【第一回】フィリピンの「アドボ」に見る多様性の価値観 ―“違い”を楽しむフィリピンスタイル―

フィリピン料理といえば、やっぱり「アドボ」。でも、「アドボって何?」と聞かれて一言で正しく説明するのは、自分にとっては実はちょっと難しいと思ってしまいます。なぜなら、アドボはフィリピンの多様性そのものを映し出す“ダイバーシティ”な料理だからです。
アドボのルーツは“混ざり合い”から
アドボの始まりは、スペイン人がやって来る前の先住民時代。冷蔵庫なんてなかった時代、暑い気候で傷みやすい肉や魚を酢と塩で煮込んで保存する知恵が生まれました。これがアドボの原型。16世紀にスペイン人が「adobar(漬け込む)」という言葉を持ち込みましたが、フィリピン人は自分たちのやり方を崩さず、むしろスペイン語の名前だけを拝借。味付けや調理法は、地域や家庭ごとにどんどんアレンジされていきました。

“違い”を受け入れるフィリピン流
アドボが面白いのは、どこに行っても「これが正解!」というレシピがないこと。どのレシピサイトでも微妙に違うし、人に聞いても帰ってくる答えが違う。地方によってもルソン島では醤油ベース、ビサヤ地方では酢が強め、ビコール地方ではココナッツミルク入り、ミンダナオではスパイスたっぷり。鶏肉もあれば豚肉も魚も、野菜だってアリ。まさに“ご当地アドボ”が全国に点在しています。
この「正解がない」感じが、フィリピンっぽいとも感じます。いわゆる多様性の象徴? 100以上の民族、7,000以上の島、言語も文化もバラバラ。でも違っていても「まあ、そんなもんじゃない?」というような空気が、アドボの多様性にもそのまま反映されている気がします。

家族とコミュニティの“つながり”を大切に
アドボは家庭料理の代表選手。家ごとに味が違うから、よそで食べると「なんか違う」という感想になりますし、「やっぱり、うちのアドボが一番!」と家族のアイデンティティにもなっています。親から子へ、子から孫へとレシピが受け継がれ、家族の思い出や絆を深める役割も果たします。
そして、アドボはパーティーや集まりでも大活躍。みんなで作って、みんなで食べる。食卓を囲むことで、家族や友人、コミュニティのつながりを再確認する。それはフィリピンの文化的価値観「カプワ(kapwa)」=「共にあること」にもつながっているのかもしれません。

外からの影響も“自分流”にアレンジ
フィリピンの歴史は、スペイン、アメリカ、中国など、さまざまな国の影響を受けてきました。でも、外からの文化や食材をそのまま受け入れるのではなく、「自分たちらしく」アレンジしてきたのがフィリピン流。アドボも、スペイン語の名前を使いながら、味付けや材料はフィリピンの風土や好みに合わせて独自進化させました。様々な文化が混ざりあった結果、“アドボ“の味はどこにもない“フィリピンの味”と言えます。
“食べながら作る”食文化
フィリピン料理の特徴のひとつが「食べる人が食べながら味を作る」こと。フランス料理などの「シェフ絶対主義」とは全く異なります。フィリピンの食卓では「サウサワン(sawsawan)」という自分好みのタレを用意して、各自が好きな味に仕上げます。料理人だけじゃなく、食べる人も“味のクリエイター”になっていい。これも「違いを楽しむ」フィリピン的な価値観の表れです。

グローバル化の中で変容していくアドボ
グローバル化した現代、多くのフィリピン人は世界中に出ていきながら、それぞれの国や地域に溶け込みながらもアイデンティティを失わず活躍しています。それは料理にも現れています。フィリピン系レストランが世界各地で展開する際、現地の食材(欧州ではワイン酢、中東ではデーツ)を用いたアドボを提供する「現地適応型アドボ」を採用する例が多く見られます。
日本でも、日本の醤油や酢を使った「日本のアドボ」になり、「母の味」になっています。みりんや日本酒を使った日本食に寄せたアドボのアレンジも生まれています。

まとめ:アドボは“違いを楽しむ”フィリピンの象徴
アドボは、フィリピンの歴史や文化、家族やコミュニティの絆、そして“違いを受け入れ楽しむ”精神をギュッと詰め込んだ料理です。
「正解がない」ことを楽しみ、「みんな違ってみんないい」を体現しているようなアドボにはフィリピンという環境の中で生き残ってきた知恵と、それぞれのフィリピン人の誇りが存在します。
次にアドボを食べるときは、ぜひその一皿に込められた背景と“多様性を楽しむ心”を味わってみてください。フィリピンの人たちの温かさと懐の深さが感じられるのではないでしょうか。

(執筆・潮井川)
