風邪をひくと、人生に感謝できる
うまくいかないことは、ただ、もうそのまま受け入れるしかないことを学ぶことができる。
それはそういうものだと思い、思うようにいかない現実を理解することができる。
そんなことに気がつくことができたので、書きます。
人生は思い通りにならない
そもそも僕は性格的にかなりそうなのですけど、自分で理想を描いてなるべくその通りにしないと気が済まないというか、いや「絶対にそうならないと嫌だ!」と思っているところがかなりあって。
あれこれ想像して、こんな未来になっていたらいいなとそこに向けた行動を起こすための原動力に日々なっているわけですけど、今回のように本当にどうしようもないことは、もう受け入れるしかないのだなぁと。
別に風邪をひいたのは今回が初であるわけはなく、過去に何度も体調は崩していて、しかし久々に大幅な悪化を伴う不調だったため色々と思うことがあったというわけです。
が、人生は悪くない
いつも思うのは、やっぱり僕は周囲の人間関係に相当恵まれているなということ。自分が周囲に何か特別与えることができているとは全く思わないし、むしろたくさんのことをもらってばかりな気がしていて。
家族はもちろん、大学での人間関係は先生方や友人も含めてすごく温かいもので、本当にありがたい。
一体自分はいつになったら大きな恩返しがあらゆる人にできるのだろう? ということは最近よく思います。
そしてさらに思ったのは、これまでもいつだって周りの人は優しかったけれど、自分でそれを撥ねつけていただけなのかもしれないな、ということ。
例えば2020年に僕は大学受験のために浪人生活をしていたのですけど、その時は常にイライラピリピリしていて、正直世の中を憎んでいました。
全くもって一切の余裕がなかった。楽しそうな人を見て、心の中でそれはもうめっちゃくちゃに理不尽な悪態をついていた。
そんなふうに僕は相当機嫌が悪かったにも関わらず、周りの人はみんな応援してくれていたし、愚痴を吐いたり八つ当たりじみたことをしてしまっても、なんだかんだで許してくれた。
それなのに当時の僕はそんな人たちの悪い面ばかりを探してしまい、マイナスのことばかりをみていて。
結局その後入った大学でも、「不本意なところに来てしまった! クソ!」と常に思っていたため、周囲とうまくやることができず。
その当時は「大学のレベルが低いから、周りのやつがバカだからいけないんだ」と結構本気で思っており、自分は悪くないと信じていました。
が、これも結局今振り返って思うのは、バカだったのは僕だったな、ということです。そもそも自分が心を開かず周りを拒絶しているのだから、うまくいくものもうまくいくはずがない。
今は、受験をやり直して自分の学びたいことを学びたい場所で(つらいことはありつつも)楽しく打ち込めているので、特にわだかまりを持つことなく、基本穏やかに過ごすことができています。
だから、周囲の人も優しく接してくれるのかな、ということは気が付かされました。
で、そもそもそのための受験も好きなことしか内容がなかったので、特に何もイラついたりはせず、ストレスはあったものの、しかしそれは未来への期待と不安が入り混じった健康なものだった。
やっぱり、自分の好きなことをやったほうが人生は全てがいい感じに回っていくと強く感じます。
競争が好きじゃない
だから改めて思うのに、”大学を偏差値だけで見て受験勉強をレースだと思い他者を蹴落とすマインドを持つ”という点において、やっぱり今の日本の受験産業って本当によくないよな、ということがあります。
いつになったら変わるのだろうな。
そんで、受験を”勝ち抜いた”人は”負けた人”に対して「努力が足りないからだ」とかいう運や多様性を一切考慮していないマッチョイズムな根性論だけを振りかざし、そしてもし仮に会社で働くようになったらなったで、そこでもまた出世がどうとかのレースになり、他者との比較でまた”勝った自分”に陶酔する。
そういう社会構造を見るたびに、悲しくなります。
