召集令状から宣誓式まで ― ドイツ国防軍・新兵の入営
ドイツ国防軍の新兵は、いつ、どのような通知を受け取り、どのように兵営の門をくぐったのか。本稿では、平時徴兵期(1935〜39年)の入営の流れを、当時の一次資料に拠って追いかける。
依拠した主な一次資料は次の4点である。
『Wehrpflicht-Fibel(兵役義務読本)』(1935年) ― 兵役法の全文と、徴兵検査から入営までの実務を入営前の若者向けに解説した手引書。
『Der Hauptfeldwebel(先任曹長)』(ゼーンゲン大尉著、1938年12月) ― 中隊の「母」たる先任曹長の職務手引。新兵受け入れ準備と宣誓式の段取りを中隊側の視点で詳述する。
『Der Unteroffizier als Korporalschaftsführer(内務班長としての下士官)』 ― 新兵内務班を預かる若い下士官向けの手引。入営初日の新兵が何をさせられるかが時系列でわかる。
『Der Dienstunterricht im Heere(通称ライベルト)』(1943年版) ― 新兵向け手引書。軍旗宣誓の意義・作法・宣誓文を収める。
D 3/3『Bestimmungen für Einstellung in die Wehrmacht zur Erfüllung der aktiven Dienstpflicht(現役義務履行のための国防軍入営規程)』(W.Einst.B.)/『Bestimmungen für die Vereidigung der Soldaten(軍人宣誓規程)』(Vereid.B.)(1937年9月1日付、ブロンベルク国防相署名) ― 入営手続と宣誓式そのものを定めた大元の規定。
『Der Hauptfeldwebel』『Der Unteroffizier als Korporalschaftsführer』『Der Dienstunterricht im Heere』の原本3点は、いずれも Norifumi Murata 所蔵。
1. 召集通知 ― 徴兵検査から入営命令まで
兵役法の枠組み
1935年5月21日施行の兵役法〔Wehrgesetz〕は、第8条でこう定める。
(1) 総統兼国家宰相は、兵役義務者の現役義務の期間を定める。
(2) 兵役義務者は、原則として満20歳に達する暦年に、現役義務の履行のため召集される。国防軍への志願による早期入営はこれより前でも可能である。
(3) 労働奉仕義務の履行は、現役兵役の前提条件である。
―― 兵役法第8条(『Wehrpflicht-Fibel(兵役義務読本)』1935年、45頁)
つまり標準コースは「満20歳の年に、労働奉仕〔RAD〕を済ませてから軍へ」である。現役期間は当初1年、1936年8月24日の総統布告で2年に延長された。
徴兵検査〔Musterung〕への出頭
召集の第一歩は入営通知ではなく、徴兵検査への出頭要求である。『Wehrpflicht-Fibel(兵役義務読本)』はその流れをこう記す。
兵役義務者の徴兵検査は、すべての兵役適齢者を名簿で把握する警察の住民登録当局と連携して、国防軍の補充担当官庁が行う。兵役義務者は徴兵検査への出頭要求を受領し、いかなる場合もこれに従わねばならない。徴兵検査では、兵役適格〔Wehrwürdigkeit〕、軍医の診察による適性〔Tauglichkeit〕、および家計上の手放し可能性〔Abkömmlichkeit〕の判定が行われる。
―― 『Wehrpflicht-Fibel(兵役義務読本)』56頁
検査対象者には書面の出頭要求書〔Gestellungsaufforderung〕が届き、そこに検査の日時と検査場が指定されている。出頭は絶対の義務で、「不出頭、無断離脱、自傷、疾病の詐称により兵役義務を免れようとする者は重罰を覚悟せよ」と釘を刺される。しかも検査場までの交通費も休業補償も「原則として支給されない」(同56頁)。


