のほうで長机ず怅子に腰かけたたたのオカルト研究䌚を芋぀けた。オカルト研究䌚ず蚀っおも、郜垂䌝説、過去に起きた凶悪犯眪、カルト宗教、心霊珟象、怜玢しおはいけない蚀葉、マダ文明、宇宙ずの亀信 など、ずにかくダヌティヌで眉唟の぀いたようなテヌマに぀いおあれこれ語りあう研究䌚だ。異様な雰囲気に誰も寄り付かない䞭、加藀は嬉々ずしお入郚した。そんな加藀を芋お、埌から入っおきたのが加藀の圌女だった。そこからあれよあれよずいう間に二人の仲は急接近し、今に至るずいうわけだ。

 加藀は性栌も明るく人圓たり自䜓には党く問題がなかったが、その趣味が人から理解されなかった。そのため高校時代は、「明るくお面癜いけど、趣味がキモむ」ずいう理由で女子から振られたくっおいたのだ。趣味を理解し、同じ趣味を持った女性が珟れれば恋が成就する、ずいうのはある意味圓然の結果だったのかもしれない。

 加藀は節匘に向かっおこれは氎族通に行った時で、これはお匁圓䜜っおくれた時のず゚ピ゜ヌドを次々ず玹介しながらカメラロヌルを遡っおいく。この時こんなこずを圌女が蚀った、それに俺がこう返したら、圌女が可愛く笑った。その繰り返しにいい加枛うんざりしおきた頃に、ハンバヌグプレヌトのセットが運ばれおきた。加藀に目配せをされお、カトラリヌケヌスから箞を取る。軜く手を合わせお、ハンバヌグを箞で小さく割り、少し息を吹きかけお冷たしおから口に入れる。すかさずラむスも箞でわしっず掎んでそのたた口に入れた。久々のファミレスのハンバヌグに舌錓を打っおいるず、加藀のずころにもキャラメル癜玉パフェが運ばれおきた。加藀はスマヌトホンで写真を撮っおから、䞀緒に運ばれおきた柄の長いスプヌンでパフェを食べ始めた。しばし無蚀になる。加藀はパフェを、最初から最埌たでアむスを溶かさずに食べたい人間だった。そのため、加藀ずファミレスに来るず、互いに無蚀で食事をかきこむ時間がしばしば生たれるのだ。

 二人がそれぞれの食事を食べ終えたのは、ほが同時だった。氎を䞀気に煜っお䞀息぀いたずころで、でず加藀が話を切り出す。

「そっちはどうなんだよ。サヌクルずか 友達できたか」

加藀は明るい口調ながらも、どこか心配そうな面持ちで蚀った。

 節匘は、高校時代䞀匹狌で、浮いおいるわけではないが、特別芪しくしおいるのは加藀くらいのものだった。䞍愛想な態床が、呚りを近寄りがたくさせた。

「䞀人、仲良くしおるや぀がいる。先週たでそい぀ず自転車で旅行しおたんだ」

「ぞえヌっ」

加藀は目を芋開いお喜んだ。

「写真ずかないの」

「ある、旅行の時のが 」

蚀いながらスマヌトホンのカメラロヌルをさかのがる。颚景ばかりがおさめられた䞀芧をくたなく芋おいるず、ぜ぀ぜ぀ず宗の写真が衚れ始めた。䞀番よく撮れおいるず思う写真を遞んで、スマヌトホンを加藀に向けおテヌブルに眮く。

「こい぀」

「ぞえ、なかなかむケメン」

「だろ」

やっぱりみんなこい぀の顔がよく芋えるんだ、ず節匘は笑った。

 節匘は恋を自芚しおからずいうもの、自分が䞋しおいる宗ぞの評䟡が、果たしお本圓に客芳的な刀断をもっお行われおいるのか、疑問に思っおいた。加藀の䞀蚀で、自分の宗に察しおの評䟡の劥圓性の蚌明を埗たず思った。

「むケメンっお意倖ず平均的な顔っお蚀うよな。既芖感あるし」

「確かに、芞胜人でたたに䌌おる顔ずかいるしな」

加藀は写真の䞭の宗をしげしげず眺めながら、むケメンでしかも優しそうな感じするな、ず蚀った。

「確かにそうだな。ああ、二歳幎䞊なんだよ」

「え浪人」

「受隓自䜓は今回が初めおらしい。䞭孊だったか高校だったかでなんかあったんだず」

「ぞえ、苊劎しおんのかな」

「さあ」

それから節匘は加藀に察しお、宗のこずを話した。第䞀印象は萜ち着いおいるず思ったが、意倖ずガキっぜいずころや、間抜けなずころがあるこず。北囜の出身だからカナヅチであるこず。女性にモテるが、あたり興味がないのかい぀も自分ず䞀緒にいるこず。旅の道䞭で起こったこず。

 次から次に話題が出おきお、節匘は䞀旊氎を飲んだ。途端、頭が冷えお、これでは先ほどの加藀ず同じではないかず気たずく思い、加藀のほうを芋やるず、加藀はにやにやず嬉しそうに笑っおいた。

「そんなに仲のいいや぀ができるなんお、あっちゃん」

頬杖を぀きながら加藀が粘っこい声で蚀う。

「次は圌女だな」

「うるせえな」

俺にずっおは同じようなもんだ、ず節匘は心の䞭で思った。そしお絶察にかなわない恋であるこずを思い出しお、少し気分が沈んだ。 それから二人は高校時代のように他愛のないこずを話しお、二時間ほど過ごし、加藀がバむトだずいうのでその日は解散した。

 節匘は倏䌑みはそのたた免蚱取埗のための合宿で、旅行以降宗に䌚うこずはなかった。



 倏䌑み明け、氎曜の二限から授業が始たった。久々に宗に䌚うず、少し肌の色が戻っおはいたものの、倏䌑み前よりは焌けおいた。案の定、女子孊生から「宗くん焌けたね」ず話しかけられおいた。

 宗のずころに行くず、宗に話しかけおいた女子は節匘の方を芋お、「本田くん比べものにならないくらい黒くなっおるじゃん」ず倧声で笑った。それたで埗意な顔をしおいた宗は、少しムッずした顔をした。

 埌期では、工孊郚、理工孊郚合同の総合講矩が甚意されおいる。幎によっお内容は様々で、今幎の内容はただシラバスにも茉っおいない。節匘は宗の隣の垭に䞊んで座り、倏䌑みの間のこずを話した。

「加藀っおや぀がいお、そい぀がお前にも䌚っおみたいっおさ」

「ぞえ、嬉しいな」

宗はにこやかに答えた。そのうち、担圓の教員が入っおきお、マむクを手に取り、講矩の説明を始めた。

 「今幎の総合孊習は、チヌム開発です。幌皚園に通う子䟛たちが喜ぶおもちゃを自分たちで蚭蚈し、開発、動䜜テストを行い、最埌には実際に幌皚園に行っお、子䟛たちず䞀緒におもちゃを䜿っお遊んでもらいたす」

講矩宀が䞀気にざわ぀いた。節玘はなんずなしに宗のほうを芋た。宗は党おの感情が抜け萜ちたような顔しおいた。

「おい、どうした」

「俺、この授業受けない」

「は必修だぞ」

「来幎受けるよ」

それだけ蚀っお、宗は足元に眮いおあったバックパックを匷匕に匕き䞊げるず、垭を立っお講矩宀を出おいった。呚りにいた孊生が「え」「宗くん子䟛嫌い」などず小さく声を䞊げるも、講垫は気にするこずもなく、講矩は滞りなく進んでいった。節玘はその堎に取り残されたたた、宗の䞍可解な反応に呆然ずしおいるだけだった。

 昌䌑み、節玘は宗が食堂に䞀人でいるのを芋぀けお駆け寄った。

「お前さっきどうしたんだよ 」

「  」

宗は黙りこくったたただ。

「子䟛そんなに嫌いなのか」

「 うん」

やっず䞀床頷くず、宗は぀ぶやく。

「小さい子は、どうしおも駄目なんだ」

「そうか 」

節匘には匟がいる。だから小さな子䟛の扱いには慣れおいる。宗はどちらかずいうず受け身なタむプに芋えたから、子䟛に振り回されるのは案倖苊手なのかもしれないず、節匘は解釈した。

「たあ、毎幎内容は違うらしいから。去幎サボっお萜ずした先茩が同じグルヌプにいたけど、その人が䞀幎のずきは飛行機䜜っお、長い距離飛ばしたチヌムに加点だったっお」

だから、子䟛が嫌なら来幎たで埅おばいい、ず節匘は宗に声をかけた。宗は今床は声に出さずに頷いた。

 少し経぀ず宗の顔色も戻り、䞀緒に昌食をずった。

 節匘は、宗の家族のこず、倧孊以前の友人のこず、なぜ二幎遅れお倧孊に入孊したのか、䜕も詳しいこずを知らなかった。宗の倉な癖や、慣れるず無邪気な䞀面を芋せるこず、肌が焌けづらいこず、肉よりも魚を奜むこずは知っおいるのに、いたっお普遍的な情報は䜕䞀぀開瀺されおいないこずに気づいた。

 高校を卒業しお二幎間はいったい䜕をしおいたのか。働いおいたのか、それずも家にいたのか。

 節匘は宗に぀いお䜕も知らない。

「お前、兄匟ずかいるのか」

知りたかったので、聞いた。ただ宗のこずを知りたかった。

「兄匟いない。䞀人っ子」

「ふうん」

なんずなくわかる気がした。人ず距離をずっおいるくせに懐くずずっず埌を぀いおくるずころずか、甘えられる人がずっずそばにいた人間に倚い気がした。

「高校のずきの友達ずか、面癜いや぀いた」

「高校行っおない。高卒認定受けお、倧孊受隓した」

「え」

節匘が思わず声を䞊げたのを、宗は暪目で芋お目を䌏せた。

「病気ずか」

「そういうんじゃないけど」

「なんで」

「色々あっお」

「色々っおなんだよ」

「色々は色々だよ」

「蚀えないようなこずなのか」

「なんでそうなるの」

節匘の胞に苛立ちが募っおいく。制服代や教科曞代が払えなかったずか、䞭孊時代に玠行が悪く高校受隓をしなかったずか、考えうるこずはいくらでもあったが、節匘はそんなこずで宗を軜蔑しない自信があった。苊劎したんだなず肩を叩いおやりたいのに、䜕も蚀わない宗に、自分が軜んじられおいるような気がした。

「いいだろ、別に」

宗も同じく、苛立っおいるようだった。これたで終始穏やかだった宗が初めお芋せる顔だった。

「蚀いたくないんだ」

節匘は、小さな声で蚀いながらそっずこちらを芋぀めおくる宗に察しお、「なんおずるいや぀なんだ」ず心の底から思った。しおらしく蚀えばこちらが折れるず思っおいる。そしお自分はその思惑通りに折れるのだ。䞀人っ子らしい手口だ、ず節匘はため息を぀いた。

「わかったよ 。ずけずけ聞いお悪かった」

宗は少し笑っお、いいよ、ずだけ蚀った。秘密くらい誰にでもある。自分にだっお、知られたくないこずなど山のようにある。それが宗にずっおは高校に行かなかった理由だ。節匘はそう玍埗しお、それから普段通りに過ごした。

 九月が終わり、少し肌寒くなっおきたころ、加藀から「あの友達に俺も䌚いたい」ずメッセヌゞが来た。宗に䌝えるず、嬉しそうに頷いた。日曜日に、節匘ず加藀がい぀も䜿うファミレスで萜ち合うこずにした。節匘ず加藀は倧䜓ファミレスで遅めの昌食をずり、その堎でこれからどう過ごすかを決めるので、今回もそうなるだろうず宗に蚀い、宗は了承した。

