パッキパキ北京 シャララン上海
綿矢りさ著『パッキパキ北京』をあねさまからお借りしました。
あねさまが、お読みになりながら「popoさんを思い浮かべた」とおっしゃってくださった通り、帯同妻としてはじめて中国にきた主人公の驚きや戸惑い、徐々に慣れていく様子も、共感するところが多いです。
一方で、毎日ショッピングにでかけ、アプリで知り合った日本語を勉強中の女子大生の彼氏にちょっかいを出して、「イタイおばさん」と日本語のスラングでなじられ、珍しい食べ物はひととおり食べたけどアヒルの脳が一番気に入ったと、北京を疾走する彼女を、家にこもってばかりいる私は少し見習ったほうがいいかもしれません。
■綿矢りさ著『パッキパキ北京』
主人公は菖蒲さん。
音読みするとショウブさん。
アヤメとショウブは違う花ですが、おそらく「勝負」と掛けたのだと思われます。
菖蒲さんは勝ちたい人なのです。
この小説は女同士のマウントの取り合いから始まります。
でもほとんど菖蒲さんの一人勝ち。
「菖蒲姉さんとジャイアンは親戚」と真顔で言われるほどの強い女性なの。
この本は、北京のガイドブックとして役に立つ部分もありますが。
北京での暮らしについて書かれた本ではありません。
「精神勝利法」について書かれた本です。
舞台は北京でもオーストラリアでも北海道でもどこでもいい。
「精神勝利法」とはなにか。
セレブの飲み会で「どこへお出かけしたのが一番印象深かったですか?」と聞かれて、「故宮ですね!」と答え、ガイドブックに書いてあったことをすらすら答える菖蒲。
あとで「君は故宮へ行ったこともないじゃないか」と呆れる夫に、
「ウソでもいいの。私にとって知性とはムカつく相手をどれくらい早く言い負かせるかだし、教養とは狡い男に騙されず自分の好きなように生きるスキルのこと」と答える。
それに対して夫は、魯迅の『阿Q正伝』の「精神勝利法」を自然に体得している、という。
■魯迅著『阿Q正伝』
阿Qは学もお金もない、容貌もすぐれない、日雇いの農民です。祠に住みつき、稼いだお金は賭博ですり、喧嘩をしてはボコボコにされます。
でもプライドは高い。
相手よりも自分が上だと思い込む、失敗は失敗じゃないと思い込む、塞翁が馬をなくしても災難ときまったわけじゃない、ポジティブに考え、それでもだめなら忘れてしまう。
菖蒲は阿Qに共感しますが、彼のような心理は本来、最下層の人が生きるための心理です。
wikipediaでは「封建植民地社会内における奴隷性格の典型」と説明していました。
最終的に、阿Qは無学のために冤罪で死刑になります。
魯迅は阿Qを、当時の中国の国民性批判として書いたそうです。
『阿Q正伝』執筆の背景には、魯迅が医大生として日本で暮らしていたときに見た映画がありました。中国人のロシア側スパイが、日本人に銃殺されるのを、中国人が拍手喝采して見ていたそうです。
(そうしなければならない追い込まれた事情があったのではないかと推察しますが)
その無自覚な姿に、中国人の啓蒙が必要だと考え、医学をやめて文学を志したというのが定説になっているようです。
阿Qは、尼さんにふらふらっと劣情を催して、村を追われる身になります。
辛亥革命が近づき、なんとなくいいように感じ、ふらふらっと近寄り、嫌疑をかけられて死刑になってしまいます。
ふらふらっと、がよくない!
自分で学び、自分で考え、自分で行動するんだ。
それが魯迅の啓蒙だったのではないかと思います。
ときは辛亥革命のころ。
翻って菖蒲さん。
「決めた! 私のこれからの人生目標。シャネルがなくても完全勝利できる女になる。男も高級バッグも経歴も魅力も持っていないのに勝っていると完全に思い込んでいる女が一番強い」
それをいいことにしちゃった綿矢りさがすごい、ということなのでしょうか。
■魯迅と内山書店
さて上海には多倫路文化名人街という一画があります。
かつて外国人が行政権や警察権を行使した、租界だったところです。

魯迅や郭沫若 (中国の近代文学・歴史学の先駆者) などの文化人、金子光晴 、尾崎秀実 (ソ連のスパイとして処刑されたジャーナリスト) らも住んでいました。

魯迅をサポートしていた内山完造が経営する「内山書店」は、中国の文化人が集うサロン的な役割を果たしてしました。
谷崎潤一郎や武者小路実篤らも訪れていたそうです。
現在の内山書店
店員さんは全員日本語が達者でした。
私が本を倒してしまったら、さっと寄ってきて「気にしないで」と言いながら直してくれたんですよ。
撮影も可でした。



1929年の内山書店

『阿Q正伝』買いました。

やっぱり全然読めません。
青空文庫の日本語版で読み直しました。

現在、神保町にも中国語書籍を扱う内山書店があります。
上海で、私はシャラランと暮らしています。