1935年の場合、検査は6月に始まり、1914年生まれと1915年生まれの年次が検査を受けた。このうち1914年生まれが秋の徴集〔Aushebung〕で現役に指定され、陸軍・空軍では11月1日に入営した(海軍は1月1日・4月1日・7月1日の入営期に分かれる)(同56頁)。
検査当日に持参するもの
『Wehrpflicht-Fibel(兵役義務読本)』は持参書類を細かく列挙している(58頁)。必携は、
出生証明書(戸籍簿の省略なしの抄本)
両親の出生証明書または婚姻証明書(既婚者は妻の両親の分も)
卒業証明書または最後の学校の成績証明書
さらに該当者は、職業訓練の証明(徒弟・職人試験)、ヒトラーユーゲントやSA等への所属証明、国防スポーツ参加証、労働手帳・労働奉仕手帳、運転免許証、水泳証明、眼鏡使用者は処方箋……まで持参する。そして念の入ったことに、
兵役義務者は、身体をよく洗い、清潔な下着を着けて徴兵検査に出頭しなければならない。
―― 『Wehrpflicht-Fibel(兵役義務読本)』58頁
とある。検査の判定は「適1・適2・条件付適・一時不適・限定適・不適・全不適」の7段階。最低身長は154cm(160cm未満の採用は特別な必要がある場合に限る)で、兵種ごとの適性まで定められていた。騎兵は「体重65kgをできるだけ超えず、身長172cm以下が望ましい」、自動車兵は「色弱・眼鏡使用者の配当は限定的に」といった具合である(同60〜62頁)。
なお、家庭の事情による入営猶予〔Zurückstellung〕の制度もあり、一家唯一の稼ぎ手、労働不能となった農家の跡取り息子、戦没者の唯一の兄弟、高等学校在学者(卒業資格取得まで)などが申請できた。ただし「猶予願を出しても検査への出頭は免除されない」(同56・59頁)。
入営命令
徴集で現役指定を受けた者への召集の方法は、入営規程(W.Einst.B.)が一文で定めている。
新兵は、兵事司令部〔Wehrbezirkskommando〕により、出頭命令書〔Gestellungsbefehl〕をもって召集される。
―― D 3/3 第I部『Bestimmungen für Einstellung in die Wehrmacht(国防軍入営規程)』第2条(1)
召集は「可能な限り、新兵が入営日当日の遅くとも14時00分(海軍では18時00分)までに入営部隊の駐屯地に到着しているよう」調整され(同第2条(2))、陸軍では大隊または独立部隊あてに直接出頭する。入営の全般期日は同規程第1条により陸軍では10月1日(海軍は1月・4月・7月・10月の各1日、空軍は10月1日)と定められていた。前述の1935年の第一回徴集では11月1日だったから、1937年までに1箇月前倒しされたことになる。
そして指定の入営日〔Gestellungstag〕をもって、その男はもはや民間人ではない。
召集された新兵は、入営日の0時00分をもって軍人である。
―― D 3/3 第I部第1条(3)
紙の上では、兵営の門をくぐる前、その日の夜明け前からすでに「軍人」なのである(なお「出頭命令書に従わなかった新兵の軍歴は、実際の入営日からしか起算しない」という念の入った罰則的規定もある。同第1条(5))。兵役法第21条もこれを裏づける。


兵士の国防軍への所属は、入営または召集の日〔Gestellungstag〕から、除隊日の経過までの間、継続する。
―― 兵役法第21条(『Wehrpflicht-Fibel(兵役義務読本)』48頁)


2. 入営初日 ― 兵営の門の内側で
迎える側の準備 ― 先任曹長の仕事
新兵を迎える中隊側は、入営日のはるか前から動いている。『Der Hauptfeldwebel(先任曹長)』(1938年)は、旧年次兵の除隊から新兵入営までの期間について、こう書き出す。
旧年次兵の除隊と新しい新兵の入営との間の時期、先任曹長は準備で手一杯である。彼は経理担当下士官とともに全居室を巡回し、必要な修繕を申請する。同時に新しい中隊編成に着手する。
―― 『Der Hauptfeldwebel(先任曹長)』75頁