 そしお予定の日曜日、節匘は宗を連れお䟋のファミレスに向かった。店内を芋るず、珍しく加藀が先に来おいお、メニュヌも䜕も眺めず、テヌブルの倩板を芋぀めおがんやりずしおいた。

「おう、珍しいな」

「あっちゃん」

加藀がパッず顔を䞊げ、節匘を呌んだあず、斜め埌ろにいる宗を芋やっお、叫んだ。

「お、おぉやはりむケメン」

「バカ、なんでそんな声デカいんだ」

「初めたしお」

宗がにこやかに挚拶をするず、加藀も「はじめたしおぇ」ず絶叫した。節匘が思わず加藀の頭を叩くず、パスン、ず小気味のいい音が出た。節匘ず宗が加藀の察面の座垭に座る。䜕か頌んだかず節匘が尋ねるず、加藀はブンブンず倧げさに銖を暪に振った。い぀ものパフェでいいかず節匘が蚀うず、加藀は倧きく䞀床頷き、その動䜜に宗が小さく笑った。

「えヌず、内田さんはご出身はどちらですか」

「岩手です。ため口でいいよ。幎䞊だけど同玚生だから」

「あっあヌ、はい、わかりたした」

「ため口でいいっ぀っおんだろ」

たるでお芋合いのような質問が続く。

「兄匟はいるのどこに䜏んでたの岩手のどこ」

「兄匟はいないよ。䜏んでたのは、蚀っおもたぶんわからないず思うけど、10月には雪が降るよ」

「ぞぇ」

「お前、なんか緊匵しおんのか」

「しおないしおない」

やたらずオヌバヌなリアクションをする加藀に察しお、節匘が呆れお声をかける。

 その時、泚文しおいたパフェず、宗の和定食、節匘のステヌキプレヌトが垭に届いた。節匘が「じゃあ、䞀旊食うか」ず声をかけ、「うん」ず宗が返事をする。加藀はパフェ甚のスプヌンを手に取りながら、尚も宗に質問をし続ける。

「今二十歳っおこずは、䜕幎生たれになるの誕生日い぀」

加藀はパフェのおっぺんのアむスを少しスプヌンですくっただけで、口に運ばずひたすら宗に蚀葉を投げかけた。

「2002幎の四月䞉日だよ」

「ぞえ早いんだ」

「そう、ふふ」

加藀はスプヌンに茉ったたただったアむスをやっず口に運んだ。その埌も質問攻めは続き、結局加藀はどろどろになったアむスやらクリヌムやらが混ざったフレヌクを最埌に䞀気に掻きこんでいた。加藀は䞉千円を財垃から出すず極めお明るい口調で蚀った。

「これ今日俺の奢りだから、残ったらゞュヌスでも買っお」

「はおい、もう行くのか」

「うん、ごめん、圌女に呌ばれおるから。さそったのにごめんおこずで、お詫びの奢り」

加藀はあわただしく垭を立぀ず、「じゃ」ず蚀っおそのたた店から出お行っおしたった。

 テヌブルには加藀の残した氎の入ったコップが汗をかいお氎たたりを䜜っおいる。結局䞀口も口を぀けず、宗に質問ばかりをしお、嵐のように去っおいった。

「たああい぀、お前の写真芋おむケメンだっお隒いでたから、色々知りたかったんだろ」

なんずなく怜蚎を付けお、節匘は加藀が座っおいた座垭に移動した。

「これからどうするただ時間あるし、どっかぶらぶらするか」

「そうだなあ 」

宗が少し考え始めたずき、節匘のスマヌトホンに加藀からのメッセヌゞの着信があった。忘れ物かず思い、メッセヌゞアプリを開くず、短く「内田くんず別れたら連絡くれ」ずあった。その埌、「この連絡は内田くんには内緒で」ず続いおいた。

 䞍可解に思いながらも、「わかった」ずだけ返事をしお、節匘はポケットにスマヌトホンをしたい、その埌の時間を有意矩に宗ず過ごすために、呚りにある建物や斜蚭を思い浮かべた。

 節匘ず宗が別れたのは二十䞀時を回ったころだった。たず映画に行き、次に喫茶店でダラダラず映画の感想を蚀い合い、それにも飜きおゲヌムセンタヌでいく぀かの筐䜓で遊んだ。普段ならここからさらに倕食をずっお、宗の家に泊たりでもするだろうが、明日は䞀限から授業があるため、日付を超えるたで遊ぶのはたずいず、早めの解散ずなった。

 節匘は加藀ずの玄束を思い出し、「今別れた」ずメッセヌゞを送った。二分埌に既読が぀き、「ファミレスにいるからすぐ来お」ず返事が来た。

 「なんでだよ」ずぶ぀ぶ぀文句を蚀いながらファミレスに戻るず、入り口に加藀が立っおいた。昌間ずは打っお倉わっお神劙な面持ちをしおいる。「ちょっず歩こう」加藀が節匘に蚀った。拒吊しおはいけないような気がしお、節匘はうなずく。

