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日記 | 拝啓、都会の皆様

​私の勤める事務所は、かなりの田舎にある。
どのくらい田舎かと言うと、視界の上半分に空があり、その下には山、山、山。木、木、木。そして田、田、田。それが5、6キロ先まで延々と続いている。
山手線でいえば、新宿から渋谷を経由して恵比寿に至る距離らしい。
それが、右側。左側も同じ距離だけ山と木と田んぼが広がっている。
想像以上の田舎であるとお分かりいただけると思う。

​そんな場所にポツンとある事務所だが、月に2、3回来客がある。
年齢も職種も、やってくる目的も様々。本題の用事は10分足らずで終わるものの、そこからは1時間、長い人だと2時間に及ぶ雑談の時間になる。私は普段は一人きりで事務作業をしており、家族以外で生身の人間と会話を交わすのは、買い物のレジ以外だとこのときくらい。
​だからこの雑談の時間は、ネットには転がっていないリアルで温度のある情報を手に入れられる、私の貴重なひとときになっている。

つい最近、東京から短髪が爽やかな20代後半の男性が来た。
彼を含め、都会から来る人は、みんなコンパクトなノートPCを携えていて、打ち合わせが始まると手慣れた手つきでそれを開く。その一連の動作だけで、もう眩しいくらいに「都会」である。
ベンチャー企業に勤める彼からは、来るたびにIT用語を伝授してもらっている。
バッファ、ローンチ、バッチなど、教わったことは一応メモをとるものの、いろいろと教えてもらったとて、今のところ使った用語は、「バッファ」のみである。
しかも、
「そこの、えと、バ、バッファは⋯⋯どうなってますか⋯⋯?」 という無理やりな感じで。

仏壇に、いつから置いてあるのか分からない、あってもなくてもいいような、鯛や花の形をしたカチカチの砂糖菓子くらい、田舎においてIT用語の必要性はない。あの砂糖菓子も、いつの間にか新品にリニューアルされているように、私が覚えたIT用語も、脳内からふわぁっと霧散し、また今回は「アップセル」「クロスセル」という新しい用語を教わる。

彼の言葉の端々からも、都会を感じる。
「六本木で合コン」
「今、アメリカ行ってる友人」
「基本フルリモート」

言葉のキラキラ度に眩暈がしそうだった。
負けじと、私も先日行った東京で仕入れたなけなしの「都会知識」を披露してみる。
​「最近は、マチアプじゃないんですか?」
「韓国なんかも、まだ人気ですよね(たぶん⋯⋯)」
​うっすい浅知恵をぎゅうっと絞って繰り出した私の会話に対し、彼は余裕の笑みで軽々と打ち返してくる。
「僕はガツガツいきたいタイプなんで、マチアプ派じゃないんですよね」
「韓国は、美容系やるなら一番手っ取り早いみたいですね」
​⋯⋯なんだろう、この圧倒的な敗北感は。
最初から勝負にすらなっていないのに、勝手に惨めになっている自分が嫌になる。都会の洗練された風をまとった彼の余裕が、嫉妬を通り越してただただ羨ましく感じる。

​窓の外は、穂が実り始めた稲を撫でるように風が通っていて、波立つ稲穂から風の輪郭が見えた。
この光景を見る度に、美しいなぁとは思うけど、
だから何だってんだ、とも思う。
彼に気づかれないように、細いため息をこぼす。

この日も、1時間近く雑談をした。
「もっと話していたいんですが、この後もアポがあって⋯⋯」
彼は帰り方までスマートだった。
都会人は去り方すら洗練されているのかと、半ば諦めの境地で見送る。

​彼が去ったあと、「アップセル」「クロスセル」と書かれた、歪んだ自分の字のメモを見つめる。
エクセルの機能でないことくらいしか分からない。案の定、意味はすでに忘れかかっている。どうせこの先使わないと分かっている言葉。
でも「今日もIT用語、ちょっとだけ教えてください」なんて謙って聞いてしまうのは、ほんの少しでもあの眩しい都会の空気や、あちら側の世界と繋がっていたいという、田舎者の惨めな足掻きなのだろう。
私はメモを小さくたたんで、ゴミ箱へ捨てた。




都会に行って帰ってくると、数週間このような「ヒガミ田舎者」になる。
都会の刺激に触れたことによる、副作用みたいなものである。

だって見てよこれ。
山山山、木木木、田田田。
これがただひたすらずーっと続いてるのですよ!

毎日のんびりとした景色を眺められるのも、贅沢なことなのだろう。
そういえば、何もない場所に縛られているからこそ味わえるものがひとつだけある。
都会へ向かうときの、あの胸がちぎれそうなくらいワクワクする高揚感。
この感情だけは都会の人には絶対に手に入れることができない、田舎者の最高の特権である。

また行きたいな、都会。



↓東京へ行った日のこと


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