先任曹長は「旧年次兵は何名か、新兵は何名入るか、兵員居室はいくつ使えるか、各新兵居室に上等兵を1名ずつ置けるか、ベッドとロッカー〔Spind〕は足りるか」等の8項目を検討し、部屋割り案を書面で中隊長に提出する(同75頁)。内務班長と室長〔Stubenältester〕の人選は中隊長が先任曹長・教育担当将校とともに行い、中隊命令で正式に発令される。
新兵到着の数日前には、選ばれた室長たちが指定の居室に移り住み、経理担当下士官から室内備品を受領して部屋を整える。そして各居室には次の3点を掲示することになっていた(同76頁)。
「ドイツ軍人の義務」
重要な直属上官の氏名一覧
武器の取扱いに関する注意書
さらに中隊の掲示板には、駐屯地境界を書き込んだ市街図、兵の立入りを禁じた店舗の一覧、被服・装具への名前の縫い付け要領図を掲げる(同76〜77頁)。
部屋割りにも原則があった。「生徒・大学受験資格者・教師・官吏・大学生などは1室に1名まで」「帝国の各地方出身者は混ぜて配置する」「志願兵は1室に1名まで」「駐屯地出身の新兵は1室に1名まで」(同77頁)。同質の者を固めない、という配慮である。
新兵が到着したら、彼らはただちに正しい居室に入る。入営受付が終わると、割り当てられていながら到着しなかった新兵が確認され、大隊に報告される。
―― 『Der Hauptfeldwebel(先任曹長)』77頁
規程の定める入営手続
入営手続そのものは、規程D 3/3 第I部(W.Einst.B.)第3条「入営手続〔Einstellungsverfahren〕」が段階を追って定めている。新兵が駐屯地に到着すると、まず兵事司令部から送付済みの新兵移管名簿〔Rekrutenüberweisungsliste〕と照合して全員の到着を確認し、未着者は翌日兵事司令部に通報する(第3条(1))。点呼〔Verlesen〕ののち新兵は各中隊に分配されるが、その際「職業だけでなく身体的適性にも着目した合目的的な分配の重要性」に留意すべしとされる(第3条(2)a)。
続いていくつかの事務がある。家族や直近の居住環境に流行性脳脊髄膜炎・小児麻痺・チフス・ジフテリア・猩紅熱などの伝染病がないかの聴取(該当者はまず隔離収容。第3条(2)b)、兵役手帳と出頭命令書の回収(第3条(3)a)、乗車券の回収と旅費の精算(同(3)b)。そして新兵にはこう教え諭すことになっていた。
新兵には、入営日の0時00分をもって自分たちが軍人となったことを教育すべし。その際「ドイツ軍人の義務」を初めて周知させる。「上官〔Vorgesetzter〕」の概念は特に詳しく説明すべし。
―― D 3/3 第I部第3条(14)
入営後4勤務日以内には軍医による入営時検査が行われ(「検査の前に新兵には入浴の機会を与えるべし」という注記つきである)、所見は健康手帳・兵籍簿・兵役手帳に記入される(第3条(4))。さらに中隊長は「新兵の精神的・身体的能力の概観を得るため」入営後可能な限り速やかに全員に試験を実施する。すなわち簡単な精神的試験(履歴の記述または簡単な書き取り、四則計算の課題)と、身体的試験――60m走(速さ)、立幅跳(跳躍力)、鉄棒懸垂(意志力)、手榴弾遠投(投擲力)、2000m走(持久力)、条件が許せば自由泳証明(第3条(18))。写真と自署入りの部隊身分証明書〔Truppenausweis〕も全新兵に交付される(第3条(20))。
そして規程は入営手続の締めくくりをこう定義する。
新兵の内務班〔Korporalschaft〕への区分とその被服支給〔Einkleidung〕をもって、本来の入営手続は完結する。
―― D 3/3 第I部第3条(16)
また「入営後最初の数日間のうちに」スパイ・防諜・国家反逆・職務機密の保持について初回の教育を行い、実施の事実を部隊名簿と兵籍簿に記録することも命じられていた(第3条(17))。『Der Hauptfeldwebel(先任曹長)』が宣誓式と並べて防諜教育の記帳を重視していたのは、この規定の忠実な執行である。
新兵の初日 ― 内務班長の視点から
では当の新兵は初日に何をするのか。『Der Unteroffizier als Korporalschaftsführer(内務班長としての下士官)』が時系列で教えてくれる。
(1)ベッドとロッカーの割当て。 「新兵が到着したら、ベッドとロッカー〔Spind〕を割り当て、必要なら清掃をやり直させる。それから寝具・毛布・手拭を受領する」(12頁)。
(2)中隊区域の案内。 全員の居場所が決まったら、内務班長は班全員を連れて中隊区域を一巡する。「新兵が初日のうちに中隊内で迷わなくなれば、多くの質問が省ける」からである。特に見せておくべき場所として、書記室、中隊長室、給食受領室、経理備品室、被服庫、武器庫、内務班長自身の居室、先任曹長または小隊長の部屋、便所と洗面所が挙げられている(12〜13頁)。この案内の際に各部屋への入り方(ノック、申告)も教える。対上官の振る舞い教育は、実はこの初日の案内から始まっている。
(3)筆記試験と体力検定。 続いて中隊長の定める試験がある。「履歴書、小さな作文、いくつかの算数の基礎問題、歴史または国家政治に関する質問」。用紙は書記室が用意し、鉛筆やペンは新兵の自弁である(13頁)。ここで新兵は「軍人が常に身につけて携行すべき物」を教えられる。すなわち――手帳、鉛筆、ポケットナイフ、マッチ、安全ピン、紐(14頁)。その後、スポーツ担当下士官による体力検定が行われ、成績は中隊のスポーツ名簿と内務班長の班務簿に記録される。
(4)被服・装具の支給〔Einkleidung〕。 次に新兵は被服庫へ連れて行かれ、被服と装具一式を受領する。内務班長は「助言と実地をもって新兵を助け、支給品を完全に受領したかを監督する」(14頁)。

(5)ロッカーの整理。 支給が済むと「ただちにロッカーへの収納が始まる」。収納要領は中隊が統一して定め、内務班長は班全員を集め、上等兵に見本のロッカーを1つ作らせて全室の手本とする。「ロッカーの中は極めて手狭であるから、几帳面きわまる整頓が絶対に必要である。さもなくば後になって、非常呼集のように急を要するときや暗いときに、自分の物を素早く見つけられない」(14〜15頁)。食物を入れる区画は衛生上特に清潔にし、ガラス板か拭える油布を敷くとよい、という生活の知恵まで書いてある。
(6)名札と錠前。 ベッドとロッカーには名札を統一的に取り付ける。当初は字のうまい者に書かせ、後には官報の規定により中隊から支給される。そして――
いずれにせよ、入営初日のうちに、ロッカーを施錠する錠前が確実に揃っているようにしなければならない。……内務班長は、同じ居室内のすべての錠前が異なる鍵を持つよう注意する。ロッカーと居室の扉は常に施錠しておく。意志の弱い者が戦友の物を盗む誘惑に駆られないためである。
―― 『Der Unteroffizier als Korporalschaftsführer(内務班長としての下士官)』16頁
私物のトランクはロッカーの上に放置させず、補給係曹長〔Furier〕に預けさせる。こうして新兵の第一日は、寝床とロッカーと支給品の整理で暮れていく。

3. 宣誓式 ― 軍旗の下で
いつ、どのように行われたか
『Wehrpflicht-Fibel(兵役義務読本)』は宣誓式〔Vereidigung〕についてこう述べる。
宣誓式は入営後まもなく行われる。兵役義務者があらかじめ将校から宣誓の持つ高い意義について教育を受けたのち、宣誓式は宣誓パレード〔Vereidigungsparade〕による厳粛な形式で挙行される。宣誓を行った時から、軍人は軍法の下に立つ。
―― 『Wehrpflicht-Fibel(兵役義務読本)』54頁
式そのものは、D 3/3 第II部『Bestimmungen für die Vereidigung der Soldaten(軍人宣誓規程、Vereid.B.)』(1937年9月1日付)が定める。まず時期。
軍人の宣誓式は、入営後可能な限り10日以内に実施する。海軍においては1箇月以内とする。