 十分ほど無蚀のたた歩いお、公園にたどり着いた。街頭があるものの暗く、異様な雰囲気を醞し出しおいる。加藀がベンチに座ったので、節匘も人䞀人分隙間を開けお隣に座る。

「 おい、なんだよ。どうした」

節匘が無蚀に耐え切れなくなっお加藀に尋ねた。加藀は昌間ずは打っお倉わっお静かな様子で呟いた。

「内田くん、内田くんじゃないぞ」

「は」

「内田くんお名前じゃない。内田くんお名前じゃないっおいうか、もずもず内田くんじゃない」

加藀が蚀葉を倉えお䜕床も同じこずを蚀う。しかし節匘は理解ができなかった。加藀は続けお蚀った。

「芪が離婚しお、母芪の旧姓の内田になっおる。もずもずは和泉宗だよ」

だからなんなんだ、ず節匘は蚀いかけた。しかしその前に䞀぀疑問がわいた。今日の怒涛の問答の䞭に、芪が離婚しおいるかどうかは含たれおいなかった。

 なぜ加藀が宗の旧姓をしっおいるのだろう。節匘は蚀い知れない䞍気味さを感じた。嫌な予感がした。

「これっ 」

加藀が震える手でスマヌトホンを操䜜し、ある画面を開いお節匘に差し出した。

「 䞭孊生男子、幌児殺害事件 」

意味が理解できなかった。正確には、なぜ加藀がこの画面を芋せおきたのかわからなかった。

 加藀は泣き出しそうな声で蚀った。

「俺ッ、芋たこずあったんだよ。あい぀の顔。どこかで芋たこずあるず思っお、そしたら、六幎前にあい぀、五歳の男の子レむプしお殺しおるんだよ」

必死の圢盞で喚く加藀に、節匘は「䞀旊萜ち着け」ずだけ蚀っお、加藀が枡したスマヌトホンの画面を食い入るように芋た。「殺人犯の顔」ずいう芋出しで、䜓操服を着た䞭孊生の男子の画像が衚瀺されおいる。

 芋間違えるはずもない。そこにいたのは、少し幌くなった宗だった。

 2016幎の十二月、岩手の降り積もった雪の䞭から、五歳の男の子の死䜓が発芋された。雪に冷やされお腐敗が少なく、蚌拠も残っおいた。 逮捕されたのは䞭孊二幎生の男子生埒だった。被害者の男の子ず男子生埒は近所に䜏んでいお、普段から仲が良く、よく男子生埒が男の子ず遊んであげおいるのを近所の䜏人が倚数目撃しおいた。 男子生埒はあるずき男の子をレむプし、銖を絞めお殺害したこずが、男の子の䜓内に残った男子生埒の䜓液ず、銖の圧迫痕から明らかになっおいるヌヌヌ

 䞀通り事件の抂芁を読んで、䜕かの間違いではないかず蚘事を疑った。加藀にスマヌトホンを返し、今床は自分のスマヌトホンで「和泉宗」ず怜玢した。 同じ蚘事がTOPに衚瀺され、次いで他にもアフィリ゚むト目的であろう䌌たようなWEBサむトが䞊んで衚瀺された。

 和泉宗の顔写真、性栌、黒歎史、ペドフェリアの実䜓、珟圚の姿ヌヌヌ。色ずりどりの芋出しが躍る。

 ぐらぐらず目の前が揺れた。

「 こんなの嘘だ」

「あっちゃん、気持ちはわかるけどもう関わらないほうがいい」

「あい぀がこんなこずするはずない」

「あっちゃん」

「加藀、心配しおくれたのは嬉しい。でも絶察おかしい。間違っおる」

「あっちゃん、内田くん嘘぀いおるんだよ」

「そんなの 」

「二幎遅れお倧孊に来た理由、詳しく教えおもらったこずあるか」

「  」

「色々あったっお、蚀っおたんだろ。詳しくは聞いたのか」

 その話は぀い先日詳しく聞き出そうずしお、宗が頑ずしお口を割らなかった話題だ。節匘は抌し黙っお、少ししお䞊を向いお息を吐いた。

「 絶察䜕かの間違いだ」

 節匘には確信があった。人を殺した人間が、あんなふうに笑うものか。

「 話はそれだけか」

「あっちゃん、よく考えろよ 」

「明日早いから、俺はもう垰る」

「もう䌚うのやめろよかかわるの」

痛切な声で加藀が絶叫した。倜の公園の朚々に止たり眠っおいたであろう鳥たちが、その声に反応しお䞀斉に飛び立぀。

「 そのサむトが間違っおるんだよ」

䞀蚀だけを残しお、節匘は公園を埌にした。 加藀はその埌姿をたた呆然ず芋぀めおいた。



 次の日の䞀限、宗は節匘を芋぀けるずい぀ものように隣の垭に座った。

「昚日の映画、俺䞀䜜目芋たこずなかったからネットで芋たよ。䞀䜜目からの䌏線色々匵っおあったのに気づいお面癜かった」

にこやかに笑う宗を芋お、節匘は「やはり宗が殺人犯であるわけがない」ず確信を匷めた。そのうえで聞いた。

「お前、子䟛苊手なのか」

「え」

「子䟛」

その答えは昚日既に宗から聞いおいる。しかし、節匘はどうしおも宗の口から同じ答えを聞きたかった。

「うん 。あ、昚日眮いおったこず怒っおる」

「いや、いい。なんでもないんだ」

そっか、ずほっずした様子の宗を芋お、節匘も笑った。

 ほら芋ろ、殺人犯がこんな颚に人の反応を気にしたりするか。

 笑いながら宗を芋぀めお、宗が「なに」ずたた笑う。「いいや」ず返しお、たた平和な䞀日が始たった。

 十月に入ったが枩暖化の圱響で残暑が厳しい。もう少し涌しくなったらキャンプにでも行こうず二人で話した。たた自転車でず宗が笑うが、レンタカヌ借りよう、ず節匘が蚀っお、近いうちにキャンプ甚品を芋に行くこずになった。 宗はこうしお玄束をするず喜ぶ。宗が喜んでいるのを芋お節匘も心の䞭で喜んだ。 宗の頬を觊りたいず節匘は思った。あの自転車で関東を回った旅の倜のように、海でやった背浮きの緎習のように、宗の䜓に觊れお、それで宗に無邪気に笑っおほしいず思った。実行する぀もりはなかったが、くすぶっおいた思いがどんどん増幅しおいくのを感じおいた。

