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ミヒャエル・エンデ『モモ』


すごく久しぶりにミヒャエル・エンデの『モモ』を読みました。

今回再読した直接的なきっかけは、これまでnoteでたくさん日本文学を英訳してきましたが、「身体表現の英単語・英熟語」が使いこなせていないなと実感したことでした。

大学受験、英検、TOEICなどの資格試験では、「cavort」「trudge」など、児童文学では普通に使われる表現が問われることはマレです。それゆえに、英語圏の小学生・中学生が読んで理解できる単語でも、盲点になり勝ち。

今回の再読では、英語版と日本語版を交互に読みながら、通読しました。


https://note.com/piccolotakamura/n/n343eac299422


日本語版

英語版(ペンギン版)

ドイツ語(原文)

エンデの『モモ』のことを知ったのは、中学生のとき。校長先生が朝礼でよくお話されていて。
その時は読まなかったのですが、高校の英語の教科書にretold版の一節があって、その時、たぶん日本語で全文を読んだはず。

大学に入ってから、英語版を読んで、ずっとあとになってから、ドイツ語検定の2級を受ける頃に原文を読みました(たぶん)。


内容は頭に入っているので、英語版で読んで忘れている単語に出会っても、文脈から意味はわかります。けれども、その表現を使いこなせるかというと、なかなかできていません。


まぁ、今回、英語と日本語で読んでみて思ったのは、やっぱり日本語で読むほうが早いということ。漢字を追うだけでも、流れはだいだいわかりますからね。

とはいえ、「児童文学」なので、本来、漢字で書いてあったほうが読みやすいところが「ひらがな」になっていて少し読みづらさも感じました。「大人版」があってもいいかもしれません※。

(※そういう思考自体が、私も「灰色の男」に毒されている証左なのかもなぁ🤔)


「モモ」は児童文学を超える作品だと私は思っています。もちろん、ファンタジーとして、子どもが楽しめるように書かれていますが、本当は大人が読むべき本かな、というのが今回の感想です。

大人は時間にせっつかれながら生きています。本来はそういう人こそ、読むべきでしょうね。

自分でも読んでいて「ヤバい」と思ったのは、「飛ばし読み」しそうになったとき。

床屋さんのお話のように、「ここは読まなくても、物語の筋・内容はわかる!」と直感したのですが、「それはダメだよな」、と思い返して、一字一句、ゆっくりと読みました。


今回、再読して、「こういうお話の終わり方だったっけ?」と記憶の曖昧なところも多々ありました。

また、そもそも「モモ」は何者なのか?、カシオペアって一体何者?、ホラは神に近い人なの?、等々、さまざまな疑問もわきました。どちらかと言えば「灰色の男」(man in grey)の正体のほうがよく知っているような気持ちになりました。


💡
どうでもいいことかもしれませんが、ホラの住む「どこにもない家」って、ドラゴンボールの「精神と時の部屋」に似ていませんか😊?

ここでは1日が外では一年という設定。
もしかして、鳥山先生は「モモ」から着想を得たのかなぁ🤔。



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山根あきら | 哲学者 記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします

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