―― Vereid.B. 第2条(1)
後掲の写真の「11月1日入営・11月7日宣誓」(1935年ベルリン)は、まさにこの「10日以内」の実行例である。宣誓の法的性格について、規程は注目すべき定義を置いている。
軍旗宣誓の履行は、勤務義務を初めて発生させる行為ではなく、入営とともにすでに存在している諸義務の、忠実な履行についての外部に認識しうる厳粛な確認という意味を持つにすぎない。
―― Vereid.B. 第1条(1)
義務は入営日の0時に始まっており、宣誓はその厳粛な「確認」だ、という理屈である。入営時に行った軍旗宣誓は兵役義務関係の全期間にわたって有効であり、所定の文言による宣誓の拒否は「法律上許されない」(同第1条(4))。例外は教義上宣誓を拒むメノー派のみで、特別の申請により、宣誓に代えて中隊長の面前での誓約と握手〔Gelöbnis und Handschlag〕を行う(同第1条(3)。誓約文は宣誓文から「神にかけて」を除いたほぼ同文である)。うっかり宣誓が漏れていた兵は「軍旗宣誓を行った者とまったく同様に扱う」(同第1条(5))という条文まである。
規程の定める式次第
式は「やむを得ない事由がない限り駐屯地単位で合同で」行われ、宣誓パレード〔Vereidigungsparade〕が編成される。兵100名以上なら将校1名以上・3個組・軍楽隊、100名未満なら将校1名以上・1個組。服装は勤務服(空軍は礼装)、宣誓パレードは小銃を携行し、軍楽隊は捧げ銃行進曲〔Präsentiermarsch〕を奏する(第2条(3))。
式の進行は条文からそのまま再現できる(第2条(3)〜(4)、16頁)。
可能な限り野外礼拝〔Feldgottesdienst〕と結合して行い、コラール〔Choral〕(※)・聖職者の訓話・祈祷は宣誓本体の前に済ませる。
式を主宰する将校が宣誓パレードと宣誓する兵の正面を閲兵する。
軍旗(騎兵軍旗・軍艦旗)が部隊中央前に位置し、各部隊から新兵1名ずつが軍旗の前に進み出て、宣誓の際に傾けられた軍旗(旗竿)に触れられるよう立つ。
主宰将校が軍旗宣誓の意義を訓示したのち、将校(副官)が宣誓文を大声でゆっくり先唱し、宣誓する兵は右手を挙げて大声で復唱する。進み出た者は左手で軍旗(旗竿)に触れる。
宣誓が終わると軍旗は部隊右翼の定位置に戻り、進み出た新兵は隊列に復帰する。
締めくくりに主宰将校が総統・帝国・民族への三唱の「ジーク・ハイル」を発声し、軍楽隊がドイツ国歌とホルスト・ヴェッセルの歌を奏する。

(※)コラール〔Choral〕:宗教改革以来ドイツのプロテスタント教会で歌い継がれてきた会衆賛美歌。全員で斉唱する荘重な有節歌曲で、『神はわがやぐら〔Ein feste Burg ist unser Gott〕』などが代表格。軍隊の礼拝では軍楽隊の伴奏により部隊全員が歌った。
なお対象が10名未満の場合は宣誓パレードを立てず、中隊長が宣誓を執行する(第2条(7))。実施の事実は日付とともに部隊名簿・兵役手帳・兵籍簿に記入される(第2条(8))。
中隊での運用 ― 先任曹長の視点
中隊側の段取りは『Der Hauptfeldwebel(先任曹長)』に詳しい。宣誓に先立つ教育は中隊長が自ら行うことになっており(Vereid.B. 第2条(2):「ドイツ軍人の義務」「軍旗宣誓の意義」「宣誓式の実施要領」の3項目)、先任曹長は「すべての新兵が、中隊長が自ら実施するこの教育に、宣誓式そのものと同様に漏れなく参加する」ことに責任を負った(77〜78頁)。
規程に書かれていない慣行も記されている(78頁)。
「宣誓式の日に、中隊内で新兵に小銃を厳粛な形式で授与し、午後を勤務免除とすることが慣行として実証されている」。
誰が宣誓済みかを確実にするため宣誓者名簿〔Vereidigungsliste〕を作り、宣誓した各人が署名して参加を証明する。
宣誓式と前後して防諜教育が行われ、受講の事実はただちに兵籍簿〔Wehrstammbuch〕第6頁に記帳される。
