拾った猫と過ごした16年――ぱーたを失って思うこと
2010年、8月6日の真夜中。
家の真裏で2匹の子猫を拾った。
体重160gほどで手のひらに乗るサイズだった。
親猫は近くにいないみたいで、調べてみたら猫の世界にも育児放棄があると知った。
身体の弱い猫は見捨てられることがあるとか。
猫なんて特別好きってわけではなかったけど、迷わず自分の部屋で飼うことにした。
名前はぴーたとぱーた。
特に意味はない。
「ぱ行」が好きなので、「ぴーちゃん、ぱーちゃん」と呼べるようにそう名付けた。



当時の私は心理士を目指して大学院受験を控えていた。
そのため、自由に使える時間はたくさんあった。
市販の牛乳を与えてはダメらしい。ネコ専用のミルクを買った。
生後は推定1週間くらい? この時期の猫はまだ自力でミルクを飲めないらしい。
勉強の合間、子猫の育て方を調べながら、数時間おきにスポイトでミルクをあげた。
ミルクをあげるたびにびしょびしょに濡れて、我ながら下手くそな飼育だった。
それでも、体重は日ごと順調に増えた。


家猫の平均寿命は16歳。18歳くらいまで生きることもある。
ネットでそれを知った時、
「おれが40代のおっさんになるくらいまでは生きるのかな」
と、ぼんやり思った。
大学院に進学する身だったので、そもそも社会人の自分が想像できなかった。
ましてや、30代、40代の自分なんて、必ずやってくる未来という確信すら持てなかった。
そんなモラトリアムな私の背中で、2匹はスクスクと育っていった。



ぴーたとぱーたを飼い始めてから、生活にハリが出た。
ぴーたは飼い主の過剰なちょっかいに諦めて付き合ってくれる賢い子で、ぱーたは飼い主に延々と腹を撫でさせようとする甘えん坊。
ぴーたは寝る時に一緒に布団に入ってくれるけど、朝になるとぱーたと入れ替わっていた。
猫にもちゃんと性格があるって、2匹に出会うまで知らなかった。
家に帰るのが楽しみで、帰るといつも玄関で待っていてくれる。
間違いなく、いつも同じようにそこにいてくれる、そんなことが当時の私には支えになっていた。


順調に大学院を出て心理士となり数年、僻地への勤務が決まり家を出ることになった。
私の部屋はそのままにし、父がぴーたとぱーたの世話をしてくれることになった。
朝から晩まで3人でずっと一緒にいた生活から、年に数回の帰省の機会にしか会えない生活へと変わった。
別に珍しいことではないと思う。
誰だって、環境が大きく変わる時はあるし、それによって同じ時間を共有する相手が変わることもある。
それでも、大切な誰かと過ごす時間に限りがあることを実感してしまうと、苦しくなる。
そんな私の感傷を癒してくれたのもぴーたとぱーたの存在で、しばらくぶりの帰省になっても、私のことをしっかり覚えていてくれていた。
そして、当たり前のように一緒に寝てくれたことに、だいぶ救われた。

2026年4月25日 ぱーたが死んだ。
突然死だった。
15歳と8ヶ月くらいで、拾った時に想定していた平均寿命より少し早く旅立った。
父から連絡を受けた時、実感が湧かなかった。
どちらかというとぴーたの方が健康診断の数字が良くないから、ぱーたの方が長生きするだろうなって思っていた。
ぴーたの「老い」にばかり気を取られていたから、ぱーたが先にいってしまうことは考えてもいなかった。
実家で冷たく横たわるぱーたに触れて、腹の底から涙がどっと溢れてきた。
「ごめんな、ぱーた」
そんな言葉が勢いのままに飛び出た。
何か異変があったはずで、気づいてあげればよかった。
僻地からの勤務を終えた後は、実家に住めばよかった。
もっと頻繁に帰省すればよかった。
ぴーたのことばっか構いすぎていたかもしれない。
もっとたくさん、何時間でもぱーたが飽きるまで、お腹を撫でてあげればよかった。
一つひとつ積み重ねてきた無数の小さな選択が、後悔という形で押し寄せてきた。
青年だった私の手のひらにやってきた2匹の子猫は、やがて中年となった私の成長を追い越して、老年を迎えていた。
拾った当初は確信すら持てなかった40代の自分が間近に迫っていて、それは同時にぴーたとぱーたの旅立つ日が着実に迫っていることを意味していた。
そんな当たり前の現実に、私はきちんと向き合うことなく刹那的に生きている節があった。
ぱーたとの別れは、私が当たり前の現実と向き合う大きな機会になった。

生きるって難しい。
大人になって、社会人をやると急速に時間が過ぎていく。
仕事で時間が奪われるだけでなくて、心も奪われるというか、「お金のこと」「生活のこと」「キャリアのこと」「将来のこと」に気をとられる時間が増えてしまう。
不安から気を紛らわせるためか、無自覚にスマホをだらだら触る時間も増えたりする。
大人をやろうとするほど、社会人をやろうとするほど、大切なものに気持ちを向けることが難しくなってしまう。
ぱーたが死んだのは土曜日の早朝だった。
きっとぱーたは、私のことを気遣って休日に旅立ったんだと思う。
私自身、「明日仕事がなくて良かった」と思う自分がいて、そんな風に思ってしまった自分がたまらなく腹立たしかった。
自分の時間も有限で、誰かと過ごす時間にも限りがある。
改めてそう思った時、この先の生き方を改めたいと思った。



多分、ペットロスを経験した人はたくさんの「後悔」を背負っていると思う。
ぱーたとお別れして思うのは、生きることって選択し続けることだから、選べなかった選択は人生の余白として残るんだろうなってこと。
ぱーたにしてあげられなかったことを生前に全部してあげていたとしても、それはそれでまた別の余白と後悔が生まれていたと思う。
ぱーたに会うことはもうできないし、もうお腹を撫でてあげることもできない。
不在は痛切な悲しみとして残り続けると思う。
けど、ぱーたと過ごした時間までなくなるわけではない。
写真を見たり、思い出したりして、ぱーたとの別れをきっかけに自分の生き方を考えたりする。
そうすることで、ぱーたとの関係をこれからも保ち続けて、死によって「終わったもの」にしたくないなって思う。
この記事を投稿した8月6日の今日、ぴーたは16歳を迎えた。
大切にしていきたい。