仕事をする意味って、「自分が持てる力の中で、いかに他者を幸せにするのか」というただそれだけで、そしてあくまでもそのオマケとしてもらえるのがお金なんじゃないの? といつも僕は思っています。
もちろん、これは労働を神格化したり滅私奉公の精神を求めたりしているのでは一切ありません。僕はそういうのが心底嫌いです。
言いたいのは、「純粋な内発的動機による没頭が産む結果としての学業, 仕事(業績)」です。
……空を眺めたらいつだって無限の模様が移り変わっていてとても美しいし、木々をじっくり見てみると結構いろんな種類の鳥がいておもしろいし、恥ずかしいけれどちょっと勇気を出して人に優しくしてみることができると、心がじんわりする。
そんなことは誰にだって常にある幸せなのに、なぜ、わざわざそれを見えなくしてしまうような仕組みが世の中には存在してしまっているのだろうか。
別にそれは一つの明確な原因のようなものがあるわけではなく、さまざまなことが絡み合っているはずだから、一度になんとかすることはできないでしょう。
そして、きっと僕が生きている間は何も変わらないことなのかもしれないなんて思うけれけど、でも少なくとも僕は日々なるべく競争から率先して降りるように生きるようにしています。
少しでもそんな人が増えてくれたら、多少は生きやすい世の中になるかな、と僅かな願いを持って。
人間の免疫系統ってよくできている
ありがいことに普段は健康体(ストレスをめっちゃ感じやすいとかを除いて)なので、日々の生活の中で自分の体について意識をすることがほとんどありません。
睡眠不足の時に、頭が痛いなと感じるくらい。
今回は相当重症で、10日くらいずっと続いてしまった。咳があまりにもひどく、横になると呼吸器系が圧迫されるのか何なのか、咳が止まらず全く寝付けないので結局3日ほどほぼ睡眠をとることができず、喉はめっちゃ痛くなるし呼吸も常に苦しいわで。咳のしすぎで全身が痛くなった。
眠れないと心にもかなり不調をきたしてきて、「このまま死ぬんじゃないか?」「人生終わったのか?」みたいな思考になってしまう。結構回復した今からすればそんなんで死なないだろ笑って思えるのだけど、そこにハマってしまっている時はそこしか考えられない。
でも、ウィルスを追い出そうとして咳や痰が出るわけで、人体の免疫システムってすごく興味深なぁということも思っていました。
昔はそうやってダウンしていた時には、思い通りにいかないことにただひたすらイライラしていただけだったのですけど、歳をとったことにより、生物学的なことに脳を使ってみることを覚えたらしい。
他にも、人体を研究する人、薬を開発する人、医師、看護師、運送をする人、etc……と本当にありとあらゆる人が関わっていて、そのおかげで僕は無事治ることができたわけです。
いつだって僕たち(僕だけ?)は明確に目に見えることについ引き寄せられがちだけど、しかしぱっと見は地味だけれどでも人に絶対欠かすことのできない仕事をしている人って、本当にかっこいいなぁと思います。
小学生くらいの時に今と同じような心境だったら、医療関係に進んでいたのもありかもな、とちょっと考えた。
最後に
しばらく家でゆっくりと過ごしたことで、ひさびさにこれまでのことを思い出していました。
どうせ自分のことだから、元気になったらまた調子に乗ってあらゆることに手を出してまたいつか体調を崩すのだろうなぁと思っているのですが、なるべくそれは防ぎたい。
そして、いつまで経ってもどうも息苦しい窮屈な世の中の「これはこうあるべきだ」「これはこうならなければならない」みたいな、競争に塗れた疲れるだけの無意味で中身のない空気感からは、やはり距離を置いて生きていきたいなと思う次第です。
穏やかに、自分のペースで人生を送りたい。
ちょっと余計な勢いがついてしまいそうな時は、風邪をひいた時のことを思い出すのは効果的かもしれないな、と思いました。
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(´・ω・)つ旦