 加藀ず話しおいる宗は萜ち着いおいお、穏やかで、甘えたずころなど䞀぀もなく、幎䞊然ずしおいた。

 自分ず話しおいるずきは、たるで同い幎か、それ以䞋のような無邪気なふるたいをするこずがある。確実に他の人間より気を蚱されおいる自信があった。今床ふざけお頬でも぀ねっおみようか、ず悪ふざけの予定を立おた。 それから節匘は、宗に関する虚停の情報が曞かれたWEBペヌゞの削陀申請に奔走した。怜玢゚ンゞンの専甚フォヌムを䜿い、肖像暩の䟵害、名誉棄損を理由に次々ず怜玢非衚瀺の申請を行った。

 毎日「和泉宗」のペヌゞを芋た。写真は䜕皮類かあっお、どれも遠足や運動䌚のスナップ写真のようだった。誰かが掲瀺板か䜕かに宗の写真を「殺人鬌だ」ず晒しお、それをみんなが転茉しおいる。嘘の情報に螊らされ、無実の人間の名誉を傷぀けおいる。あたりに滑皜で、銬鹿な奎らだず節匘はWEBサむトの䜜成者をあざ笑った。

 しかし、怜玢゚ンゞンから数日埌に削陀申請に察する返事が来るず、節匘のむンタヌネットの枅掃掻動は䞀気に停滞した。すべお「サむトの管理者に削陀申請を䟝頌するこず」ずいう玠気無い回答だったのだ。

 節匘は憀慚した。

 仕方がないので、䞀軒䞀軒WEBサむトを回り、問い合わせフォヌムを蚭眮しおいるサむトは問い合わせフォヌムから、それがない堎合は隅に蚘茉のあったフリヌメヌルのアドレスから削陀䟝頌を行った。

 お断りの返事があればいいほうで、ほずんどの䟝頌は無芖された。それでもあきらめず、節匘は䜕床もメヌルを送り続けた。 WEBサむトの蚘事は䞀向に消えなかった。

 節匘は絶望した。

 そんな䞭、キャンプの日皋ず、向かうキャンプ堎やら、色々な手配のために䞀床宗の家に集たるこずになった。節匘はいただにWEBサむトの削陀申請を続けおいた。䞀件だけ、怜玢画面から消えた蚘事があったのだ。返事はなかったが、あたりにし぀こく削陀申請が来るので、管理者が折れたものず思われた。節匘は今の手法の有効性を確信した。

 「このキャンプ堎は森に萜ちおる枝、拟っおいいんだっお。でもこっちは有料だけど薪が甚意しおるから、䞀長䞀短かな」

宗がキャンプ堎のWEBペヌゞを芋比べながら節匘に話しかける。互いにベッドに䞊んで座り、ノヌトパ゜コンで近くのキャンプ堎のWEBペヌゞを眺めおいた。既にキャンプ甚のグッズがいく぀か宗の郚屋には眮いおあり、テントはレンタルする予定だ。

「うヌん、そうだな」

節匘は生返事をしながらも、宗の情報が曞かれた悪質なWEBサむトの削陀申請にいそしんでいる。

「どっちでもいいなら、俺枝拟いたい」

「いいんじゃないか」

「䜕芋おんの」

ぐ、ず宗が身を乗り出しお節匘の手元のスマヌトホンの画面を芗き芋た。あ、ず思った時には遅かった。そこには「殺人鬌の名前は和泉宗」の文字が躍っおいた。

「いや、」

「なんでそんなの芋おんの」

節匘が意味のない匁解をしようずしたのに被せるように、宗が固い声で蚀う。

 芋れば、宗は顔面蒌癜だった。

「なんお曞いおあるの」

宗は同じ声で節匘に蚀った。がらんどうな目をしおいた。

「いや 」

「  」

宗は節匘を芋぀めたたた動かない。節匘は声を詰たらせながら宗に向かっお蚀った。

「たたたた、芋぀けお 削陀申請をしお回っおる 」

「なんでなんのために」

「お前が困るだろうっお、思っお 」

「困るなんで」

宗が衚情を倉えないたた節匘に詰問する。こんな宗は芋たこずがなかった。節匘は戞惑った。

「嘘曞かれお、顔たで晒されお、こんなん、ひどいだろ 」

「 俺のこず信じるの」

宗の目に、パ、ず光が灯った気がした。

「 そりゃそうだろ。じゃなきゃこのペヌゞ芋぀けた時点で、瞁切っおる」

「 そうかあ」

「友達、だろ」

「  」

蚀っお、さすがに臭かったか、ず節匘は恥ずかしくなった。

 宗は節匘のほうを向いたたた、䜓を前に傟けお節匘に近づいた。そのたた節匘の銖に腕を回し、節匘の頬ず自分の頬を密着させた。

 宗の枩床ず自分の枩床が頬の䞊で溶け合い、しみ蟌んでいくのを感じお、節匘の心臓は急速に䜓䞭に血を巡らせた。

「うん、そうか、そうだね、節匘は信じおくれるんだね」

ぎゅぅ、ず腕の力を匷めお、宗は巊手で節匘の埌頭郚を撫でた。いいこ、ず耳元で呟いお、節匘のこめかみに自分のこめかみを摺り寄せた。節匘はようやく自分が眮かれおいる状況を理解しお、宗の腰にぎこちなく手を回した。

 時間がゆったりず流れおいく。

 その二人の様子を、棚に食られた゚ンラむガヌのフィギュアが静かに芋぀めおいた。



 キャンプは十䞀月の初めの土日に行った。倏䌑みのうちに取埗した自動車免蚱が早速に圹に立ち、レンタカヌに荷物を積んで、敷地をキャンプ堎ずしお開攟しおいる山に向かった。 

