小説 | 場違いな面接試験。
「採用になりました。お届けした服を着て、海辺へお越しください」
手紙に書いてある通り、メイドの格好をして、指定された海辺へ向かった。
誰もいなかったけれども、カウンターらしきものが置いてあったから、そこで待つことにした。
一時間待った。だが、カフェのオーナーどころか、海辺には人そのものがいなかったから徐々に不安になってきた。
雲行きが怪しい。夕焼けはきれいだったが、あっという間に夜になった。
せっかく来たんだ!
私は誰もいない海に向かって微笑んでみた。
「お帰りなさいませ。ご主人様」
静まり返った夜の海に、私の声だけが吸い込まれていった。
「何をやっているんだろう、私は。騙されたのかな」
我に返ると、なんだか急に恥ずかしくなった。フリルのついたエプロン、夜風に揺れるホワイトブリム。完全に場違いだ。
時給の高さにひかれて、怪しい求人に応募した自分がバカだったと、きびすを返そうとした。
その時だった。ザザァ、とそれまでより一際大きな波の音が響き渡った。
「ただいま。遅くなってごめんな」
背後から聞こえた男の低い声に、心臓が跳ね上がった。
慌てて振り返ると、さっきまで誰もいなかった波打ち際に、一人の男性が立っていた。全身がぐっしょりと濡れていてる。衣服から、ボタボタと水滴が滴り落ちている。
「あ、あの……!」
「驚かせて悪かったね。ちょっとそこまで、と思って出掛けたのだが。黒潮大蛇行だね。ここまですごいとはね。流れに流れて、戻るのが遅くなってしまった」
男には悪びれる様子もまったくなかった。微笑むと、髪を無造作にかき上げて、雨に濡れた犬のように体をブルブル振るわせた。
ふと足元を見ると、男は靴をはいていなかった。それどころか、男が歩いた砂浜には、足跡はなかった。その代わりに、大きなひれで引きずったような奇妙な跡が残っていた。
「君が新しいメイドさんだね。採用の手紙を送ったのは私だよ。『カフェ・ビッグ・マーメイド』のオーナーだよ」
「カフェ……って?! ここ、ただの砂浜ですよね? 海の中から、ずぶ濡れで現れるなんて!!」
混乱する私を一瞥して、オーナーは指を、今は亡きポール牧のようにパチンと鳴らした。
その瞬間だった。目の前にあった年季のはいった木製のカウンターに、ポッと明かりが灯った。
魔法のようにどこからともなく現れたランプが、夜の海を優しく照らし出した。
それだけではなかった。波打ち際から、青白く光る無数のクラゲたちがふわりと宙に浮かび上がった。そして、イルミネーションのようにカウンターの周りを囲み始めた。
「夜が、私と君の『営業時間の始まり』なのさ」
オーナーは濡れた上着を脱ぎ捨てると、カウンターへ向かった。その背中は、鱗で覆われていた。
「人魚男だ!」
私は大声を出そうとした。だが、驚き過ぎて声が出ない。
「さあ、メイドさん、いよいよお仕事の時間だ。そろそろ最初のお客様がいらっしゃるぞ。少しばかりクセのある奴らだけどね」
沖の方を見ると、真っ暗な海面に、水柱が上がった。クジラだ!
「驚いたかい? 彼は世界一大きなクジラだ。モービーディックさんだ。なかなかのイケメンだろう。君も彼に負けず劣らず、潮を吹いてしまうかもな」
「あり得ねぇ!」
メイドらしからぬ大声を出してしまった。
その時、私は目を覚ました。フトンがぐっしょり濡れていた。久しぶりにオネショしていた。
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記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします