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VUCAの時代と1990年代のテレビゲーム

 テレビに接続してプレイする家庭用ゲーム機は、1983年に任天堂から発売された8ビットのファミコンに続き、1990年には16ビットのスーパーファミコンが登場した。 

 あの頃はSNSなんて存在せず、インターネットさえまだ黎明期でパソコンと電話回線を接続するダイヤルアップ式。テレビゲーム機はコンピュータ界の表現系のようなもので、ロマン溢れるブルーオーシャンの象徴的存在だった気がする。

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不確かな時代のVUCAクロニクル

 2010年代以降、経済・経営の文脈に現れた「VUCA」という言葉がビジネス観点で注目を浴び始め、今からおよそ十年前の2016年、世界経済フォーラム(ダボス会議)において「VUCAワールド」という表現が使用されたことから世界中で認識されるようになった。

 「VUCA」とは、以下の4つの視点で、複雑で先行き不透明な社会構造を表した言葉だ。

  • Volatility(変動性):変化のスピードが速く市場価値が激しく移り変わる

  • Uncertainty(不確実性):将来何が起こるかを予測できない

  • Complexity(複雑性):様々な要因が絡み合い、原因や対策が見えにくい

  • Ambiguity(曖昧性):事象が不明確で、過去の経験や常識が通用しない

 とはいえ声高に語られるビジネスの現場よりも先に、世の中は当然の如く水面下で走り出している。それが科学研究や軍事の現場である。

 この世に「VUCA」という言葉がはじめに誕生したのは1980年代後半〜1990年代。米ソ冷戦終結後の、複雑化し先行きの見えない国際情勢や戦況を表す概念としての軍事用語だった。
(ネット上にある情報は様々で、おそらく1987年にアメリカ陸軍戦略大学校 US Army War Collegeのカリキュラム開発資料に記載され、1991年に「VUCA」を提唱するカリキュラムがスタートしたと考察する)

 そしてリーマンショック(世界金融危機)発生前年の2007年、その軍事用語を引用する形で、ビジネスの観点から「VUCA」が再定義された。それはシリコンバレーにある未来研究所の研究者Bob Johansen氏の著書『Get There Early』に記述される。

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 以降、様々な概念が生み出され、VUCAから30年ほどの時を経て、2020年代にはBANI(脆弱性Brittle、不安Anxious、非線形Non-Linear、不可解さIncomprehensible)という概念が提唱された。

 だが今の時代だからこそ、VUCAに立ち返ることが重要だと思う。
 複雑な世界の負荷に耐えられなくなった者から、自分の頭で思考することを放棄してしまう。だったらVUCAを予感した時代の解像度を軸として物事を眺めた方がいい。

 難しいことをやろうとせずに、等身大の自分で物事と向き合っているうちは人間でいられるからだ。

 複雑怪奇な世界「VUCAワールド」がはじめに想起された1980年代に現れたのは、箱に入ったパーソナルコンピュータ(PC)だった。
 当時それはまだ細やかな予感だったかもしれない。
 だが、その真新しい技術革新から生み出される可能性と不穏さの気配は、1990年代にインターネットが整備されたことで、より鮮明な波となった。

 つまり私たちが無邪気に遊んでいた1990年代のテレビゲームの背景には、「VUCAワールド」が表裏一体のものとして存在していたことになる。

世の中を因数分解する方法

 一個の人間の処理能力を格段に向上させるパーソナルコンピュータ(PC)が普及し始めた時代背景には、生成AIサービスが一般向けに普及した現代の様相が重なって見える。
 つまりそれは累乗で重なり合う「VUCAワールド」、世の中が指数関数的に変化するということに他ならないのではないか。

 中学生で学ぶ因数分解という概念は世の中の社会構造を読み解くための手法、「VUCAワールド」を構造解析するためにも、とりわけ重要かつ有効な手段である。
 大人になって十年ほど教育の現場にも携わったが、中学校で学ぶ全ての科目はこの因数分解に集約されるのではないか、とさえ思っているくらいだ。

 自分がそういった視座を持つようになったのは、まだ小学校のうちに、まさしく「VUCAワールド」とも言えそうな『M OTHER2』を熱心にプレイし、その不可思議な世界を読み解こうとしていたからではないか。
 『MOTHER2』の世界は因数分解の実践的例題として最適だと思う。

 今あらためて私が教育者として立つなら、夏休みの宿題は『MOTHER2』を軸として出題する。もちろんゲームをプレイすること自体も含むし、その教育を享受するのは子供だけじゃない。

 あの名作キャッチコピーの通り、「大人も子供も、おねーさんも。」である。無論、そこにはじっちゃんばーちゃんも含まれる。

物事をがんじがらめにする複雑に絡まった糸

 不可解さという不穏な空気を纏った「VUCAワールド」。
 それを背負うような『MOTHER2』の世界では、奇妙でユニークなテキストにジンワリし、軽快な音楽に心躍る。それなりに楽しいことも溢れている。だから今の世においても、楽しいことだけ見ていたい、という気持ちはよくわかる。

 でも、本当にそれでいいのか。

 一見すると豊かで楽しげな地球に、正体不明の悪意による危機が迫っており、主人公たちは人知れずそれに立ち向かうことを託される。確かに勧善懲悪の曖昧なその世界には、其処此処に不条理が散りばめられいて、街から街へと移動する度に、どの街でも何かしらの課題に行き当たった。

 主人公たちの行手を阻むのは分かりやすい怪物としてのモンスター……に見せかけて、本質的にはその街をがんじがらめにする複雑に絡まった糸(意図)だったように思う。

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 やはりその糸(意図)にも、分かりやすい悪意が働いていることもあれば、そうでないこともある

 そうした複雑さは忙しい大人ほど、うんざりするものじゃないだろうか。
 12歳前後の、小学生から中学生の過渡期にあたる少年少女たちが向き合っていたのは、大人がうんざりして解決しようのないまま放置している何かだったのだ。

 その糸(意図)を解きほぐしながら、彼らは進んでいく。
 取り組むべきはやはり、誰かに威張れる分かりやすい成果ではなく、糸を解すための、ほんの些細なきっかけ作りである。

 そこにある精神は "Less is more" とも言えそうだ。

誰もが等身大の物語を生きることについて

 先行き不透明で、不可解かつ不条理に感じられる今の時代に大切なことは、誰もが等身大の物語を生きることだと思う。つまり『MOTHER2』の世界を歩いた彼らのように、人と話し、地道にテキストを読み取り、ささやかな取り組みを続けていくってことだ。

 それはこの『生駒谷暮らしの研究室』の軸でもある。

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