「リスクがあるからやらない」で、誰が拾うんだろう。


先日、「ごちゃまぜ」の福祉をつくっている方の投稿を見つけました。
前例のないこと。 まだあまりやられていないこと。 「普通」や「ありきたり」ではないことをやろうとすると、
どうしても、
「何かあったらどうするの?」 「安全は大丈夫?」 「誰が責任を取るの?」
と、コメントがたくさんくる。と。。。
その投稿を読んで、
「めちゃくちゃ分かる……」と大共感。

いや、分かってるって🤣分かってんねん笑
そんなに私、何にも考えてないように見えるんかな?笑
何か起こったときに最終責任を取るのは、居場所を運営している私です。
だからこそ、何も考えずに思いつきだけで突っ走っているわけではありません。
どんなリスクがあるのか。
どこに安全配慮が必要なのか。
何か起きたとき、どう対応するのか。
できることと、できないことは何なのか。
ある程度考えた上で、
「それでも、やってみよう」と提案しています。
もちろん、やってみたら見立てが甘かったこともあります。
実際に動いたからこそ見えてくるリスクもあります。
だから、そこで起きたことをスルーするのではなく、
「じゃあ、次はどうする?」
と考えて、仕組みを変えていく。

だから、自分を守るためにも考える。
備える。
線引きする。
必要なら専門機関につなぐ。
「ここから先は民間ではできない」というラインも持つ。
その上で、
「それでも、ここまでは民間だからできるんじゃないか?」
というギリギリのところを考えています。

なぜなら、私が居場所をつくっている理由は、
「何でもやってあげたいから」ではない。
制度では拾いきれない。
行政の窓口には、まだ相談するほどではない。
専門機関につながるほどではない。
でも、確かに困っている。
そんな小さなSOSを、地域の中で拾いたい。
そして、必要なら制度や専門機関につなぎたい。
そのための「受け皿」をつくりたい。

だから、関わりもしない人が、
「あれは危ない」 「こうしたほうがいい」 「そんなことをしたら大変」
と、リスクだけ言い放っていく笑
もちろん、
「そのリスクがあるから、こうしたらどう?」
「ここは私が手伝うよ」
まで一緒に考えてくれるなら、話は全然違います。
リスクを教えてくれる人は必要です。
でも、リスクを指摘するだけの人と、リスクを一緒に越える方法を考える人は、全く違う。
だって、
「リスクがあるからやらない」 「責任が取れないから関わらない」
と、みんなが少しずつ線を引いていったら、
その線の外側に残された人は、いったい誰が拾うんだろう。

もちろん、何でもやればいいわけではありません。
民間だからこそ、やってはいけないこともある。
専門職につなぐべきところもある。
介入しすぎてはいけないこともある。
だから私は、
「リスクを無視する居場所」
をつくりたいわけではない。
「リスクを知った上で、それでもできることを探す居場所」をつくりたい。
制度を知る、専門機関を知る、福祉を知る。
リスクを知る。
考える。
備える。
線引きする。
そして、その線の手前まで、
「民間だからできること」をやってみる。
それが私の考える居場所です。
だって、
「制度と同じように、ここから先はできません」
と全部線を引いてしまうなら、
それなら最初から居場所づくりなんてやる意味ないやん。
私には、
「この場所を通して、誰の力になりたいのか」
という北極星があります。
だからやる。
何も考えていなかったら、
こんな大変なこと、誰がやるのよ🤣

制度の外側にいる人。
制度にたどり着けない人。
制度と制度の隙間に落ちてしまう人。
そこで埋もれている大人や子ども。
私は、その人たちが一度立ち止まれる場所を地域につくりたい。
そして、必要なときには、ちゃんと次の場所へつなぎたい。
そのために、
「どこまでならできるのか」
を考え続ける。
それが、私が居場所を運営する理由です
毒づいてしまう日もある🤣
「リスクを考えること」と
「リスクを理由に何もしないこと」は、
同じではないと思っています。

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