「俺、友達が運転する車に乗ったの初めお」

「そうか」

目をきらめかせながら、宗がお菓子の袋を開ける。宗が節匘に食べるず蚀ったが、運転に集䞭するために断った。こがすなよ、ず蚀うずわかっおるよ、ず宗が返事をした。

「䞀時間半か、運転よろしく」

「おヌ」

節匘はこのキャンプを楜しみにしおいた。幌い子䟛のころのように、楜しみすぎお昚日あたり眠れず、レンタカヌショップに歩くたでの道のりで眠気芚たしのガムを買うほどだった。 長いようで短い道のりを超え、キャンプ堎にやっおきた。車を止め、荷宀のドアを開ける。タヌプずテントは、道のりの途䞭にあったキャンプ堎の受付で借りた。早速テントを立おるため、テントに同封されおいる説明曞を読みながら、力を合わせお蚭営を行う。30分ほどかけお、二人甚のテントを䞀぀立おるこずができた。

 他にテントはない。今日は二人の貞し切りだった。

 タヌプは荷宀のドアにひっかけお、柱を二本立おお垆を匵るだけで枈んだ。キャンプ甚の怅子に腰を掛け、䞀息぀くず、宗が蚀った。

「枝、拟っおこようかな。料理甚に」

「おお、いいな。じゃあ俺は、噚具ずか食材の準備しずくから、行っおこい。迷うなよ」

「スマホ持っおるからたぶん倧䞈倫」

宗は怅子から立ち䞊がり、朚が生い茂る林に入っおいった。

 その間に宗は、キャンプ甚のコンロずテヌブルを蚭眮する。家でたれに付け蟌んだ鶏肉ず、煮お食べる袋めんに、コンビで買ったカット野菜を出す。着火剀をコンロの䞭に入れ、しばしがヌっずする。

 先日、宗に抱きしめられた。宗はきっずあの蚘事や、自分の顔写真が出回っおいるこずを知っおいたのだろう。それで、問い詰めるような真䌌をしおきた。節匘は、あの䞀件以降も、ネット蚘事の削陀申請を行っおいた。あれからさらに䞀件、蚘事が消えた。わずかな収益を生み出す蚘事よりも、し぀こいクレヌムに察応するほうが先決ず考えたのだろう。しかし、以前消えた蚘事も、今回消えた蚘事も、どちらも怜玢順䜍はかなり䞋方の蚘事で、䞊䜍サむトの蚘事はただ残っおいた。しかも、日々新たな蚘事が投皿され続けおいる。

 どうしたものか、ず節匘は悩んだ。

 「信じおくれるんだね」ず宗は蚀った。

 そりゃあ、信じるさ。俺はお前が奜きなんだから。お前がやっおいないこずを、俺が信じるわけにはいかないんだ。

 節匘は䞀人考えながら、青々ず晎れた空を眺める。

 先日宗に抱きしめられ、頬を摺り寄せられたころ、抱き返しおも拒絶されなかったこずが、節匘に自信を䞎えおいた。少なくずも、䜓に觊れ、觊れさせおもいい盞手だず、宗は思っおいるずいうこずだ。きっず、あの蚘事を信じず、宗を信じたこずが信頌を勝ち取った。宗から軜く肩を叩かれるなど、カゞュアルなボディヌタッチはこれたでにもあったが、あそこたで濃密に、互いの存圚を確かめ合うようなスキンシップはなかった。たるで自分から離れるこずを拒むかのように、䞀䜓化しおしたうのではないかず思うほどの長い間、お互い抱きしめ合っおいた。あの時間は䞀生忘れられないだろうず節匘は思った。

 ぐるぐるず䌌たようなこずを考えおいた。気が付くずあたりは薄暗くなっおいた。ランタンを荷宀から出し、電源を付ける。がうっず、柔らかい光が広がった。

 その時、遠くからおヌいずこちらを呌ぶ声がした。芋るず、持っお行ったブルヌシヌトの袋いっぱいに枯れ枝を詰め蟌んだ宗がいた。

 「遅くなっおごめん。意倖ず入るから、぀いいっぱい拟っおしたった」

笑いながら、がさっず音を立おお、枯れ枝入りの袋を地面に眮いた。

「ご苊劎」

「火、起こそう腹枛った」

蚀いながら宗が枝をガサガサず袋から取り出す。節匘はチャッカマンでコンロの䞭の着火剀に火を぀けた。たんべんなく火が回ったのを芋お、「入れおいいぞ」ず蚀うず、宗が枝を空気が入るようにコンロの䞭に重ねおいった。

「火匷いかな」

「ラヌメンだし、気にしなくおいいだろ」

蚀いながら、コンロに網を乗せ、その䞊に二぀ステンレスの取っ手付きのボりルを眮く。暪の隙間に、家で䞋ごしらえをしおきた鶏肉を眮いた。

「味噌ず塩、どっちがいい」

「味噌」

「おっけヌ」

宗はペットボトルからボりルにそれぞれ氎を泚いだ。

「倖でラヌメン食べるの、めちゃくちゃうたそう」

「だな」

ボりルの氎が沞隰したのを芋お、宗がそれぞれのボりルに袋めんを入れる。少し煮蟌んだ埌に、カット野菜も半分ず぀投入した。ぐ぀ぐ぀ず煮蟌みながら、節匘が割りばしで鶏肉を返す。端なので少し火力が匱いらしい。ラヌメンを煮蟌み終わったら䞭心に移動させようず節匘は思った。

「そろそろかな」

コンビニで買った二぀入りの生卵を䞀぀ず぀ボりルに割入れる。そこからきっかり二十秒煮蟌んで、宗が「食べよう」ず蚀った。

 新しく割りばしを二膳出し、二人でステンレスボりルの取っ手を持っお綿をすすった。少し冷えおきた倕暮れ時、倖で食べおいるだけなのになぜこんなにもうたく感じるのか、節匘は䞍思議だった。鶏肉を䞭心に移動させお、たた返す。肉を䞀぀、肉甚に取っお眮いた箞で半分に割るず、䞭がただ少し生だった。

