カナダで出産して、一番驚いたこと
「夫に任せる」という発想が、最初から存在しなかった話
先日、カナダ・トロントで第一子となる男の子を出産しました。
出産自体はなかなか壮絶で、約2.5Lの出血、輸血まで経験しましたが、母子ともに元気です。
まだまだ新米の親ですが、毎日「こんな表情するんだ」「今日はこんな声を出すんだ」と驚きの連続で、息子との生活を楽しんでいます。
そんな中で、「これは日本ではあまり語られていないかもしれない」と思ったことがあります。
それは、カナダの産院の家族の捉え方です。
「母子同室」ではなく、「家族同室」だった
私が出産した病院では、夫が病室に泊まり込みました。
最初は「付き添いができるんだな」くらいに思っていたのですが、実際に入院してみると、それ以上の意味がありました。
病院そのものが、
「父親も最初からケアを担う人」
という前提で設計されていたのです。
授乳は私が担当します。
でも、それ以外は夫が普通に担当します。
おむつを替える。
抱っこする。
泣いたらあやす。
赤ちゃんを私のところへ連れてくる。
スタッフも自然に夫へ声をかけます。
「お父さん、お願いします。」
そこには「お手伝いありがとうございます」という空気はありません。
父親は、最初から担当者なのです。
私たちは、同じ日に親になった
私は出産後、大量出血でしばらく思うように動けませんでした。
もし「母親が主体で育児をして、夫はサポート」という設計だったら、正直かなり大変だったと思います。
でも実際は違いました。
私は授乳。
夫はそれ以外。
自然とそんな役割分担になりました。
思い返してみると、それはとても当たり前のことです。
抱っこも、おむつ替えも、寝かしつけも。
私も夫もその日が初めて。
私たちは、同じ日に親になったのです。
だから「夫に任せる」という感覚は、最初からありませんでした。
夫が自分の担当をする。
それだけでした。
育児漫画を読んで気づいたこと
最近、身体もだいぶ回復してきて、息子が寝ている合間などに育児エッセイ漫画を読むようになりました。
とても面白い作品もたくさんあるのですが、ときどき
「赤ちゃんを夫に子どもを任せるのが不安だった。私自身でお世話したい。これがガルガル期!?」
みたいな描写に出会います。
もちろん、それはその方の実体験なので否定するつもりはありません。
でも私は、その一文を読んだときに
「あれ?私はそんなこと考えたことがないな」
と思いました。
その理由を考えていて、ようやく気づいたのです。
私はカナダの産院で、
「父親も最初から親である」
という環境を、出産直後にごく自然なものとして経験したからなのだ、と。
家族観は、制度の中で育つのかもしれない
家族観は、それぞれの家庭だけで作られるものではないのかもしれません。
病院は誰をケアの担い手として扱うのか。
社会は父親に何を期待するのか。
そんな小さな積み重ねが、「親とはこういうもの」という感覚を少しずつ形作っていく。
カナダで出産して、一番印象に残っていること。
それは医療技術でも食事でもなく、
「夫婦二人で親になる」ということを、ごく自然なこととして扱ってくれたことでした。
まだ始まったばかりの子育てですが、このスタートラインに立てたことを、とても幸運だったと思っています。
