小学生の推し活から見えた、流行の分断と、変わりゆく価値観。

知り合いのお子さんの話である。

彼女は小学3年生で、私立の小学校に通っている。

何気なく「最近の小学校では何が流行っているんですか?」と聞いたら、「推し活」にハマっているという。
昨今のブームが小学生にまで及んでいることに驚きはなかったが、ライブには母親も同行しているそうだ。

「お母さんも一緒にハマっちゃったパターンですか?」と笑って聞くと、「いや、全く刺さらない」と返ってきた。

どう見ても、そのへんにいる普通のお兄さんたちと変わらない、と言うのだ。

彼女がハマっているのは、2.5次元アイドル。


そもそも、今どきの小学生は全くテレビを見ないらしい。
もっぱらスマホで配信サービスを見ているという。


わが家の高校生や大学生、そして私自身もほとんどテレビをつけなくなったのだから、そういうものなのかもしれない、と思いながら聞いていた。


流行の分断
以前、子どもたちとこんな話をした。

配信サービスでは、自分の興味がある系統の動画が次々と流れてくる。
すると、自分の界隈では「すごく流行っている」と錯覚するが、興味のない人には一切流れてこないため「全く知らない」という状況が起こる。

世代間、あるいはコミュニティ間で、流行が完全に分断されているのだ。


これは「最近の若者の音楽がわからない」というレベルの話ではない。

ひと昔前なら、その年を代表するヒット曲は、興味がなくても街のどこかで耳にし、少なくともサビくらいは知っているのが当たり前だった。

今でもBGMとして流行曲は流れているが、それらはどこか「大人目線で作られた流行」に思える。

実際の小学生たちは、それらを知らない。

というか、興味がない。


数年前なら可能だった「誰もが知る歌謡曲を全員で歌う」という光景は、もう過去のものだ。

共通認識という土壌が、急速に失われているように感じる。

そのことにどんな弊害があるのかは、今の私にはわからない。新しい時代の流れとして済ませられる、たわいのないことなのかもしれない。

バズりに求める救い
話を2.5次元アイドルに戻すが、私たちの世代には刺さらないそのグループは、「普通の子であること」を売りにしているようだ。

デビューのために日夜レッスンに明け暮れたわけでも、ライバルと切磋琢磨したわけでもない。

言い方は悪いが、ポッと出てバズったような人たちだ。


なんなら、不登校だったりコミュ症だったりと、いわゆる「普通のレール」から少し外れてしまった背景を持つ人もいる。

もちろん、売れ続けるためには並々ならぬ努力が必要だろう。

動画の切り口やグッズ戦略など、今の子たちに刺さる商戦には非常に長けているのだと思う。

ただ、昭和世代の私には「努力が実って成功を掴んだ」というプロセスとは根本的に違う気がして、どうしてもモヤモヤした感じが残ってしまうのだ。


もうひとつ、彼女がハマっている動画に「同世代の女の子がおもちゃで一人遊びをする様子をひたすら映したもの」があるという。

短編のシリーズを、彼女は延々と視聴し続けているそうだ。

このシリーズも相当バズっているらしいが、コミュニティの違う私は、そんな動画の存在すら知らなかった。


普通の人が、特別な機材もなく、気軽に動画を投稿できる時代。

それがバズるか否かは、運次第。


私たち世代にとって、そんな「濡れ手で粟」のような成功は、リスクを先に考えてしまい、憧れにブレーキがかかる。

「そんな上手い話があるわけがない」と教わって育ってきたからだ。


しかし、未来を生きる彼女たちにとって、そんなチャンスはそこかしこに転がっているように見えるのかもしれない。

今の自分がどんなに輝いていなくても、明日突然バズったら、キラキラした向こう側へ行けるかもしれない。


その可能性が手の届く場所にあることは、ある種の「救い」ですらあるのだろう。

根本的な価値観の違い
どんな時代も、努力が必ず報われるとは限らない。
そして今は、コツコツ積み上げたものが簡単に崩れ去る時代だ。


それを一番わかっているのは、バズっている本人たちだろう。


情報が溢れ、流行が目まぐるしく移り変わる中で、一定期間を過ぎれば飽きられてしまう。

むしろ、そんな刹那さを承知の上で、一時の日の目を見ることに憧れを抱いているようにも思えてくる。 

「一生続けられる仕事ではない」という大人世代の危惧とは、全く別の次元に彼らはいるのだ。



子どもたちにとって、挑戦のハードルは低い。

年齢的にいくらでもやり直しが効くからこそ、成功の種はそこかしこに転がっているように見えるのだろう。

そして、私はゾッとした。


こんな時代において、学校の先生方は子どもたちに何を語るのだろう。

勉強や努力の必要性を、どうやって伝えていくのだろう。


私たちは今、未だかつてない価値観の変化に飲み込まれようとしている。

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