 二人は勢いよくラヌメンを食べ終え、銙ばしく焌きあがった鶏肉にも手を付けた。炭の匂いが銙ばしく、挬けおおいたたれもいい颚味を出しおいた。

「うたい」

宗が蚀った。そうだな、ず節匘も蚀った。䞀通り食べ終えるず、あたりは真っ暗になっおいた。ランタンの光ず、焚火の優しい光が調和しお、あたりは穏やかな雰囲気がただよっおいた。

「星、ただ少ししか芋えないなあ」

「明かりを消せばもっず芋えるかも」

「じゃあ、寝る前に芋よう」

宗が䞊を芋䞊げながら蚀った。二人で食埌のコヌヒヌを淹れ、静かに時間が流れるのを堪胜した。

 節匘は、意を決しお蚀った。

「こないだの 」

「こないだ」

「俺は、お前を信じおるから」

あぁ、ず宗が぀ぶやいた。

 あの日のこずだ。今日、その話も出来たらず思っおいた。隠れおこそこそ勝手なこずをしおすたない、嫌な思いをさせたこずを改めお謝りたかった。嫌な思い出を蒞し返すこずになっおしたうが、やはり本人から盎接話を聞いたほうが、蚘事の削陀もより円滑に進むのではず思ったのだ。

「あれ、なんでお前の写真が䜿われおるんだろうな。実名報道がないからっお、誰かの嫌がらせじゃないのか」

宗から返事はない。

 数秒の沈黙の埌、宗が぀ぶやいた。

「信じおくれお、ありがずう」

コヌヒヌの氎面を芋぀めながら、宗がゆっくりず蚀った。節匘は、圓然だ、ず蚀おうずしたが、その蚀葉をかき消すようにさらに宗が続けた。

「でも」

少し芖線を䞊げ、宗が䞀぀息を吐いた。ただ息が癜くなるような季節ではない。しかし、節匘には、䜕か空気の流れのようなものが芋えた気がした。

「あれ本圓だよ」

聞いお、䞀瞬、癜い靄が節匘の呚りやキャンプ堎䞀垯を芆い぀くしたような気がした。それから埐々に、心拍数が䞊がり、それなのに、䜓枩が䞋がっおいくように感じた。頭から埐々に血の気が倱せおいく。

 「違うだろ」

やっず発した䞀蚀は、情けないほどに震えおいた。

 笑っおくれ。冗談だず蚀っおくれ。そしたら、冗談でもそういうこずを蚀うのはやめろっお叱り飛ばしお、それでその埌笑っおやるから。

 節匘は自分の手が震えおいるこずに気づいた。

「本圓なんだ」

「お前、なんで」

息が苊しい。呌吞をどうやっおいたのか思い出せない。それでもただ瞋りたかった。

「冗談だろ」

宗の目には䜕も映っおいない。

 どんどん、宗の蚀葉が珟実味を垯びおいく。

 ゚ンラむガヌは宗が䞭孊生の時に流行ったヒヌロヌ番組だ。宗の郚屋に食られおいたフィギュアは、おっきり同幎代の友人からもらったものだず思っおいた。被害者の五歳の男の子ず、䜕らかの関係があるずしたら。女性に興味を瀺さなかったのは、自分が優先されおいたのではなかったのだずしたら。幌皚園に行く講矩を攟棄したのは、䜕らかの衝動を抑えるためだずしたら。あの蚘事に曞いおあるこずがすべお、本圓だずしたら―――。

 ぞっずしお、目を芋開き宗を芋た。

 宗は目を閉じおいた。

「幌皚園行かないのはそれが原因か」

支離滅裂になりながらも宗には䌝わったようだった。

「そうだね」

「埌悔しおるんだな」

叫んだ。そうあっおほしいず思った。せめお、取り返しが぀かないのなら、䞀生悔いろ。

 無邪気に笑う宗の顔が脳を揺さぶった。吐き気がした。

 「埌悔、そうだよね 」

宗はもう、取り繕う気はないようだった。もずもず嘘を぀くのが䞋手な質なのか、そういえば、質問に答えないこずはあっおも、それずわかるような嘘を぀かれたこずはないな、ず節匘の頭に残った冷静な郚分が぀ぶやいた。だから加藀の質問にもすべお銬鹿正盎に答えお、こんなにすんなり特定されるのだ。色々質問されお嬉しそうな顔しやがっお。お前は銬鹿だ。 節匘はもう、倧声で泣きたい気分だった。声を䞊げお地面に突っ䌏しお泣きわめきたかった。しかし、なけなしの理性がそれを拒んだ。

「埌悔は、ないかな」

「 は」

信じられなかった。節匘は、目の前に座るこい぀は、昚日たでの宗ずは別人なのではないかず思った。い぀の間にか宗の皮が剥がれお、そっくりそのたたの声やしぐさを持぀人間がその皮をかぶっお、この堎所にやっおきたのではないか。ほら、珟に宗の目はがらんどうで、い぀もの無駄にきらきらした、節匘の心を぀かんで離さないあの目ではなかった。

「埌悔しおない。埌悔したら、党郚嘘になる」

「お前、頭おかしいのか」

取り繕わず、率盎に蚀った。蚀葉をきれいに食る䜙裕などもはやなかった。

「頭おかしいのかよ」

繰り返し蚀う。節匘の目から流れた涙は、空気に冷やされおすぐに冷たくなっお、頬を䌝っおいく。䞀床流れ出した涙はもう止たらなかった。

「信じおくれおありがずうっお、蚀ったろうが」

「うん、嬉しかった」

「嘘぀いたのかよ」

「嘘じゃないよ」

「殺したんだろ、五歳の子䟛、レむプしお」

「 レむプじゃないよ」

宗がゆっくりず節匘の目を芋た。がらんどうの瞳に、焚火の光が灯る。

「合意だった」

「五歳の子䟛だぞ」

「嫌がらなかった」

「殺したんだろ」

「 そうだよ」

節匘の手は尚も震えおいた。

「敊ず俺は、恋人同士だったから 」

「あ぀し 」

嫌な予感がした。

「あ぀しは俺を信じお、䜓を預けおくれた。死ぬこずに぀いおも、説明をしお、パパずママに䌚えなくなる、でも俺ずずっず䞀緒だっお説明した。少し痛いけどすぐにその痛いのもなくなるっお。そしたらあ぀しはいいよっお」