つまり新兵は、宣誓式の日に初めて「自分の小銃」を手にし、半日の休みをもらったのである。
宣誓の作法と宣誓文
式の作法は『Der Dienstunterricht im Heere(ライベルト)』が新兵に教えるとおりである。
軍人は軍旗(騎兵軍旗)にかけて宣誓する。宣誓式は厳粛な形式のうちに、不動の姿勢で、右手を挙げて行われる。その際、挙げた右手の親指・人差指・中指を伸ばし、開いた手のひらを顔の方に向ける。左手は基本の姿勢に取るか、前へ進み出た者は軍旗(騎兵軍旗)の上に置く。前唱される宣誓文を、大きくはっきりと復唱する。
―― 『Der Dienstunterricht im Heere(ライベルト)』1943年版(原書34頁)
そして全員が復唱する宣誓文は、1934年8月20日の宣誓法により定められた次の文言である。
„Ich schwöre bei Gott diesen heiligen Eid, daß ich dem Führer des Deutschen Reiches und Volkes, Adolf Hitler, dem Oberbefehlshaber der Wehrmacht, unbedingten Gehorsam leisten und als tapferer Soldat bereit sein will, jederzeit für diesen Eid mein Leben einzusetzen."
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「私は神にかけてこの神聖な宣誓を行う。私はドイツ帝国と民族の総統、国防軍最高司令官アドルフ・ヒトラーに無条件の服従を尽くし、勇敢な軍人としていつでもこの宣誓のためにわが命を捧げる用意あらんことを。」
―― 『Wehrpflicht-Fibel(兵役義務読本)』54頁/『Der Dienstunterricht im Heere(ライベルト)』1943年版
『Der Dienstunterricht im Heere(ライベルト)』は軍旗を「忠誠の象徴」と呼び、「その面前で軍人は忠誠の宣誓を行う。後々まで軍旗は、軍人にその誓った義務を思い起こさせる」と説く。徴兵検査の日に清潔な下着を持って役場に出頭した青年は、こうして数週間後、軍旗の前で三指を挙げ、法的にも儀礼的にも完全な「軍人」となった。


出典(一次資料)
Wehrpflicht-Fibel. Berlin 1935.
D 3/3 (L.Dv. 75/3): I. Bestimmungen für Einstellung in die Wehrmacht zur Erfüllung der aktiven Dienstpflicht (W.Einst.B.) / II. Bestimmungen für die Vereidigung der Soldaten (Vereid.B.). Vom 1. 9. 37. Berlin 1937.(現役義務履行のための国防軍入営規程/軍人宣誓規程)
Soehngen: Der Hauptfeldwebel. 1938.〔Norifumi Murata蔵〕
Der Unteroffizier als Korporalschaftsführer(内務班長としての下士官).(1930年代後半)〔Norifumi Murata蔵〕
Reibert: Der Dienstunterricht im Heere. Ausgabe 1943.
〔Norifumi Murata蔵〕Wehrgesetz vom 21. Mai 1935(兵役法)(RGBl. I S. 609).
Gesetz über die Vereidigung der Beamten und der Soldaten der Wehrmacht vom 20. August 1934(国防軍の官吏及び軍人の宣誓に関する法律)(RGBl. I S. 785).
