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人と比べるのをやめられなかったわけ


私は、ずっと、人と比べて生きてきました。
比べなければ、自分がどこにいるのかさえ、分からなかったのです。
でも、本当に苦しかったのは、比べることそのものではありませんでした。
この記事は、その奥にあったものと、長く向き合ってきた話です。



成績。偏差値。出身校。会社。年収。肩書き。

私たちは、生まれたときから、常に、比べられて生きています。

比較的不自由なく育った私には、その枠から外れた人生は想像できませんでした。

よい大学に入り、よい会社に入り、その中で少しでも上を目指す。
それが当たり前で、違和感はあっても、その外へ出る勇気はありませんでした。

銀行員になっても、同じでした。

周りには優秀な人が多く、私は勝手に自分を下のほうへ置いていました。
比べなければ、自分がどこにいるのかさえ分からなかったのです。

人生の選択そのものを、世間や、他の人の評価という、外側の基準でしていました。
比較から、抜け出せるはずがありません。

当時は、自分で人生を選んでいると思っていました。

でも振り返ると、社会や周りの評価に沿って、選ばされていただけだったのかもしれません。

もう少し、奥まで話します。

いま振り返ると、辛かったのは、比較そのものでも、外側の基準そのものでもありませんでした。

もっと奥にあったのは、自信のなさでした。

自分には価値があると思えなかったのです。

だから、誰かに認めてほしい。
評価されたかった。
一人前だと、思われたかった。

比較は、自信のなさを、外の物差しで確かめる作業でした。
それを、やめることができませんでした。

認められたいという気持ちは誰にでもあるし、悪いことだとは思いません。

比較も、それ自体は悪いことではありません。
比較があるからこそ、改良があり、向上があります。

ただ、私は、人から認められることを、自分の価値のよりどころにしてしまっていました。

それこそが、私を苦しめていたのです。

人生が変わったのは、すべてを失ってからでした。

一度目は、離婚して、住宅ローンを返したとき。
二度目は、銀行を辞めたあと、会社が危機におちいり、借金をかかえたとき。

その時までに、二度、ゼロになりました。
全部崩れ、外側の基準が、いっぺんになくなってしまったのです。

それでも、そこから離れられたわけではありません。

土台がはがれた。

それだけのことでした。

そんなとき、ミャンマーの高僧、ガユーナ・セアロ師と出会いました。
そして、ミャンマーへ渡り、僧侶として過ごす機会を得ます。

わずかな貯金をすべて寄付して、みずからゼロになりました。

これが、三度目のゼロでした。

ただ、前の二度とは、ちがいました。
それまでの崩壊は、押し出されるように進んでいきました。

でも、ミャンマーへ行くと決めたのは、まぎれもなく、私の意志でした。

自分の人生を自分で選んだ、初めての一歩でした。

ミャンマーでの日々は、それまでの人生とは、まったく違いました。
朝から晩まで奉仕をし、夜は、ただ静かに座る。

私は、無我夢中で生きていました。

辛かった頃、私は、自己啓発の本や、宗教、スピリチュアルの本を、たくさん読みました。

「比較するな」
「自分を認めよう」
「ありのままの自分でいい」

そんな言葉に、何度も励まされました。

多くの本は、知識を得たり、考え方を身につけたり、新しい自分になることを勧めます。

言うならば、足し算です。

もちろん、それは大切なことだと思います。
でも、私の場合は違いました。

私に起きたのは、足し算ではなく、引き算でした。

何かを得て変わったのではなく、むしろ、削られて、削られて、ようやく気づいたのです。

離婚も、人生の崩壊も、ミャンマーで僧侶として過ごした日々も、そして今も。

振り返ると、私はずっと、何かが削られていく過程を歩いてきたように思います。

自分で決めて、一歩踏み出す。
どちらへ進めばいいか分からなくても、また決めて、また歩く。

その繰り返しの中で、いらないものが、少しずつ剝がれ落ちていきました。

そうして初めて、頭で理解するのではなく、心から腑に落ちることがありました。

足し算の経験は、自信にもなりますし、人生を歩く力にもなります。
だから、決して無駄ではありません。

ただ、私の場合、本で理解したことは、時間がたつと揺らぐことが、何度もありました。

けれど、自分で歩き、自分で体験し、その中で気づいたことは、簡単には揺らぎませんでした。

だから、私が比較から自由になる入り口は、「比較をやめよう」と思うことではありませんでした。

削られながら歩き続けた先で、

自分で、よし。

そう思えたこと。

そこから始まりました。

恩師である高僧のセアロ師は、こう言っています。

「生まれてるだけで、十分価値があるの。比較しなかったら、全部プラスです」

私は、心からそう思います。

勝ったから価値があるのではない。
負けたから価値がないのでもない。

比較の結果と、人間の価値は、まったく別のものです。

ただ、この「自分でよし」も、頭で理解してたどり着いたものではありませんでした。

歩いて、体験して、味わう。

その積み重ねの中で、いつの間にか、そう思えるようになっていたのです。

そして、「自分でよし」は、一度感じて終わるものではなく、少しずつ深まっていくものだと感じています。

できるという自信は、大切です。
人生を歩く力になります。

でも、その自信は、老いや病気や失敗で揺らぐことがあります。

それでも、「自分でよし」は、削がれていく中でこそ深まっていく。
私は、そう感じています。

セアロ師は、もう一つ、こんな言葉をくださいました。

「心地よい方ではなくて、一番感動する方を取りな」

私にとって感動とは、他人の評価ではなく、自分の心が動くことです。

自分で決めて、自分で歩き、自分で自分をかっこいいと思えること。
それが、私の感動です。

だから私は、どちらへ進めばいいか分からなくても、自分で決めて、一歩を踏み出してきました。

転んでも、その一歩を踏み出した自分を認め、また立ち上がる。

そうしているうちに、気がつけば、外の物差しは、以前ほど気にならなくなっていました。

私は、今でも人と比べます。
「いいなぁ」と思うこともあります。

でも、とらわれなくなりました。

人と比べることよりも、「自分でよし」を深めながら、自分の人生を生きることのほうが、大切になったからです。

昔の私は、答えがなければ満たされないと思っていました。
でも、今は違います。

答えは、分からない。

それでも、その答えを求めて歩いている自分を、「よし」と思えるようになりました。

ここまで「削られて気づく」と書いてきました。
でも、すべてを失わなければ気づけない、という話ではありません。

私は、たまたまゼロになりました。
それが私の人生だった、というだけです。

今いる場所で、この社会の中で暮らしながらでも、自分は誰か、自分はどこから生きているのかを見つめることはできます。

そして、「自分でよし」を深めながら、その問いを抱えて歩いていくこともできます。

私にとって、「本業は自分」とは、その生き方のことです。



『本業は自分』を初めて読む方へ。 この人生観の原点を書いた記事です。
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まさき|本業は自分 私の本業は、自分です。この記事が、あなたの一歩を、そっと後押しできたなら、うれしく思います。いただいたお気持ちは、宿を続けていく力にします