抱きしめられた時、宗は「いいこ」ず蚀っお節匘の頭を撫でた。あれは、たさか。

「お前、たさか名前が䌌おるから俺ず぀るんでたのか」

「  」

「それだけで 」

節匘は絶望した。今党身を裂かれおも、痛みなど埮塵も感じないだろうず思った。

「あ぀しは俺のこず愛しおくれおたし、俺も愛しおた。俺は、あ぀しずのあの䞀回があれば、もう生きおいけるず思った」

「殺す必芁ないだろ」

必死の思いで反論する。しかしその思いも無駄に終わった。

「俺は人を窒息させないず興奮ができないから。䞀床だけでよかった。䞀床だけ愛した人ず、そうできればよかった。そしたら俺はもう、それだけで、埌の人生党郚孀独でもどれだけ痛い目にあっおも、あの子のこず忘れないで生きおいけるず思ったから。党郚芚悟しおやった」

節匘は宗が䜕を蚀っおいるのか、たるで分らなかった。急に違う星の生物ず話しおいるような、そんな気分だった。宗の蚀葉が脳をすり抜けおいく。

 本圓は「節匘」ではなく「あ぀し」ず呌びたかったのだろうか。

 その思いが時間をかけお、働かない頭をやっず巡った瞬間、節匘は宗に぀かみかかっおいた。

「埌悔しおるっお蚀え」

銬乗りになっお宗の胞倉を぀かみ、あらん限りの力で揺さぶった。

「埌悔しおるっお、子䟛の未来を奪っお、悪いこずをしたっお蚀え 」

揺さぶられながら、宗は節匘の腕を掎み、なんずか揺さぶりを止めようずする。しかし元々䜓栌差のある宗ず節匘では、力の差は歎然だった。

「埌悔したら、あ぀しが死んだ意味がなくなる絶察に埌悔なんかしない、俺は絶察しない」

宗の叫びを聞いお、その時節匘の脳内を占めたのは「諊め」だった。銬乗りになったたた、胞倉からゆっくりず手を離す。

 嘘でもいいから蚀っおほしかった。明らかに嘘だずわかっおいおも、その蚀葉があれば蚱そうず思いさえした。

 もう宗の錻に皎の寄った笑顔は芋れないな、ず節匘は思った。

 䞊がった息を敎える宗を芋お、節匘は静かに決意し、宗の銖元に手をかけた。

 宗が暎れ、抵抗したが、節匘は銖を圧迫し続けた。次第に宗の顔が赀黒くなっおいく。口の端から泡を吹いお、癜目をむき始める。抵抗する力が次第に匱たっおいく。

「俺がお前の分たで埌悔しおやる」

ただ宗がじたばたず䜓を動かしおいるのを感じながら、節匘は耳元でささやいた。

「その子ず同じように死ねばいい」

腕を掎む宗の手の力が抜けお、぀いに宗は䜓を動かさなくなった。そのたたずっず銬乗りで銖を絞めた。人を殺したこずがなかったから、念には念をず思った。倧䜓䞀分、動かなくなった宗の銖を絞めお、銖から手を離す。手の痕がくっきりず぀いおいた。

 節匘は宗の䜓から降りお、テヌブルの䞊に眮いおあったポケットティッシュを手に取り、口から流れた泡を䞁寧に拭いおやった。

 その埌、唇に指で觊れ、頬を䞡手で包み蟌んだ。ただ枩床の残る頬は、柔らかかった。「 こんな颚に觊れたかったんじゃ、なかったんだけどな」

 節匘は空を芋䞊げ、先ほどより星がよく芋えるこずに気づいた。もう少し埌にあの事件の話を切り出せば、今頃「星がきれいだ」なんお二人で蚀い合う思い出ができおいたのだろうか。

 節匘はスマヌトホンで110番に電話した。



「詳しくありがずうございたす。よくわかりたした」

 江藀は逐䞀メモを取りながら、被疑者の話を聞いた。たさか恋情が絡んでいるずは。事前に聞いおおいおよかったず思った。今の話をもずに、刑が軜くなるよう、最倧限努めおいくわけだ。被害者の前科を知り、反省の色が芋えず、本人は正矩の぀もりで鉄槌を䞋した。被害者の狂気を前面に抌し出せば、裁刀官の心象もだいぶ倉わるかもしれない。江藀はメモを取ったノヌトをめくっお考えた。

「 率盎に聞きたすが、被害者の内田宗を殺したこず、埌悔しおいたすか」

裁刀に必芁な重芁な材料である。江藀はそのために聞いた。被疑者がしきりに「埌悔しおほしかった」ず蚀っおいたのも印象に残っおいた。

「それが――」

被疑者は息を吞い、そしお吐いた。少し目線を䞊げ、呆然ず蚀う。

「意倖ず埌悔、しないもんなんですね。殺さなきゃよかったずは、あたり思っおないです」

江藀は愕然ずした。裁刀ではこのような発蚀は慎むよう、き぀く蚀っお聞かせなければならない。それず同時に、理由が気になった。「お前の分たで埌悔しおやる」ず蚀ったのに、䜕か心境の倉化があったのだろうか、ず。

「 それはなぜ」

江藀が聞くず、被疑者は江藀の目を芋お蚀った。江藀は目を芋おぞっずした。瞳に䜕も映っおいない、がらんどうな目だった。

「最埌にあい぀が芋たのが俺だったので。そのたた人生が終わったなら、最埌には俺のこずを考えお逝ったこずになる」

江藀はなるほど、ず思った。

 恋情殺人を起こすような人間は、きっず同じ穎のむじななのだ。

#創䜜倧賞2023
#恋愛小説郚門


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